ことばの繋ぎ手

武内れい

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第一章:見えないひずみ

7、揺らぐ花の声、静寂の中の予感(前半)

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 午後の陽が西に傾き、花屋の店内はやわらかな夕暮れの光に包まれていた。
 外の街路樹がいろじゅの影が長く伸び、透けるようなオレンジ色の光が店内のガラス窓を通して、花々の葉に差し込む。

 伊集院春いじゅういんはるは、店内の木製のカウンターに肘をつき、沈んだ表情で並べた花々を見つめていた。
 彼の肩まで伸びた黒髪は少し乱れ、額には軽く汗がにじんでいる。
 普段は穏やかで冷静な彼の顔に、今日は珍しく焦燥しょうそうが浮かんでいた。

 店は小さく、しかし季節ごとの花が丁寧に並べられている。
 窓際の棚には、春の桜やチューリップが並び、その隣にはラベンダーやカーネーション、季節の移ろいを告げる草花たちが色鮮やかに配置されている。

 花瓶の水は透き通り、花々の茎は生き生きとしているはずだった。
 しかし、春の目には、その光景がどこか違って映った。

「……昨日、ならべ替えたばかりなのに」

 彼はそっと指先で一輪のバラの花びらに触れる。
 花びらはいつもより薄く、わずかにしおれていた。
 その横のカスミ蒼も元気を失い、葉の色が少しだけせているように見えた。

 店内には微かな香りが漂っている。
 それは普段なら甘くかぐわしい花の香りのはずが、今日はどこかかすれているような、鈍い匂いに感じられた。

 壁に掛けられた小さな木製の花言葉カードには、それぞれの花の意味が丁寧に書かれている。
 〈愛情〉〈希望〉〈癒し〉……。

 しかし、そのカードの文字が、まるで重みに耐えかねてかすれていくように、彼の視界の端で揺れて見えた。

 春は深く息を吐き、店内の空気を感じ取ろうと目を閉じた。

(花の声が……乱れている)

 彼の心の中に、小さなざわ‥‥めきが生まれた。
 いつもなら、季節の花々は穏やかに彼の手の中で語りかけてくる。
 だが今は、その声が微かに震え、まとまりを欠いているようだった。

 足元には店内の小さな置物が置かれている。
 それは花を模した陶器のオブジェで、夕暮れの光を受けて柔らかく光を反射していた。

 春はその置物に目を向けた後、棚に置かれた花瓶の水をゆっくり見つめた。
 澄んだ水の表面には微細びさいな波紋が揺らめき、空気のわずかな動きすら敏感に感じ取っているようだった。

「何かが……変わり始めている」

 彼はその言葉を呟き、カウンターに手をついたまま、店内をゆっくり見回した。

 夕暮れの光は次第に色を深め、やがて店内の明かりがぼんやりと灯された。
 外の風が一度窓を揺らし、木々のざわめきと共に、季節の変わり目を告げる静かな音が響く。

 春の瞳には、花々の揺らめきと、言葉にはできない不安が映っていた。
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