修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第二章『揺り籠に集う者たち』

第九十話『広まる評判』

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「……おかえり。それで、私たちの評判はどうだった?」

 宿の扉を開けるなり、ベッドに寝転んだリリスが俺の持ち帰った戦果を訪ねてくる。その積極性に苦笑しながら、俺は後ろ手でゆっくりと扉を閉めた。

「アイツの話だと、それはもう俺たちの情報は大高騰してるってよ。クラウスの傘下の冒険者も、俺たちの情報を買おうとしに来たって言ってた」

『ま、売るに値するレベルの情報をオレは持ってないんだけどな』と悔しそうに呟く情報屋の姿を思い返しながら、俺は胸を張ってそう告げる。この情報を買うのにもそこそこの対価を要求されたが、まあ致命的な情報を渡しているわけじゃないし問題はないだろう。

『ダンジョン開き』が終わってから大体一週間。あのダンジョンで得たプナークのもの以外の素材を売り払った俺たちは、約束通り大きめの休養期間に突入していた。観光区をめぐって豪華な飯を食べたり、ラケルの店に今度はくつろぐために立ち寄ったり、悠々自適という言葉がよく似合う日々だった。

 だが、その間にも王都の状況は割とせわしなく動いている。その流れから置いて行かれないように、俺は情報屋から最近のトレンドを買い付けに行ったってわけだ。

「あそこまで派手に動けば、やっぱり注目は集まるものなんだね。……あの冒険者たちから情報が洩れてないのが、ボクとしては少し意外だったけど」

「あれだけの人数がいれば、一つや二つくらいどさくさに紛れてスパイしに来てるパーティがいてもおかしくはなかったものね。……まあ、そこは運がよかったものとして受け入れておきましょ」

 ベッドに寝転んだまま、ツバキとリリスは言葉を交わしている。……そういや、スパイの可能性とか全然考慮出来てなかったな……。

「そうだな、本当に運がよかった。……もう少し、気を付けなきゃいけないのかもしれねえな」

「いいや、そんな過敏にならなくても大丈夫だと思うわよ。少しぐらい私のことが知れたところで、生半可な刺客に負けるような鍛え方はしてないわ」

 わきの甘さを反省する俺に、リリスはすんなりと体を起こしながらそう宣言する。その言葉に力みはなかったが、それが逆にリリスの余裕を証明しているような気がした。

「たっぷり休めて、ボクたちのコンディションも最高だものね。一週間丸ごと休みとか、少し前のボクらに話しても到底信じてもらえないレベルだよ」

「……本当に、聞けば聞くほどお前たちのいた場所ってブラックだったのな……」

 掘っても掘っても悪いところしか出てこないというか、悪印象ばかりが積み重ねられていっているというか。ネリンとリリスを引き合わせてくれたことだけは唯一の美点だが、それ以外の要素がその功績をあっさりと覆い隠してしまっていた。

「あの主は四六時中命の危機にあるって言っても過言じゃなかったもの。一日休みが取れた日にはもうお祭り騒ぎだったわよ」

「そうだね。……懐かしいな、一日休みを使って辺境の街を二人で観光したこと」

 肩を竦めながら語るリリスに、ツバキは過去を懐かしむような視線を送る。……休みはたっぷりとってあげようと、俺は改めてそう決意した。

 俺たちは、クラウスよりも幸せにならなくちゃいけないからな。ただ超えるだけじゃなくて、クラウスのやり方を否定しなくちゃならない。……そのためには、きっと休養も大事な要素だ。

「……まあ、そろそろ休んでばかりでもいられねえけどな。せっかく大きく前進できたんだし、その余韻が消えないうちに次の行動には出ておかねえと」

「そうだね、ボクもそこには同感だよ。……もう十分、休暇は楽しみ尽くしたし」

「私の興味も大体満たされたしね。そろそろリーダーの厚意に報いるべき時が来た、ってところかしら。……それで、次は何を目標にするつもりなの?」

 宿の壁にもたれかかりながら行動開始を画策する俺に、二人からの期待の視線が向けられてくる。一週間冒険のことをほとんど忘れて羽を伸ばしていたこともあって、気力も意欲も充填完了と言った様子だった。

 だが、今ばかりはその視線が痛い。というのも、俺もまた休暇を思い切り満喫していたうちの一人なわけで――

「次の目標……なあ」

 レインに聞いた話では、しばらくギルドから通達されるような大きなイベントはないそうだ。それはつまり、王都全体の噂になるような功績を示すのが難しくなっていることを意味する。そりゃもちろん、どこかでクラウス達と真っ向勝負をすることが出来ればそれが一番いいんだけどな……。

「なんというか、どんな手を打っても微妙になる気がするんだよ……」

 いまいち話題性に欠けるというか、ダンジョン開きを超えるような衝撃を与えるには足りないというか。そのくせリスクは高いから、あまり安易なことが出来ないのがまた厄介だった。

「まあ、あそこでの衝撃が強すぎたってのはあるだろうからね……伝え聞いた話がどんどん大きくなってるのは、街を歩くだけでも分かる事だしさ」

「時々噂話が漏れ聞こえてくるものね。……いや、私はプナークの全身を細切れにした覚えはないのだけれど」

 どういう尾ひれの付き方よ、とリリスは軽くため息を吐く。情報が漏れていないというのは良い事ではあるのだが、その弊害がこういうところに出ているような気もした。

 話の内容を聞くに、あの冒険者たちも肝心なところはぼかして話してるだろうからな……。というか、プナークとの戦闘の全容を把握してるのはこの二人だけだし。情報があまりに少なすぎるとなると、話がどんどん誇張されていくのはしょうがない事なのかもしれない。

「それで俺たちへの期待値が上がりすぎてるんだから、無視を決め込むわけにもいかないんだけどさ……」

 一度尾ひれがついた話は、正しい情報が出てこない限りどんどんと原型を失っていくものだからな。どこかで歯止めを利かせなければならないのだろうが、それをするのもまたリスクを伴うものなのが難しいところだ。

「広まってしまった噂話を止めるというのは難しいものね……。さて、どうしたものやら」

 突如生まれた予想外の問題に、俺だけでなくツバキも困ったように首をひねる。と言っても、俺たち三人だけで王都の話題をコントロールするだなんて無理難題にもほどがあるのだが――

「……ん?」

 延々と空回りし続けていた俺の思考が、ドアの方から聞こえて来た控えめなノックによって中断させられる。ルームサービスにしては中途半端な時間の来訪者に、俺の背筋がわずかに伸びた。

「……二人とも、一応構えといてくれ」

「ええ。……大丈夫、抜かりはないわ」

 一瞬だけ後ろを振り向いて、俺は二人に指示を飛ばす。その瞬間、二人が寝ころぶベッドから頼もしい重圧が立ち上った。

 まさか宿に襲撃しに来るなんてことはないだろうが、それでも警戒するのに越したことはない。ゆっくりとドアノブを握り、ゆっくりと扉を開けると――

「……あの、今ってお時間大丈夫ですか……?」

「……あえ?」

 普段なら仕事の真っ最中であろう女性――レインが目の前に立っていて、俺は思わず目を瞬かせた。
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