修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第二章『揺り籠に集う者たち』

第六十五話『掌の上』

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影を使って相手の行動を封じることが出来るのは、ギルドでクラウスと争った時に知っている。クラウスの身体能力をもってしても破れないその拘束は、間違いなくツバキの武器だと言ってもいいものだ。

「……だけど、この規模は流石にヤバすぎるだろ……」

 俺たち以外の全てが影に飲み込まれた大部屋を見つめて、俺は思わずそうこぼす。そこから襲撃者が飛び出してくることはなく、騒がしかったはずのこの場所は一瞬にして静まり返っていた。

「ボクもボクでこの一連の出来事に思うところはあったからね。変なことが起こる前に相手を叩き潰しておこうと考えるのは、ごくごく自然な事だろう?」

 俺の肩を軽く叩きながら、ツバキはさらりとそう告げる。直接攻撃が出来なくとも制圧は容易いのだと、目の前に広がる光景を以てそう伝えているかのようだった。

「まったく、相変わらず貴女は底が見えないわね……。本当は私よりも魔力を有しているんじゃないかって今でも疑ってるわよ?」

 リリスが生み出した結果を見つめながら、リリスもくるりと振り向いて肩を竦める。冗談めかした言い方ではあったが、ツバキを見つめる目は真剣そのものだった。

 というか、事実リリスより魔術的な素養が高い可能性はあり得るんだよな……。影魔術だって決して負担の少ないものではないし、それをリリスに預ける形とはいえ長時間出力し続けるのには大きな負担が伴う。……それを経験してなお、ツバキの魔術神経は傷ついてすらいなかったんだからな。

 話を聞く限りリリスがやったことは相当な無茶だが、だからと言ってツバキの行動が常識的かと言われたら全然そんなことはない。……正真正銘、ツバキもまた才能に恵まれた存在なことは間違いないのだ。

「そんなことはないさ。ただボクは影魔術と相性がいいだけ。リリスみたいな万能とは程遠い存在さ。それに、影を武器に変じさせることはボクには出来ないからね」

 しかし、ツバキは髪をくるくると指に巻きつけながら照れくさそうにそう返す。二人とも並外れた実力を持っているのに、相手の方が上だと互いに思いあっているのがリリスとツバキの面白いところだった。

「……でも、武器にならないからこそのいいこともあるよな。あの影に飲まれた人たち、死んでないんだろ?」

「ああ、そこはちゃんと加減したから安心してくれ。視覚はもちろん、聴覚や嗅覚も影に封じられてるから、本人たちは死んだと錯覚してるかもしれないけどね」

 そこまではボクの責任の範囲外だな、とツバキは笑う。だが、さらりと語られたそれはともすれば死ぬより恐ろしい状態のように思えた。

 外から影の中が見えないようにできるってことは当然逆もできるわけで、ツバキからしたらそれをやってのけただけなのだろう。だが、仮初であろうと死んだような感覚に陥る事のなんて恐ろしい事か。……想像しただけで、背筋にさっき男に感じたのとは比べ物にならないくらいの寒気が走った。

「……改めて、お前たちと仲間として出会えて幸運だったよ……」

「ええ、それに関してはマルクの言う通りだと思うわよ。本気で怒らせたら、私よりツバキの方が遠慮なく色々とやって来ると思うし」

「やだなあ、誤解を招くいい方をしないでおくれよ。……ただボクは、ボクの大切なものを奪おうとする人たちに対して容赦しないだけだからさ」

 無差別に攻撃するわけじゃないとも、とツバキは爽やかに笑って見せる。その言葉もまた真実であることは確かだろうが、それでも背筋を伝う冷や汗が引っ込んでくれるわけではなかった。

 なんでもツバキは家族を人質に取られる形であの商会に同行していたらしいが、今聞くと恐れ知らずが過ぎる所業だな……。結果として商会は『タルタロスの大獄』で全滅の憂き目にあったわけだが、その末路の方がいくらかマシなんじゃないだろうか。

