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第二章
(15)大変ですね
しおりを挟むでも、これではっきりした。
第三者から見ても、やっぱりセレイス様はクズっぽく見えるらしい。
……本当に、どうしたらいいんだろう。
元々セレイス様は聡明な人のようだし、今はちょっと私の顔におかしくなっているだけの可能性がある。適度に相手をしながら逃げ回っていれば、そのうち正気に戻ってくれないだろうか。
でも、王都は私の縄張りではない。物理的に逃げると言っても、どこをどう走ればいいのかもまだ自信はない。
気楽に逃げ出せるように、いつも翼付きの魔獣を連れ歩ければいいのにっ!
……おや?
「お兄さん、なぜ笑っているんですか」
ふと気付いてそう問いかけると、お兄さんは目を逸らした。その横顔は小鳥が止まっていた時と同じように堅苦しいけど、さっきは絶対に笑っていた。
じいっと見ていたら、お兄さんは小さく咳払いをした。
「……お前は、田舎育ちなのか?」
「はい。そんなに田舎っぽいですか」
「お前の言動はただの子供としか思えないが、何というか……逃げる手段の発想が訳がわからない。お前の田舎はドラゴンが出没するような場所なのか?」
……は?
ドラゴンが出没するって、どんな魔境ですか! いくら辺境地区でもそこまで凄くはありませんよ! ドラゴンが日常の場所なんて異界じゃないですか! 確かにいろいろ魔獣がいる場所だけど、ドラゴンなんてここ百年くらい目撃情報はありませんよっ!
「いやいや、流石にドラゴンなんて出ませんから!」
「では、なぜ翼狼の背に乗って逃げると言う発想が出てくるんだ」
「へ? それは、普通に翼付きの魔狼が一番足が速いからに決まって……え?」
いや、確かに今、王都にも翼狼がいればいいのに!と思った。
私の家の領地では、魔獣の一種である翼狼を飼い慣らして乗り回っていた。大地を駆け回る狼の形態でありながら、空を飛ぶための翼を持つ魔獣で、最も役に立つ魔獣の一つだと思う。
でも、全国的に見ると翼狼を飼い慣らすことは一般的ではないらしい。
つまり、もし王都で手に入れようと思ったらとんでも無く高価なんだろうな……とか、そんなことも考えていた。
あくまで、考えただけだ。
なのに、なぜこの金回りの良さそうなお兄さんは、王都では一般的ではないはずの翼狼なんて言い出したんだろう。
……やっぱり危ない人なのかもしれない。そんな思いを込めて見てしまった途端に、お兄さんは舌打ちをして私に冷ややか過ぎる目を向けた。
「さっきも言ったが、私の持っている魔力は並外れて強い。お前のように全く隠す気のない思考は、読みたくなくても勝手に読めてしまうのだ」
「へぇ、それは大変ですね」
正直言って、魔力関係はよくわからない。だから何となく愛想笑いを浮かべて追従っぽいことを言ってしまった。
でもその反応は正解ではなかったらしい。思いっきり顔を顰められてしまった。もともと鋭かった水色の目が、恐ろしく冷たく凶悪なものになっている。
「大変ですね、ではないぞ。お前はもう少し思考を隠すことを心がけるべきだろう」
「そ、そうなんですか?」
「お前の思考は無防備すぎる。それなりの魔力を持つものなら、たいした労力をかけずに読めるだろう。お前の領地ではそう言うことはなかっただろうが、この王都ではそう言う危険もあるんだ」
「なるほど。確かに危険そうですね。ご忠告ありがとうございます! ……でも、どうやったら思考を隠すことができるんでしょう?」
一理ある。そう思ったから聞いてみたのだが。
お兄さんの目が、冷ややかを通り越して虚無になってしまった。
「……お前、貴族ではなかったのか?」
「一応、貴族の一員です」
自覚していなくても気品が滲み出ている……とは絶対に思わない。家格が云々とかいう話をしてしまったので、きっとばれたんだろうなと考えて正直に白状した。
でも、お兄さんは褒めてくれる気はないようだ。
水色の目が氷そのもののようになっていた。
「貴族の一員なのに、なぜそこまで無知なんだ? 貴族なら魔術教育は必須とされているはずだぞ」
「えっと、多分それは、私が魔力がゼロ、だから?」
「……ゼロ?」
つぶやく声まで感情が欠けている。
……このお兄さん、目つきが怖いと思っていたけど、性格的にもちょっと怖いなぁ。せっかくきれいなお顔立ちなのに、この人、絶対に女の人にモテないと思う。
と言う私情は置いておくとして。少し前向きな質問をすることにした。
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