修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第一章『他称詐欺術師の決意』

第四話『壊れた少女の望み』

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 輝くような金髪に、澄んだ海を切り取ったかのような青い瞳。緩めの服を着ていても分かるメリハリの効いた肢体は、街で見かければ誰もが振り返ってしまうくらいに美しい。正直な感想を言うならば、こんな美少女が売れ残りと称されていることが不思議で仕方がない。

 それに加えて、あの視線だ。まだはっきりとは言い切れないが、あの視線からは他の奴隷と違った意思を感じる。それがもし俺の目的と合致するなら、これほど幸運な巡り合わせもなかった。

「……なあ、アイツも商品なんだよな?」

「ああ、お客さんもお目が高い。彼女はかのエルフ族の少女、それも特上クラスの上玉ですとも。なのですが、彼女は少しばかり――いやかなり変わった境遇でして。その結果、身体に致命的なダメージを負ってしまっているんですよ。本人もそれがショックだったのか、買い手が来てもうわごとの様にこちらに要求を繰り返すばかりで。困ったことに『それを満たせない人間に買われるつもりはない』なんて言って、商品の方から買い手を拒否する始末なんです」

「……買い手を拒絶する権利、奴隷にあんのか?」

「お客様が本気で買い込もうと思うなら、拒否権なんてないんですがねえ。ここにはあの少女よりとは言わずとも美しく、従順な商品がたくさんいますから。……それに、彼女はエルフとしてもすでに欠陥品でして」

 このままでは不良在庫まっしぐらですよ、と店主は大きなため息を一つ。奴隷商にしか分からない苦労というのはやっぱりあるのだろうが、俺が気になったのはそこではなかった。

「……エルフとしての欠陥、っていうのは?」

「ああ、やはりそちらが気になりますか……。お客様に隠し立てはしないと申し上げましたし、この際ですから知っていただきましょう」

 少し前のめり気味の俺の質問に、店主は少しばかり戸惑ったような表情を浮かべる。反応を見る限りあまり食いつかれたくはないところではあるようだったが、それでも最後には覚悟を決めたように小さくうなずいた。

 コイツが情報を出し惜しむくらいなのだから、それが致命的に商品価値を落としている理由なのは間違いないだろう。どんな爆弾が出てくるのかと、俺はかなり身構えて商人の次の言葉を待っていたが――

「――彼女は、魔術神経を大きく損傷しています。つまり、アレは二度と魔法の使えないエルフなのですよ」

――渋い表情をした商人がそうつぶやくのを聞いて、俺の眼は大きく見開かれた。

 魔術神経。多少なりとも魔術に触れた人間ならだれもが知っている、自分の外側と内側の魔力を共鳴させるために必要な器官だ。重いものを持ち上げるのに筋力がいるのと同じように、多量の魔力を扱うには強靭な魔術神経が必要になって来るというのは冒険者の常識だった。

 それが損傷しているということは、魔術の行使が不可能になってしまっていることを意味する。魔術神経の損傷というのは、ベテラン冒険者の引退理由になりうるくらいに致命的なものなのだ。魔術神経の損傷によって引退し、憐みの目を向けられるようになった知り合いを俺は何人も知っていた。

