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第一章
【オクタヴィア視点】
しおりを挟む「オクタヴィア様。領地からお手紙が届いていますよ」
私の着替えを手伝ってくれたメイドは、椅子に座った私にそっと囁く。
はっと顔を上げると、別のメイドが銀製の盆に分厚い紙束を載せて進み出たところで、盆ごとテーブルに置くと、意味ありげに微笑んだ。
「もちろん、リリー様からですよ」
「そう。……少し、席を外してもらえるかしら」
「かしこまりました。後ほど、お飲み物をお持ちしますね」
メイドたちは静かに部屋から出ていく。でも、どのメイドも笑顔になっている。教育の行き届いたメイドたちが、私の前であんなに表情を出しているのは珍しい。でも、手紙を手に取った私も、たぶん似たような笑顔になっていることだろう。
私の名は、オクタヴィア。
アズトール伯爵家の後継として公式に認められている。
現当主である父の子は、私とリリー・アレナの二人だけ。リリーは私のたった一人の血を分けた妹だった。
そのリリーからの手紙は、いつも分厚い。
今日は何をした。何を食べた。美味しかった。ちょっと変な味がした。馬に乗った。羊の毛を刈る手伝いをした。怪我をしたけどサイラム先生に治してもらった。明日は川に行く予定。でも朝になったら雨が降っていて全員に止められた。
そういう日常がずっと書き連ねられている。
まるで日記のようだ。
でもそのおかげで、遠く離れた領地にいるリリーがどんな毎日を送っているかがよくわかる。
もう二年近く会っていないけれど、相変わらずとても元気そうだ。
そして、少し字が上手になった。
いわゆる美しい文字ではない。でも、味があるというか、その跳ねたり歪んだりしているところが、リリーそのものを現しているようで、見ていてとても楽しい気分になる。
まるで、リリーのおしゃべりを直接聞いているようだった。
「……こんなに怪我をしたことまで書かない方がいいのに、書いてしまうところがリリーらしいわね」
思わず、一人で笑う。
分厚くていつまでも時間がかかりそうに見えたのに、読み始めると気がつくと最後の一枚になってしまった。
やはり、字が上達している。
すっかり読みやすくなってしまって、楽しい時間があっという間に終わってしまう。
暗号の解読をするように苦労した頃が懐かしい。
最後まで読み終わり、手紙をテーブルに置いた。
楽しい時間は、いつも短くて残念だ。
でも、おかげですっかり心が軽くなった。これなら明日は頭がスッキリとしているだろう。
「……早く、リリーと会いたいわね」
リリーが十六歳を迎えたら。その後なら、王都に来ることを許す。
父アズトール伯爵はそう言った。
リリーを十六歳を過ぎるまで領地に留めておくことについては、父と何度も話し合ってきた。だから、そのことに今更不満はない。理由なきことでもないのだ。
あと数ヶ月で、また元気な妹に会えるようになると思うと心が躍る。
きっと、リリーはとても美しい少女になっているだろう。
リリー・アレナは、昔からとても可愛らしかった。
実際の年齢より幼く見える小さな体は、どこもかしこも細いのに誰よりも元気だった。同い年の男の子たちどころか、三歳くらい年上の男の子まで引き連れて走り回っていた。
ちょっと目を離すと怪我をして、慌てて治癒師を呼びに行ったことが何度あったことか。
周囲がハラハラしてるのに、リリーはそんなことに構わず走り回り、木に登り、塀によじ登って、ポーンと飛び降りる。子供の扱いには慣れていますよと笑っていたメイドたちが、皆青ざめてどうにかならないかと懇願してきたものだ。
だから、怪我防止の魔道具は渡しているのだけれど……ちゃんと身につけているかどうか。
とにかく元気で男の子のようなリリーは、でも黙って座っていると誰もが目を奪われるような美しい少女だった。
緻密な彫像のような顔立ちは、まだ子供らしい可愛らしさがあったものの、完璧に整っていた。キラキラと輝く目は琥珀色。窓から飛び降りるたびに、真っ白な髪がふわふわと広がって、止めなければと思うのにいつも見惚れてしまった。
一応、リリーは自分の顔立ちが美しいことは知っているようだ。でも、どこまで理解しているかは怪しい。
そんな美しい少女が、私をとても慕ってくれる。
お姉様、お姉様と話しかけられると思わず笑顔を返したくなるし、いつまでも続きそうなおしゃべりは、少し脈絡はなかったけれど新鮮で面白かった。
リリーの元気を分けてもらえるのか、おしゃべりを聞いた後は私も自然に元気になっていた。
生き生きとした目で見上げられると、リリーに尊敬してもらえるような次期領主にならなければと言う思いが生まれるし、「さすがお姉様!」と言われるたびに、少しは理想に近付けたのではないかと少し自信も出てくる。
早くリリーに会いたい。
明るい笑顔を見たい。
どんなに頑張って学んできても、早口のおしゃべりを始めると下町風の発音がチラリと出てくるのも可愛らしい。
でも決して下品ではないのは、母親の影響だろう。それに、近くで見守る役目をしてくれたサイラム先生のおかげ。治癒師という稀有な能力を持つ人が、薬師のふりをしてリリーの怪我を癒してくれた。
あの美しい顔や肌に傷が残っていないのは、サイラム先生の治癒術のおかげだ。
今はきっと、ロイカー師も気を配ってくれているだろう。
「早く会いたいわ……リリーと、それに懐かしい皆さんとも」
私はそっとつぶやいて、呼び鈴に手を伸ばす。
もっとゆっくりリリーの手紙を堪能したいけれど、私は次期領主。やるべき仕事は山のようにあるし、休息もしっかり取らなければならない。
気弱な自分が薄らいで、前向きな気分になったのがわかる。
リリーが王都に来るまで、あと少し。
あと少しで、リリーのおしゃべりを直接聞くことができるようになる。だから、もう少し頑張ろう。姉として恥ずかしくない人間に成長しよう。
それから半年後。
アズトール本領から到着した馬車から、白い髪の小柄な少女が降り立った。
ぽかんと屋敷を見上げる顔はとても美しく、迎えに出た私に向いた目は、以前より大人びていた。
でも、ぎゅっと抱きしめるとふにゃりと笑う顔は昔のまま。とても真っ直ぐで明るくて……とても嬉しそうだった。
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