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第五章
(40)アズトール伯爵家の秘密
しおりを挟む「……え?」
本当の色?
クズ男は何を言っているのだろう。
「美しいリリー・アレナ。君の琥珀色の目は嫌いじゃないが、本当の目の色は、どんな色なんだい?」
優しい声に一瞬惑わされそうになったけど、予想外の言葉を聞いて私は睨みつけるのを忘れた。
本当の色も何も、私の目は物心ついた時からずっと琥珀色だ。亡くなったお母様も同じ色だった。だから何を言っているのか全く理解ができない。
でもセレイス様は私の顎に触れた手に力を込め、無理矢理に上向かせた。
「遠い北部辺境地区には、他の地区とは全く違う世界が残っているそうじゃないか。その中でも特異と言われているのがアズトール伯爵領なのだろう? アズトール領には何がある? あの男は、君の姉は、あの田舎に何を隠している?」
あの田舎領地に、隠すものなんてあるわけがない。
そう思うのに、ふと頭の中で警戒を促すもう一人の自分がいる気がした。
これは、私を誘導しようとしているんじゃないか。
公爵様なお兄さんが言っていたじゃないか。私の思考はガードが緩すぎるって。私に問いかけることで、アズトール領の秘密を探ろうとしているのかもしれない。
あの辺境の田舎にそんな秘密があるとは思えないけど。
……でも何が秘密なのか、私はわかっていない。
ふと、今日渡された絵本を思い出した。
もしかしたら、もう「今日」ではなくなっているかもしれないけど、ロイカーおじさんが読めと言ったアズトール家の歴史を語る絵本は、どこかおかしかった。
魔獣たちとの戦いのはずなのに、銀色の目をした人間がいた。
同時に、銀色の目をした人間が味方になっていた。あれは何を意味しているのだろう……。
……だめだ。考えるな!
ずるずると考えそうになって、私は慌てて自分を叱責した。
思考を封じろ。あの絵が秘密の一部だとしたら、領地で育った私は王都の貴族たちが驚愕するようなものを見てきたはずだ。
アズトール領の人々にとっては、当たり前のもの。
それが他領の人々にとっては異常だったら。何を思い出しても危険だ。
私の力では、ここから逃げることはできない。
目を逸らすこともできないし、他のこともうまく考えられない。
こういう時の対抗策は……そうだ、思考封鎖をすればいい!
……でも、それはどうやってすればいいのだろう。魔力貧者な私は、唯一の対抗策となるはずの魔術を成功したことがない。
「ねえ、リリー・アレナ。この世界と異界の狭間に生まれた麗しい女神。僕に教えてよ。君が本当はどんな子で、君が育った場所にどんなものがあったか。君の話を聞くのが好きなだけだから、そんなに警戒しないで」
セレイス様の声は穏やかだ。
でも顎を掴む手は痛いほど力がこもっていて、私の頭の中の全てを読み取ろうとするように黒い目が覗き込んでくる。
……怖い。怖くてたまらない。
でも負けたくない。
絶対に負けることは許されない。大好きなお姉様に迷惑をかけないように、お父様を困らせないように……私を受け入れてくれたアズトールを守らなければいけない。
私は必死で黒い犬の魔力の圧力から逃れようとしていた。考えるべきはアズトール領のことではなく、王都での日々だ。お姉様の笑顔とか、謎の果物を持ち帰ってくれたお父様のこととか。いくらでもあるはずだ。
そうだ、ロイカーおじさんとリネロスおじいちゃんのことを思い出せ。
一生懸命に魔術を教えてくれていた時、どんな話をしていた? お兄さんも、お守りだと言って何かしてくれたじゃないか。
何か、何でもいいから、他のことを考えろ。時間を稼いで、できれば魔術を発動させるんだ。
今度は大丈夫。きっと大丈夫だから、落ち着こう。
半分絶望している顔のロイカーおじさんは、魔術を教えてくれる時に何と言っていただろう。思考封鎖の術を成功させるには、正確な呪文の詠唱と、集中が重要だと言っていたはずだ。
集中しよう。呪文は覚えている。あとは何が必要と言っていた? 集中と、正確な呪文と、あとは……あとは…………そうだ、根性だっ!
パシン!と頭の中に何かが響いた。
ほとんど息がかかりそうになるくらい近くにあったセレイス様の顔が、突然弾かれたように遠のいた。そのまま十歩ほど下がりながら目を押さえている。
何かが起こったらしい。私の体も少し軽くなった。足首に繋がっていた細い鎖もちぎれている。
そう認識してすぐに、扉へと走り出した。
でもあと少しで廊下に出られるというところで、急に手首と足首が重くなる。手に持っていた短い鎖も太く重くなって取り落としてしまった。
とん、と肩に何かが触れた。
視界の端に黒く波打つ毛並みが見え、肩に乗ったのが黒い犬だと気付いた直後に、私の体がぐらりとよろめいていた。
膝をついてしまった私に、黒い犬が牙を剥き出しにして笑っている。体がずっしりと重くなって動けない。短かった鎖がざらりと伸びて、私の体は部屋の奥へと引きずり戻された。
『混ざりものゆえ、魔力など全くないと思っていたが。最低限は持っていたのだな』
「……油断したよ。さすが僕の女神様だ」
セレイス様はまだ笑ってた。
でも押さえていた手を外すと、目から血が流れていた。それに私に近付こうとしない。
やっぱり何かが起こったらしい。私には全くわからないけど……もしかして、なんらかの魔術が成功した?
呆然と見ているとセレイス様はハンカチで目元を拭った。
「はは、見事な思考封鎖術だね。私では破れないよ。でも、永遠に続けることは無理だろうから、しばらく我慢比べをしようか。君と一緒にいられないのは残念だが、ここで寛いでいてもらおうかな」
上質な絹のハンカチが、血で真っ赤に染まる。
庶民が見たら卒倒しそうな光景だ。でもセレイス様は当たり前のように気にしない。さらに目元を拭いたせいで、整った顔に赤い色がずるりと広がった。
どうやら、セレイス様はよく見えていないようだ。黒い犬に先導されて手探りで扉へと向かっている。
逃げ出すチャンスかもしれないのに、鎖も腕輪も重くなっている上に、体から力が抜けて動けない。歯噛みしているうちに扉がまた閉まった。
ガチャガチャとさらに音がしているのは、鍵をかけているからだろう。やがてセレイス様の足音が遠ざかっていった。
再び、部屋の中に静寂が戻った。床に座りこんだ私の呼吸の音だけが聞こえていた。
「……何個、鍵をつけているんだろう」
沈黙に耐えきれなくて、なんとなくつぶやいてみた。言葉にするとひどく滑稽に思えて笑ってしまったけど、体はまだ動かなかった。
何もできないのが悔しい。
でも、一度は逃れられた。そのことにほっとする。でも同時に、次も成功させなければ終わりだという絶望感もある。
私はアズトール家には迷惑をかけたくない。お姉様に絶対に不利益をもたらしてはいけないと思っている。でも、逃げ出す手段がない。
……私が弱いから。
心臓が嫌な速さで打ち続けている。
呼吸まで苦しい気がする。絶望に囚われたらおしまいだとわかっているのに、耐えられずにうつむきそうになった。
その次の瞬間……私を押さえ込んでいた圧力が、突然、吹き飛んでいた。
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