 だが、俺が目を見開いたのは憐みの感情からじゃない。……もっと、別の感情からだ。

「魔術が使えないエルフなどただの木偶の坊でしょう? 見た目はこの店でも一二を争うくらいの上玉ですから、それでも問題なく売れてくれると思っていたのですが――」

「――言動もおかしいから結局売れ残ってしまった、ってことか。……安心しろ、それも今日限りになるだろうからさ」

 むしろここまで売れ残っていたことを感謝したいくらいだ。『双頭の獅子』を追放されたことは不運だったが、それを打ち消して余りあるくらいにこの出会いは幸運だった。

「……貴方がアレを買い取ってくれるのならば、私としてもありがたい話ですが――貴族が見れば誰もが生唾を飲みこむような上物です、それなりに値は張りますよ?」

「ああ、構わねえよ。何ならお前のとこに借金をしたって良い。それくらいの覚悟はできてるって言ったろ?」

 俺の作戦が上手く行けば、多少の借金なんて余裕で返済できてしまえるだろうからな。目の前の少女には、俺の全てを賭けてもいいと思えるくらいの可能性があるのだ。

「……ほう、それは良い事をお聞きしました。……二言はありませんね?」

「そんなダサい事はしねえよ。……会話、してきてもいいか?」

「そこまで言われては止める理由もございません。どうぞ行ってらっしゃいませ」

 恭しいお辞儀に見送られ、俺は少女の入っている檻に向かって真っすぐに歩み寄る。その足音に気が付いた少女は、ゆっくりと俺を見上げた。

「……随分若いのね。貴族の子供?」

「いや、ただのしがない冒険者だよ。金もねえし後ろ盾もねえ、ないないづくしの若造だ」

 少女もずいぶんと幼く見えるが、エルフというのは長命な種族だ。その大人びた質問に俺は苦笑しつつ、小さく肩を竦めて見せた。

「何もないのに私を買いたがるの? ……自分で言うのもなんだけど、私はそこそこ高いわよ?」

「あのデブにさんざん言われたから知ってるよ。……そのうえで聞きたいんだけど、お前が客にしてる要求って何なんだ?」

「へえ、そこまで聞いてるの。……まあ、言われなくてもいずれ聞くつもりではあったけど――」

 そこでいったん言葉を切ると、少女は軽く目を伏せる。次に目線が俺に向けられたとき、そこにはぞっとするほどに強い意志の光があった。

「『タルタロスの大獄』に、私を連れて行ってほしい。そこに居るはずの友人を助けてくれたら、私のことは好きにしてくれて構わないわ」

「『タルタロスの大獄』か……。そりゃ買い手がつかねえわけだ」

 その要求を聞いて納得がいった。確かにこれなら、どれだけ金を持った貴族や商人たちでも要求を飲めないのも仕方がない話だ。

 少女が口にしたその場所は、王国に点在する危険なダンジョンの中でもトップクラスにヤバいと言ってもいいだろう。その分そこで取れる素材はとても高く取引されるが、その利益を求めて帰らぬ人になる冒険者も数多い。俺が知る限り誰よりも金にがめついクラウスでさえも『リスクと釣り合ってねえ』と吐き捨てるくらい……と言えば、その危険度を示すには十分だろう。

 そんなところに連れて行かなければならず、まして誰とも分からない、実在するかも分からない友人を助けてほしいとなれば、金を持っているだけの奴らは少女から手を引くしかないだろう。彼女の要求は、見方を変えればかなりねじ曲がった自殺願望ともとれるくらいなのだから。

 だが、少女の瞳は真剣だ。決して、死にたがっているようには見えなかった。

「……それが出来ないなら、私は貴方のものになる気はないわ。それでも、私を買おうっていう貴方の決心は揺らがない?」

「ああ、もちろん揺らがねえよ。お前を『タルタロスの大獄』に連れて行けばいいんだろ?」

 一切の譲歩を許さないその視線を受けて、俺は大きく頷いて見せる。その条件を満たすだけでいいのなら安いものだ。……実際、勝算がないわけじゃないしな。

「俺は冒険者だ。あそこのことは少なからず知ってるし、行き方も分かる。……まあ、そこに一人で行って生き残れるかって言われたら無理だと思うけど、お前の願いを叶えてやることはできるぞ。お前の友達も、助けられるなら助けてやりたい」

「前向きなんだか後ろ向きなんだか分からない宣言ね。せっかく奴隷を買えても死んだら意味ないんじゃないの?」

「そこは協力ってやつだよ。俺だけの力じゃなくて、お前の力も存分に利用させてもらうから大丈夫だ」

 信じられないような目で俺を見つめる少女に、俺は主張を変えずにそう続ける。……しかし、『利用させてもらう』と言ったその瞬間、彼女の眼は大きく濁った。

「……生憎ね、私にはもう魔術の才能がない。近接戦闘もかじってはいるけど、集団戦をどうにかできるものじゃないわ。エルフの実力に頼り切って計画を組んでるなら、諦めた方が身のためよ」

 乾いた笑みを浮かべながら、少女は自分の置かれた状況を語る。店主からも聞いた通り、魔術が使えなくなったエルフだというのは確からしい。魔術に長けた種族であるエルフにとって、その絶望感は半端なものではないだろうが――

「……大丈夫だ。それを知ったうえで、俺はお前の力を頼るって決めてる」

「……は?」

 今度こそ意味が分からないと思ったのか、少女は唖然とした表情を俺に向ける。初めて見た目相応の表情をしたな、なんてぼんやり思った。

「あなた、自分が何を言っているのか分かってるの? 魔術を使えないエルフを戦力として計算するとか、悪いけど正気の沙汰じゃないわよ」

「おいおい、俺は狂ってなんかないぞ? この際だから特別に教えてやるけど――」

 そこで俺は一旦言葉を切り、間違っても店主に声が聞こえないように檻に口を寄せる。聞かれたくない話だと少女も悟ったのか、それに合わせて耳をこちらに傾けてくれるのがありがたかった。

 俺の術式は、『修復』に極端に特化したものだ。そうでありながらロクに怪我の治療もできなかったのが、クラウスの不興を買っていたのは記憶に新しいが、俺の本職はそれじゃない。俺がその力を存分に発揮できるのは、少女のような負傷に対してなのだから。

 追放されようとなんだろうと、その自信がなくなるわけじゃない。俺の中にある確信に従って、俺はゆっくりと口を開いた。

「……驚かないで聞いてほしい。俺の魔術があれば、お前はまた魔術師として生きていけるかもしれないんだ」

「……っ⁉」

 俺の告白に、少女の体が大きく跳ねる。その可能性なんて考えもしていなかったような、そんな感じ。世間一般では魔術神経の損傷は治療できないものって言われてるし、その反応で正しいっちゃ正しいんだけどな。

「……その予感があるから、貴方は私を戦力としてカウントできたってわけね。確かにその主張が正しいなら、貴方に買われるのもやぶさかじゃないわ。……まあ、ただの口車だったんだとしたら私は貴方を軽蔑するけど」

「大丈夫だ、期待には応えるよ。お前が俺に賭けるのと同じくらい、俺もお前に賭けてるんだからな。……簡単に言えば、一目惚れってやつだよ」

 この環境においても、自分の目的を見失わず、芯を見失わなかった少女。ましてエルフだって言うんだから、その戦力に疑うところはないだろう。……彼女となら、クラウスに一泡吹かせられるかもしれない。

 交渉が成立したことを確信して、俺はふっと立ち上がる。そして、どことなくそわそわした様子で俺たちのやり取りを見守っていた店主に向かって大きく手を挙げると――

「……店主、この娘をくれ。値段は……そうだな、言い値で構わねえぞ?」

――どこまでも強気に、彼女の購入を宣言した。
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