姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい。

ナナカ

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第四章

(32)お父様との再会

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 お父様の紫色の目は、お姉様と同じ色だ。でも研ぎ澄まされた刃を突きつけられているようで、見つめられると冷たい汗が背中を流れていく。
 ……怖い。
 でもそれ以上に、あの紫色の目に落胆の色が浮かぶのが怖い。二年ぶりのお父様は、私を見て昔のようにため息をつくのだろうか。

 そう考え始めると頭が真っ白になる。足が震え、私はぎゅっと手を握りしめ……ふと、水色の目を思い出した。
 腕に刻み込んでもらったお守りのことも思い出して、そっと右の手で左の腕を触れる。
 なぜそんなことをしたのかは、わからない。でも、少し気持ちが呼吸が楽にできるようになった。

「……お、お久しぶりです、お父様」

 声は震えていたが、なんとか言葉になった。
 私は伯爵令嬢に相応しい形の礼をする。屋敷を抜け出した格好のままだから、私は馬丁見習いの少年のような姿だ。それにまだ足が震えているから、あまり美しい形にはならなかったと思う。でも、恐る恐る顔をあげると、お父様はまだ私をじっと見つめていた。
 まだ、ため息はつかれていない。
 落胆の表情もない。
 もしかして……少しは合格点に近かったのかな?
 固唾を飲みながら反応を待っていると、お父様は私を見つめたまま丹念に整えた顎髭に触れた。

「抜け出したと聞いて、昔のままかと覚悟したが……外見は少し成長しているようだな」

 低くつぶやき、それからおもむろに両手を脇の下に入れて、私をひょいと持ち上げた。
 小さくて細いままの私は、簡単に高々と浮かんでしまった。

「お、お父様っ?」
「……まだ軽すぎるな。王都の食事は口に合っているか?」
「え? あ、はい。とても美味しいです」
「そうか。ならば体調はどうだ? 体が重かったり怠くなるようなことはないか?」
「毎日元気です……けど」

 え? なぜこんな質問をされているの?
 元気いっぱいに塀を乗り越えるし、壁をよじ登るし、木にも登ってますが……そんなことも正直に告白しておくべきなのかな。
 いや、もしかしたらお父様のことだから、深い意味を込めているのかもしれない。どうしよう。私には意図が全くわからない。
 宙に浮いたままの足がぶらぶらと揺れて頼りない。
 それに、脇と肩が痛い。
 こんな風に抱き上げられたのは久しぶりすぎて、そろそろ体が辛い。
 ……なんだかお兄さんに首の後ろを掴まれた猫のようだ。猫たちもこんな気分だったのだろうか。猫ではなくて魔獣だけど。
 一人で混乱していると、お姉様がため息をついた。

「お父様。リリーはもう十六歳です。子供の年齢ではありませんよ。下ろしてあげてください。……それに、もし体調に異変があるのなら、屋敷を抜け出して裏道を走り回ったりしません」
「ふむ。それもそうか」

 お父様はやっと納得したのか、私を地面に下ろした。
 ……自分の足で、しっかり立つことのできるありがたさを思い知ってしまった。
 身長は成人女性の平均からは遠いものの、私は健康体だ。筋肉がついている分、見た目のわりにそこそこの体重がある。なのにお父様は私を抱き上げ続けたのに、少しも疲労していない。
 さすが武闘派で名高いアズトール伯爵。外見は端正な人なのに、美麗な貴族の衣装の下には衰え知らずの肉体が隠れているらしい。

 まだ動揺がおさまらずにドキドキしていたら、頭に何か重いものが載った。
 目を挙げると、太い腕が見えた。頭に載っているのはお父様の手のようだ。私の心臓はまた大きく乱れた。
 驚きを隠せない私を、お父様はまたじっと見ている。
 思わず呼吸も忘れて立ち尽くしていると、頭に乗った大きな手が動いた。……頭を撫でられている。やっとそう気付いた。

「中に入れ。そろそろ食事の時間だ」
「は、はい」

 私が頷くと、大きな手はもう一度くしゃりと頭を撫でて離れていった。
 お父様はそのまま背を向けて屋敷へと戻っていく。
 その広い背中を呆然と見送っていると、お姉さまがため息をついた。

「全く、もっと素直に可愛がればよろしいのに」
「……あの、お姉さま。今、お父様に……頭を……頭を……」

 お姉様にそう言いかけて、私は言葉を続けられずにうつむいた。
 頭を撫でられたと思ったのは、もしかしたら私の勝手な思い込みじゃないか。頭に手が乗ったこと自体が、私の想像だった気がしてくる。
 私は……お父様に、そんなことをしてもらったことがないから。
 そんな私に、お姉様は腰をかがめて覗き込むようにして微笑んでくれた。

「お父様は、時々あなたの頭を撫でていたわよ。……リリーは起きている間はじっとしていないから、いつも寝入った後だったけれど」
「……本当に?」
「そのうち、いろいろ話してあげるわ。さあ、中に入りましょう。お父様にたくさん食べる姿を見せて、安心させてあげましょう」
「…………はい」

 やっと笑い返すことができた。
 オクタヴィアお姉様もとても優しく笑ってくれて、まるで領地にいた頃のように私の手を引いてくれた。
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