ことばの繋ぎ手

武内れい

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第一章:見えないひずみ

11、薄明の結界(前半)

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 夕暮れの光が、神社の境内けいだいを静かに染めていく。
 木造の社殿しゃでんは長い年月を経て、風雪ふうせつに色褪せているが、そのたたずまいは凛としていて、まるで時の流れを拒むかのようだった。

 境内を吹き抜ける風が、葉を揺らし、ざわめく音を立てる。
 落ち葉掃除に手を休めた神宮寺こころは、祖父の声に耳を傾けていた。

 その声はいつもと違って、どこか途切れ途切れであった。
 まるで祝詞のりとの言葉が風に消され、かすかに震えているように聞こえた。

 こころの眉間みけんに小さな皺が寄る。
 自分の中に芽生えた違和感に戸惑いながらも、その理由を口にすることはできなかった。

 彼女の指先が、古びた巻物の端を優しく撫でる。
 その巻物には長く受け継がれてきた祝詞が書かれており、これまで幾度も祖父が口にしてきた言葉たちだ。

 風が一瞬止み、境内は静寂せいじゃくに包まれる。
 そんな中、手水舎ちょうずやの水が流れる音だけが澄みわたり、こころの胸に小さな不安が広がっていった。

(何かがおかしい)
 そう感じながらも、彼女はまだ答えを見つけられずにいた。

 一方、駅のプラットフォームは朝の喧騒けんそうを前にして、まだひんやりとした空気に包まれていた。

 中村蒼なかむらあおいはいつものようにホームの端に立ち、電車の到着を待ちながら、耳を澄ませていた。
 彼は駅の放送がいつも聞こえるスピーカーから流れる声に、一瞬だけ異変を感じていた。

 普段は滑らかに続くアナウンスが、今日はどこか引っかかり、短く途切れる瞬間があった。

 それはほんの一瞬のノイズのようなものだが、胸には違和感として鋭く刺さった。

 遠くで駅員が無言で作業しているのが見える。
 その人はホームの黄色い安全線の内側で、何かを線でなぞるように動いていた。

 よく見ると、使い古された白線の上に、筆か何かで別の模様を描いているようにも見える。

 その不自然な動きを目で追いながら、胸のざわつきを抑えきれなかった。

(なぜ、誰も気づかないんだろう)
 彼はそんな思いを抱きつつ、誰にも言えない秘密のように、その異変を胸に秘めたままだった。

 午後の柔らかな日差しが差し込むカフェの一角で、安藤みなみはレジに立っていた。

 木製のカウンターには、手書きの黒板メニューが置かれており、そこに詩のように並べられた短い文章が目に入る。

 常連客がいつも決まった挨拶をするのを聞きながら、みなみは何か違和感を感じていた。

 その日はいつもと違って、客の言葉が少しだけ乱れ、声のトーンが震えていた。

 彼女がその変化に気づいた瞬間、店内の棚から小さな陶器の置物が音もなく滑り落ちる。

 驚きのあまりみなみの手が止まる。
 空気がほんのわずかに重く、張り詰めたような気配を感じ取った。

(一体、何が起きているの?)
 そう心の中で問いかけるも、答えはどこにも見つからず、ただ気まずさが胸にのしかかった。

 店内に流れる柔らかなジャズの音楽が、いつも以上に遠く感じられた。

 伊集院春いじゅういんはるが閉店間際の花屋の店内で最後の花の手入れをしていると、ふと違和感が胸を掠めた。

 彼が昨晩並べ替えた季節の花々が、今朝になって不自然な枯れ方をしていたのだ。

 普段なら長く美しく咲くはずの花が、どこか元気を失い、花びらがしおれていた。

 春はゆっくりと花言葉の書かれたカードに目を落とし、胸の内で焦りが広がっていくのを感じた。

 花の声が乱れているように思えた。
 その音は人の耳には聞こえなくとも、彼には鮮明に響いていた。

(これは……結界けっかいに異変が起きているのかもしれない)
 そう思うと、背筋がひんやりと冷たくなった。

 そして、堀内叶多ほりうちかなたは毎日のように通うテーマパークの入口付近で、不穏な空気を感じていた。

 華やかな入場ゲートには色とりどりの装飾が施され、キャストたちは笑顔を絶やさずお決まりの言葉を繰り返している。

 だが、その言葉が、ある晩だけ途切れ途切れになり、まるで呪文のようなリズムが狂ってしまっていた。

 叶多は何度もその言葉を思い返し、不思議と胸の中にざわつくものを感じていた。

 パレードの音楽装置からは途切れ途切れのメロディーが流れ、華やかな空気の中にどこか影が差していた。

 彼はそれを口に出すことができず、ただ自室の窓から茜色あかねいろに染まった空を見上げ、胸の奥の不安をそっと抱え込んだ。

 五人はそれぞれに、まるで一つの糸で繋がっているかのように、言葉にならない違和感と孤独を抱え、夕暮れの静けさに身を沈めていた。

 まだ気づいていない。
 この世界の何かが、確かに静かに、しかし着実にゆがみ始めていることを。
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