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第二章
(7)ゼンフィール侯爵邸
しおりを挟む王都を訪れて、一週間が過ぎた。
領地から同行していたメイドたちはまだ疲れが消えていないようだ。まだ少しやつれている。
でも若くて体力の有り余っている私は完全に元通り。元気いっぱいに朝を迎えていた。
「おはようございます。お姉様!」
今朝も、足取り軽く食堂へ入る。
メイドたちが入念に整えてくれたので、身支度は今日も完璧だ。
ふわふわしたクリーム色のドレスを着せられてしまって、いつ裾を踏むかとヒヤヒヤしていたけれど。先にテーブルについていたお姉様が優しく微笑んでくれたので、それだけで乗り越えられる。今日はいい一日になりそうだ。
ただ、髪だけはもう少しすっきりと結んでもらいたかったかな。
私の髪は収まりが悪い癖毛。お姉様のような明るい金髪だったらそれでも華やかかもしれないけど、私の髪は色が抜け落ちたような白色なんだよね……。
「おはよう、リリー。そのドレスもよく似合っているわね。リボンも、リリーの髪によく映えているわ」
……褒められた!
馬の尾の方が華やかだよね、なんてうんざりしつつ、でもお姉様に櫛を入れてもらえるならと長く伸ばしている髪が役に立ったらしい。
ひらひらしすぎていると思っていたリボンも、お姉様に似合っていると言ってもらえたのなら、きっとかわいいのだろう。
相変わらず、我が家のメイドたちは良い仕事をしてくれる。走り回るには向かない格好だけど、お姉様のためならじっと耐えてみせる。苦行も悦びに変わるのだ。
「その格好なら大人びて見えるし、ゼンフィール侯爵様もきっと褒めてくださるわよ。でも、少しだけ大人しくしてね?」
「……ゼンフィール侯爵様、とは?」
椅子に座ってから首を傾げると、お姉様は驚いたように紫色の目を見開いた。
「今日はこの後、侯爵様のお屋敷を訪問するのよ? そのための格好をしたのではないの?」
「……それで、メイドたちが妙に張り切っていたんですね」
私を何度も着替えさせる困難さを熟知しているから、朝の一回にかけたらしい。
うん、いい判断だな。さすが領地からついてきた私の専属メイドたちだ。
……お姉様の婚約者のお宅訪問のためと分かっていたら、こんな可愛らしい格好は絶対に拒否していたのに。着てしまった今でも、走って逃げて脱ぎ捨てたい。でも、お姉さまに褒めてもらったから……耐えるしかない。
一人で苦悩していたら、男性給仕が美味しそうな朝食を運んできた。
料理に罪はない。それに王都の料理は手が混んでいて目にも優しいから大好きだ。もちろん、とても美味しい。
つい顔を緩ませて食べ始めると、お茶を飲んでいたお姉様がこっそり笑ったようだった。
お姉様の笑顔は本当にお美しい。あんなに楽しそうに笑ってくれるのなら、訪問でも何でもしてもいい気がしてきた。大人しいお嬢様のふりも頑張りましょう!
◇◇
お姉様と一緒に馬車に乗り、ゼンフィール侯爵家を訪問した。
侯爵のお屋敷は本当に迫力があって、私はあんぐりと口を開けてしまった。お姉様がこっそり声をかけてくれなかったら、そのまま塀に張り付いて登り始めていたかもしれない。
そのくらい美しい塀が高くまでそびえ、立派な大木が枝を伸ばし、その向こうに豪華絢爛なお屋敷がたたずんでいた。
真っ白な壁は大理石だ。
壁には深い緑色の飾り線が入っているように見えたけれど、それも石の色だった。
窓枠もキラキラ輝いてまぶしいくらい。魔獣の襲撃なんて全く考えていないような、素晴らしい豪華さだ。
アズトール伯爵家の王都の屋敷にも驚いたけれど、ゼンフィール侯爵家はさすがの格上の大貴族。桁が違う。
そして、ゼンフィール侯爵邸は内部も豪華だった。
キラキラした装飾はもちろん、触ったら壊れそうな美しい置き物がいっぱいある。床も芸術品のような組み木細工で、壁はそのままドレスが作れそうなほど美しい布が貼られていた。
天井を見上げれば、色鮮やかな鳥の絵で埋め尽くされている。
今が夜なら、シャンデリアの水晶が眩いほど輝いていただろう。……日中でよかった。
私は、水晶の輝きを無視できるほど都会育ちではないのだ。
それでも気がつくとつい天井を見上げていて、思っているより長く立ち尽くしていたようだ。いつの間にか、お姉様とはぐれてしまった。
しまった。
義兄となるはずの人の家で、いきなり迷子は恥ずかしい。
でも使用人の姿もないし、さて、どうしようかときょろきょろしながら扉を抜けて隣りの部屋に行くと、いきなり目の前に出現した上質な布の壁にぶつかった。
「……あ、ごめんなさい!」
布の壁は人だった。
成長の遅い私の顔の高さにボタンがある。ふんわりとしたお胸がないから男の人だ。それに、来ている衣服はまばゆいほど煌びやかな気がする。
すぐにそう理解して、私は慌てて二、三歩下がって謝罪した。
そのまま愛想笑いを浮かべて逃げようとしたのに、その前に手首を掴まれる。恐る恐る振り返ると、三十歳くらいの男の人が真顔で立っていた。
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