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第四章
(30)お守り
しおりを挟む「お前の魔力は、確かに極めて希薄だ。だがゼロではないぞ。確実にかなりの魔力がある」
「でも、誰もそんなこと言ってくれませんよ?」
「私の目には魔力が見えている。なのに魔力がゼロと言うから、おかしいと思っていたんだ。上手く発動できないだけなら、あらかじめ場を作っておくことで発動が可能になるはずだ。……お前の例えで言えば、鍋を冷やすところまでは私の魔力が代行する」
なるほど。
私の補助をしてくれる魔術ということか。
「まず慣れろ。魔力の使い方を習得できれば、魔道具も利用できるようになるし、最低限の魔術が使えるようになる」
「え、本当に?」
「おそらくな。……だが、お前は集中力を養う方が先かもしれないな。とにかく、一回成功すれば上手くいくようになる。お前は理論より実践で覚えろ」
そう言って、手を止めた。
どうやら古代魔導文字とやらを書き終えたようだ。それで出来上がりかと思ったら、お兄さんはいきなり短剣を抜きた。
「えっ?」
「お前を傷つけるわけではないから、動くな」
そう言うと、お兄さんは自分の指に浅く傷をつけた。
細い傷に血がにじみ、じわりと赤い玉のように膨れ上がる。それを見ながら、お兄さんは何かをつぶやいた。水色の目が金色に輝き、血の玉も金色に光ったように見えた。
金色に鈍く輝く指先を、見えない文字があるはずの腕に触れて動かした。肌に血が残り、でもすぐに見えなくなっていた。まるで一気に蒸発したように消えた。
「あの、いったい何が……?」
「私の力を少し残した」
えっと。
魔力で古代魔導文字を書いて、その上に魔力と血を混ぜた物を広げた、ということは。
「つまり、魔力の刺青みたいな感じですか?」
「それに近いかもしれないな。魔道具の類を身につけずに出歩くお前には合っているはずだ」
……護身用の魔道具を置いていく癖があることがバレている?
なぜバレた。
「領地でも、ほとんど身に付けていなかったんだろう?」
「あ、はい。でも一応、最低限のものは身につけているんですよ!」
「そうだろうな。お前の思考の中に過去の行いが見えたが、あれが本当なら傷が全く残っていないのはありえない」
あらら。見られたのか。
でも私の玉のお肌を守ってくれたのは、お姉様が用意してくれた魔道具だけではないのだ。
「実は、我が伯爵家には腕の良い治癒師がいるんです」
「治癒師がいるのか。珍しいな」
「そうなんですよ! 一族の人で、まだ若いのにとても才能があって、昔から私の怪我を治してくれたんです! だから私も安心して猿百合を採りに行けました!」
「……猿百合?」
お兄さんが首を傾げた。
それに何となく興味を持ってくれているような……まるで山奥から草を取って帰った時のロイカーおじさんみたいだ。
ああ、そうか。お兄さんも魔導師さま。もしかして、学問的好奇心には勝てない人ですか?
領地にいるときは、ロイカーおじさんに叱られそうなくらい遅くなる時は、その辺の草を持って帰ってごまかそうとした。その辺と言っても、森の中の草だからかなり珍しいらしくて、ロイカーおじさんはいつも喜んでくれた。まあ、結局は叱られたけど。
……そんな過去はともかく。
私はちょっと胸を張って説明した。
「切り立った崖に生える百合の一種で、球根が他の百合より美味しいんです。こう、縄を使って上から降りていくんですよ。普通は猿しか取りにいけないから、猿百合っていうんです! あ、猿は知ってます? 王都生まれのメイドは知らない人が多いみたいですけど」
「猿は一度見たことはあるが、お前の記憶の中の猿とは違うようだ。そういう種類もいるのか。……だが、それで猿百合姫か。顔だけはいいにしても、お前が百合姫と言われるというのは納得できなかったのだが」
「あれ? よくご存じで」
「関わってしまったからな。一通りは調べている。……しかし、お前のせいで腕が磨かれた者は多そうだな。気の毒なことだ」
小さく頭を振ったお兄さんは低くつぶやく。
でも私の袖を元通りに伸ばして、袖口の紐を綺麗に結び直してくれた。
お兄さん、わりとひどい事を言っているけど、さり気なく優しい。口元も少し柔らかくなっている。やはりオクタヴィアお姉様と結婚してほしいなぁ……。
と考えた途端、お兄さんは思い切り嫌そうな顔をして私をぐいと押して遠ざけてしまった。
……チッ。
まだ、お姉さまの話はしていませんよ!
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