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エピローグ
(45)日常と非日常
しおりを挟む三日後。
私はバスケットを手に廃屋を訪れた。
今日はお姉様公認の散歩だ。料理人たちも、リグの実を使ったお菓子を作ってくれた。さっき歩きながらちらっと覗いてみたけど、今日はクッキー。バスケットを受け取るときに、料理人たちは生の実をペーストにして練り込んだとかなんとか言っていた。
今、干しリグを作っているそうだから、次回はそれを使ったお菓子を作ってくれるそうだ。
「あ、お兄さん、今日もいい天気ですね!」
井戸の近くの木陰に、お兄さんがいた。
今日は猫だらけの日のようだ。私が駆け寄ると、お兄さんは猫を無造作に退けて私の座る場所を作ってくれた。
猫は不満そうに、にゃー、と鳴いたけど、まあ、君たちは魔獣だもんね。扱いが雑にもなるよね。
私が高級そうな敷物の上に座ると、退けられた青い猫が私の膝の上に乗った。魔獣特有の軽さだからいいけど、猫にしては大きいし、色がちょっと動物離れしているなぁ……。
思わず撫でていると、お兄さんがじっとバスケットを見ていた。
「本当に持ってきたのだな」
「あ、早速食べますか? 生の実のペーストを使ったクッキーだそうです」
「ペーストか。さすがアズトール伯爵家は贅沢な使い方をするな」
お兄さんはバスケットを開けている。
よっぽど好きなんだな。まあ、私も食べますけどね。
いつものように、お兄さんがお茶を分けてくれた。猫はまだ膝にいるけど、お茶をこぼしたとしても魔獣の皮膚がそんなことで痛むものではないし、気にしなくてもいいらしい。
だから、膝の青いものは膝掛けと思うことにして、自由に飲み食いする。
クッキーは、何だか懐かしい味だった。
多分、アズトールの屋敷に引き取られたばかりの頃に、これをよく食べていた気がする。
そういえば、お母様が亡くなってしばらくは体調をよく崩していた。それまで風邪もほとんど引いたことがないくらい元気だったから、ますます弱気になってしまって、お姉様がとても心配していたなぁ……。
そんなことを考えながらクッキーをかじっていると、お兄さんが早くも二個目を取り出しながら首を傾げた。
「もしかして、お前はまだ血統のことは聞いていないのか?」
「血統?」
「お前の家族は、リグの実はあまり食べないだろう」
「……そういえば、食べて一切れとかですね」
「これは魔力が濃い。言ってしまえば地上にあるのに、実は異界の植物と同じだ。だから普通の人間が食べると魔力酔いを起こす。それが麻薬じみていいらしいがな」
「へぇ……そういうものなんですか。あれ? でも私はたくさん食べてますよ? 誰も止めないし、それどころかたくさん盛り付けてくれるんですけど」
「お前は特別だ。見るほうが早いか。思考封鎖をやってみろ」
「えっ、今ですか?」
思わず聞き返したけど、本気らしい。
仕方がないから、コップを置いて目を閉じる。集中しようとしたら、膝の上で膝掛け代わりの猫がモゾモゾと動いた。悪いんだけど、ちょっとじっとしてね。
思考封鎖のためには、まず集中しなければいけない。それから正しい呪文の詠唱と、あとは根性と気合いで押し通す!
頭の中で、パシン!と音がした。あの時と同じ感覚だ。
目を開けると、お兄さんがじっと私を見ていた。
「どうですか?」
「成功している。試しに何かつまらないことを考えてみろ。そうだな、猿百合の根とやらの収穫の仕方がいいな。コツのようなものもあるのだろう?」
「え、コツ? コツといっても……」
切り立った崖に行って、いつも遊びにつき会ってくれる狼に縄を調整してもらいながら……って、あれ? なぜあの狼は言葉が通じたんだろう。それに狼って紐を掴めないよね?
「え、もしかして、あの狼ってそういうことなんですか?! どう思いますか!」
「……お前、自分が今、思考封鎖術をやっていることを思い出せ。まあ、いい。見てみろ」
お兄さんが差し出したのは鏡だった。
普通の鏡ではない。魔力を使って作り上げた鏡だ。なんて贅沢な……って、え、何これ??
「この鏡、何か仕掛けがあるんでしょうか」
「見え方は普通の鏡だ」
「でも……」
私はもう一度鏡を見た。
私が写っている。でも目の色がおかしい。
絶世の美女だったお母様は、琥珀色の目をしていた。私は顔と目の色は母親似と言われていて、だから琥珀色が私の目の色だ。
そのはずなのに。
……なぜ銀色なのだろう。
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