「大丈夫、ちゃんと温情はかけるつもりだからね。ボクだって好き好んで殺人者になりたいわけはないし、そんな事をしたらマルクたちの評判も危ういからさ」

「……ああ、そうだな。お前が理知的な判断のできるやつで本当によかった」

 俺の表情から何を見たのか、俺を安心させるようにツバキはそう付け加えてくる。俺が真に凄いと思ったのは必要とあれば殺人者になることも辞さないであろうそのメンタリティなのだが、そこはまあ置いておくとして。

「襲撃者が拘束されたんなら、そろそろ俺たちも動き出していいんじゃないか? 仮に失神してない奴がいても、アレがもっかいくるって思ったら思うように動けないだろうしさ」

「うん、その通りだ。だからそろそろ影を解こうか――って、いつもだったら言うところなんだけどね。ボクがリリスになんてお願いしたか、マルクは覚えているかい?」

 先を急ごうとした俺を制止しながら、ツバキは穏やかな表情で俺にそう問いかけてくる。その質問の答えを探して、俺は二人の流れるようなやり取りを再び脳内で再生した。

 一瞬にして対策を完成させ、全くの無駄なくそれを共有するその光景は俺の中にもしっかりと残っている。その中で、今関係してきそうなのと言うと――

「……『一番の大物はリリスに任せる』……とか、そういえば言ってたっけか」

「そう、大正解だね。……ボクの影魔術は基本的に万能なんだけどさ、一つだけ明確な弱点があって。リリスも、それは知っているだろう?」

「ええ、昔からの付き合いだもの。……貴女の予想通り、一つだけ影の中で浮いた魔力の反応があるわ」

「だろうね。……だから、その対処は君に任せるよ」

 リリスの返答に満足げに頷いて、ツバキはすっと一歩身を引く。まるでそれが合図であったかのように、影に包まれていた大部屋の一角から白い光が漏れ出た。

「影の対は光。相容れることはなく、それ等は互いに打ち消し合う。こと魔術の属性の話になっても、その概念から逃れることはできなくてね」

「それでいてあの襲撃者は光の魔術を扱えることが分かってる。……だから、ここまで織り込み済みなのよ」

 それを見つめて苦笑を浮かべるツバキの言葉を引き受けつつ、リリスが氷の剣を構える。俺たち三人がその光を見つめる中、一つのシルエットがその向こう側から飛び出してきて――

「ぶ、はあああッ‼」

 久々に酸素を取り込んだ時のような声を上げながら、枯れ木のような体格の男が低い姿勢でリリスに向かって突っ込んでくる。もし俺たちが勝利を確信して悠然と進んでいたら、男は背後から俺に向かって右手のナイフを突き立てていただろう。その疾駆は、彼の中にある暗殺者としての執念が形になったものだと言ってもよかった。

「……でも残念、その気迫までシナリオ通りなのよ」

 だがしかし、意地を込めた渾身の一撃はあっけなくリリスの剣閃にはじき返される。くるくるとナイフが宙を舞い、底の見えない影へ音もなく沈んでいった。

 それは戦闘というより、ただ赤子の手をひねるかのような行為に等しい。全ての戦術を封殺し、やっと裏を掻けたと思った意地の一手すらまだ手のひらの上。……戦闘において、ここまでの屈辱があるものだろうか。

「……一体何なんだよ、お前たちは……‼」

 呆然と立ち尽くしながら、男が初めて感情的な叫びをあげる。そのどこか虚ろな目をまっすぐ見つめて、リリスはひらひらと手を振りながら口を開いた。

「……何って、ただの冒険者よ。王都のトップを目指してるだけの、ね」

「同じく、ただの影魔術師さ。……大丈夫、変なことをしなければ命までは取らないから」

 リリスの節回しを真似るようにして、ツバキもニヤリと笑って見せる。その余裕たっぷりな表情は、戦場で魅せるにはあまりに朗らかなもので。

「……お前たちみたいな『只者』がいるかよ、くそったれが……」

 ――男は呆然と立ち尽くしながら、ただ乾いた笑いを浮かべるしかないのであった。
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