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第三章
(27)感謝
しおりを挟むちょっと気分が良くなった私は、ふうっと息をついてから、改めて閣下に向き直った。
少し迷ったけれど、せっかくドレスアップしているので、伯爵令嬢らしくお上品に礼をしてみせた。
「閣下、助けてくれてありがとうございます!」
口上は元気いっぱいになったけど、気持ちを込めてお礼を言った。なのに、閣下はうんざりしたようにため息をついた。
えっ、どうして?
「あの?」
「……こんな形で関わるつもりはなかったのだがな。一人で人気のないところへ向かうお前の姿と、それを追っていくあの馬鹿の姿が見えてしまった。王宮で地位を持つ人間として、見過ごせなかっただけだ」
「でも、本当に助かりました。まさか、一人になった途端に追いかけてくるなんて思わなかったので」
「まあ、リリー! 閣下にそんな言葉遣いはだめでしょう!」
オクタヴィアお姉様は、いろいろ気になるようで青ざめている。
うーん、そういうお顔もお美しい。でも、言葉遣いはこれでいいと思います。
「それが、その、じつは閣下とは知り合いというか……」
「知り合い? ノルワーズ公爵閣下と!?」
「はい。知り合いです。一応。そうですよね、閣下!」
「……知り合いだな。だから話し方はそのままでいい。丁寧にされた方が気持ち悪い」
お姉様は疑っているようだけど、閣下はいかにも嫌そうに、でも肯定してくれた。
でも気持ち悪いなんて、ちょっとひどいな。
心の中でこそこそ抗議していたら、閣下の眉間に深いシワが出現した。
……あ、そう言えばお兄さんには思考がかなり筒抜けだった。
顔を硬らせながら、なんとか愛想笑いを浮かべたのに、閣下は重々しいため息をついた。
さらに無造作に私の顎を掴み、逃げられないようにした上で、真冬の湖のような水色の目で私を見おろしてきた。
「この際だから言わせてもらう。本当に、お前はバカなのか? 狙われている時は一人にならないのが鉄則だろう!」
「あ、はい、それはそうだなと思ったというか、気付いたというか。でもですね、クズ……じゃなくてセレイス様以外にも、私をダンスに誘おうとする男どもが多くてうんざりしたんですよ!」
私が訴えると、閣下は大きく眉を動かした。
怒っているというより、呆れ顔だ。そして私の横に立つお姉様に目を向けた。
「君の妹は、馬鹿なのか?」
お兄さん、いきなり口が悪すぎる。
こっそり睨みつけたのに、オクタヴィアお姉様は否定してくれずにため息をついた。
「リリーは、自分のことをよくわかっていないだけですわ。その……領地では男の子のようでしたから」
ため息をつくお姉様はとてもお美しい。
……でも、全然フォローになっていないような……。
「アズトール領では、男は子供時代に翼狼の背に乗って移動するのか?」
「そ、それは……」
「せめて、自分の姿がどう見えるかだけでも教えておけ。王都の貴族は成人前から目をつけておくことが多いからな」
「でも、あの、リリーは本当にきれいでかわいいので……」
お姉様が困っている!
蚊帳の外だった私は、ずいっと前に出た。
「お姉様の方がお美しいですよ! なのになぜお姉さまは遠巻きにして、私の周りに集まってくるんですか! 王都の男どもは絶対におかしいです!」
「……お前の姉は次期伯爵だ。軽い気持ちで相手をしていい女ではない。それに、ゼンフィール侯爵の馬鹿子息が婚約者だったのだぞ。気楽に言い寄る間抜けなどいない。侯爵家に喧嘩を売ってもいいと暴走するのは、十代の青いガキくらいのものだ」
……むむ。なるほど。
確かにそうかもしれない。でも恋に盲目になる殿方がもっといても……いやその前に。
「だからといって、なんで私の周りに来るんですか! 全然嬉しくないのに!」
「……あのな。アズトール伯爵家は、お前が思っているより力がある。近づきたいと思う野心的な男がいてもおかしくないのだぞ。だがそれ以上に、お前は並外れて美しい外見をしている。どうしようもないほど外見だけだが」
お兄さん、外見だけと強調しすぎ。
それは確かに、私はお姉様ほど淑やかではないですけど。
思わず抗議しそうになったけど、お兄さんの目がさらに冷たくなった気がしたので慌てて口を閉じた。
お兄さんには、私の心の叫びがほぼ筒抜けだから、やりにくい。
……あ、もしかしてお姉様にも、私の思考が筒抜けだったり……はないか。だって私は、ずっと心の中でクズ男ことセレイス様を罵っていたから。
でも、たまに私の心が通じたのかなと思う時もあった気がする。
うーん、実際のところはどうなんだろう……。
私が悩んでいると、公爵閣下がため息をついた。
「……オクタヴィア嬢。こんな厄介な子供を野放しにするな」
「お言葉ですが、妹は犬や猿とは違います。行動制限を強制することは望みません」
「時と場合によるだろう。せめて思考を封鎖する術だけでも教え込め」
閣下の冷ややかな言葉に、お姉様はチラリと私を見て、小さな声で「そうします」と答えていた。
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