姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい。

ナナカ

文字の大きさ
37 / 53
第四章

(33)晩餐

しおりを挟む

 私はアズトール伯爵の次女だ。
 でもお母様は正妻ではない。いわゆる側室だった。
 お父様は早くに亡くなった正妻様をとても大切にしていたと聞いている。だから周囲がどれほど進めても後妻を迎えることはなかったし、私を産んだお母様を正妻として扱うこともなかった。

 物心ついた時には街外れの小さな家に住んでいて、私は父親がいない子供なのだと思っていた。
 そういう子供はたくさんいたから、特に疑うこともなかった。
 いつも泥だらけになりながら走り回り、近くの森でこっそり魔獣と遊び、怪我をした時は近所の薬師に叱られた。時々フードを被った体格のいい男の人たちが来ることもあったけど、自分の出自のことなんて考えたこともなかった。

 でも、近所の薬師親子は領主の一族で、少しもじっとしていない私の治癒のために住んでいたと知ったのは、お母様が亡くなって領主の屋敷に引き取られた後だ。
 自分が領主の娘で、フードを被った男の一人が父親だったなんて、想像できるはずがない。
 戸惑う私にオクタヴィアお姉様は優しかった。
 根気強く色々なことを教えてくれた。
 私が王都で楽しんで生活できているのは、お姉様のおかげだ。

 でも、お父様のことはまだよくわからない。
 感情の見えない紫色の目は、とても冷たくて怖かった。私を見るたびにため息をつくのが怖かった。お姉様や周囲がどれだけ言っても、王都に連れて行こうとしなかったのだから、きっと私のことを疎ましく思っているんだと思っていた。

 ……でも。
 私が食べているのを見ているお父様は、あまり怖いとは思えない。ただ、あまりにもじっと見ているから、ちょっと緊張して食べにくい。
 まあ、普通に食べるけどね。

 この豚肉、美味しいなぁ……。塊肉を野菜と一緒に煮て、それを薄く切って食べるんだけど、ちょっと香りの強い野菜を刻んだソースを使うのが王都風。領地では単純に塩と辛子だけで食べていたからびっくりしたけど、この不思議な野菜ソースも悪くない。
 いや正直に言うと、すごく美味しい。王都に来てよかったと思う瞬間だ。

「……オクタヴィア。もっと肉を切り分けてやれ。それでは足りないのではないか?」
「大丈夫ですよ。リリーは一つのものをたくさん食べるより、色々なものを少しずつ食べていくのです」
「では、もう一皿魚料理を増やそう。そうだ、リグの実も出させよう。あれなら量を食べずとも、リリーの体に良いだろう」
「リグの実は、そんなに一度に食べるものでは……」
「出先で良いものがあったから、たくさん入手している。だが、生のリグの実は、確かに好き嫌いがある味だったな。よし、では試しに少しだけ出してもらおうか。好みに合うようだったら、明日から食事に取り入れて……」
「お父様。落ち着いてくださいませ。今更そんな追加を頼むと、料理人たちが困るだけですよ」

 半分腰を上げていたお父様は、オクタヴィアお姉様の冷ややかな声で動きを止めた。
 私が驚きながらお父様とお姉様を見ていると、お父様はチラリと私に目をやり、こほんと咳払いをして座り直した。そのまま、目をそらして葡萄酒を飲んでいる。

 ……えっと。
 もしかして、料理人たちに直接指示を出しに行こうとしていた、のですか? お父様ってこんな人だったかなぁ?
 いや、そう言えば滅多に一緒に食事を取れなかっただけで、何かと私に食べさせようとしていた気がする。特に百合根料理の時は、だいたいこんな感じだったかもしれない。

「大丈夫よ。お父様はリリーがきちんと成長してるのが嬉しくて、少しばかり浮かれているだけだから」
「……私、あまり成長していないような気がしますけど」
「昔に比べれば背も伸びているわよ。そうしてドレスを着ていると、とても可愛い女の子になっているもの」

 そうかな。
 そうだったらいいな。
 ここ一年で、普通の十二、三歳くらいまでには成長しているとは思っているけど、まだまだ成長が年齢に追いついていない。でも、二年ぶりのお父様には成長がよくわかるのかもしれない。
 ……あれ? お父様は、私の成長を喜んでくれているの?
 どう反応すればいいか迷っていると、男性給仕が新たなお皿を運んできた。

「あら、リグの実が来たのね。料理人たちが気を効かせたみたい。……リリー、これも少しだけでいいから食べてみて? 人によってはとても甘いと感じるから、その魚料理を食べ終えてからの方がいいかしら」

 お姉様のすすめに従って、私は食事の最後にそのリグの実とやらを食べてみた。
 一見すると、リグの実はアセビに似ている。
 ただし表面は真っ白で、そこに特殊なナイフを入れると鮮やかな紅色の果肉が現れる。
 中央に大きな種があるのは、プラムに似ている。真っ白な皮はクルミの殻のように硬く、大理石のような光沢がある。果肉はフォークが軽く埋もれるほど柔らかい。

 香りはなんとも甘ったるい。味はもはや甘いというより蕩ける感じだ。
 でもこの香り、なんだか覚えがあるような……いや、それよりこの色と形は、普通ではないよね?
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

処理中です...