修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第三章『叡智を求める者』

第九十三話『研究院を統べる者』

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「ずいぶんと豪華な作りをしてるのね……研究施設だって話だけど、やっぱり王国の施設として見栄えは大事なのかしら」

「そうかもしれないね。話し合い以前の要素で舐められちゃいけないってのは、ボクたちにしても国にしても同じことなんじゃないかな?」

「足元を見られて交渉されちゃたまらないからな……。設備がいいってのはここに所属する人たちのモチベにもなるし、思った以上に大事な事だろ」

 ちょっとやりすぎなんじゃないかと思えるくらいに柔らかな絨毯を踏みしめながら、俺たちは広く作られた研究院の通路を並んで歩く。見慣れない集団がいるのはやはり珍しいのか、先ほどからすれ違う人たちはことごとく俺たちに奇異の視線を向けていた。

 それでも変に声をかけられたりしないのは、研究院の警備システムが信頼されているからなのだろう。別に客人の証とかを受け取ってるわけでもないし、何なら時折立ち止まって地図とにらめっこしてるくらいだからな。

「ま、この場所にそれだけの価値があるかはまだ分からないけどね。今のところ不愉快な人物しかいなさそうなのだけれど」

「ははは、事前評価は最悪だね……。どっちかっていえば、ボクもリリスと同じ立場ではあるんだけどさ」

「ちなみに俺もお前たちと同じ立ち位置だ。だけど、しょっぱなから喧嘩腰はなしで頼むぜ?」

 通路の隅で研究院の地図をのぞき込みながら、俺たちは小声でそんな言葉を交わす。二人に向けて軽く手を合わせて見せると、リリスは少し大きめのため息をついた。

「……ええ、それはちゃんと心がけるわ。安心して、嫌悪感を押し殺すすべは心得てるから」

「側付きの護衛として、かなりマナーの悪いお客様は見慣れてる物ね……。正直疲れるからあまり感情を押し殺したくはないんだけどさ」

 目標となる部屋を目で探しながら、二人はそんな風に返す。……また一つ、リリスたちがいた商会の悪評が増えた。

「やっぱりろくでもない商会にはろくでもない客が付くのかしらね。何度私が掲げようとした拳を我慢したか分からないわ」

「そのうちの何回かは失敗してるしね……その度にボクが抑え込んでたとこ、マルクにも見せてあげたいくらいだよ」

 力ない笑みを浮かべながら、ツバキはぽつりとそうこぼす。リリスの中でもそれは恥ずかしい記憶だったのか、バツが悪そうにリリスは地図から目をそらした。

「……大丈夫よ、私だって成長したもの。二人の手を煩わせるようなことはしないわ」

「うん、その言葉が聞ければ充分さ。……ああでも、あんまり我慢しすぎるのも体に毒だからね?」

「そうだな、本当に怒りたかったら怒ってやれ。その時は、俺たちもお前の後について参戦させてもらうからさ」

 はっとした顔でこちらを向き直ったリリスに対して、俺は力強い頷きを見せる。もちろん穏便に交渉が進むことが一番ではあるが、それを優先するばかりにリリスが感情を殺し過ぎてしまうのでは本末転倒というものだからな。

 リリスは正しく怒れる奴だ。そんな彼女が怒りをこらえきれないなら、その場面に立ち会っている俺たちだってきっと少なからず怒りを覚えているだろう。……なら、その時のことはその時に考えればいいじゃないか。

「王都最強は目指さなきゃいけないけど、その道中で俺たちの心が死んでたら意味がないんだよ。……だから、最終的には自分がやりたいって思ったことをすればいい」

 空を映したような瞳を見つめて、俺はゆっくりとそう告げる。……そのまましばらく俺たちはじいっと見つめ合っていたが、しばらくしてリリスはふっと表情をほころばせた。

「……ありがとうね。そう言ってくれると、少しは楽な気持ちで話し合いに臨めそうだわ」

「おう、それならよかった。話し合いで穏便にいければそれが一番だからな」

 その顔から力みが消えているのが一目でわかって、俺の頬が思わず吊り上がる。そのやり取りを横から見つめながら、ツバキは満足げに首を縦に振っていた。

「うんうん、やっぱりマルクは良いリーダーになるね……。過去のボクたちにこんなにいいリーダーと巡り合えることを伝えられたら、どれだけ酷い戦場でも乗り越えられそうだ」

「そこまで褒められるとさすがに照れくさいけどな……。まあ、そうやって思ってもらえることは嬉しいよ」

 かなり大げさな表現なのが照れくさいが、素直にそう評価してくれるのはありがたい事だ。そうやって二人が俺のことを思ってくれているのなら、それに応えようって俺も頑張れるからな。

「……さてと、そろそろ動き出すか。作戦会議もしたいところだけど、あちらさんが提示してきた時間までもう余裕がねえ」

「そうだね。余裕を奪うことでとっさの反応を見ようとするあちら側の作戦だったんだとしたら、それは見事大成功ってわけだ」

「たとえそれが真実だとしても、絶対に拍手なんかしてやらないけどね。……さあ、早く行きましょ」

 あまりの広さから冊子のような作りになっている地図をパタリと閉じて、リリスはつかつかと歩き出す。その迷いのない歩みに、俺たちも足早について行った。

 今回面会の場所に指定されたのは、そのものずばり所長室だ。てっきり応接室かなんかに通されるものだと思っていたが、それをしたくない理由があるのかもしれない。ま、俺たちに害をなさなければ場所なんてどこでだっていいんだけどな。

「院長室はこの廊下の突き当りみたいよ。やけに縦に長い建物だけど、階段を上ることにならなくて助かったわ」

「案外院長とやらも階段を上るのを嫌ってるだけだったりしてね。見た感じショートカットとかなさそうだしさ」

 気楽に言葉を交わしながら、俺たちはまた一つ角を曲がる。リリスが指さす先には、豪華な内装の中でも一際目立つ加工をされた大扉が鎮座していた。

 いくら所員でもここまで来ることはあまりないのか、何人か見かけた人影ももうすっかりなくなっている。俺たちを待ち受ける扉からは、ダンジョンのそれにも似た威圧感を放っているような気がした。

「……ここで、良いんだよな?」

「ええ、地図通りならここのはずよ。……さあ、一勝負と行きましょうか」

 少し躊躇する俺の背中を押すように、リリスは強気な笑みを浮かべる。それに見送られては、俺もぐずぐずしてばかりではいられなかった。

 手の甲をドアへと向け、軽くノックする。コンコンという音が静まり返った廊下に響き渡って、何度も何度も反響した。

「……入りなさい」

 その残響が消えうせる直前、部屋の中から低い声が聞こえてくる。その言葉に導かれるようにして、俺はゆっくりと重い扉を押し開けた。

「……うわ」

 部屋の内装が視界に飛び込んで来た瞬間、俺は思わず息を呑む。……簡素な机といくつかの機材だけが置かれたその部屋は、その外装に見合わないくらいに地味なものだった。

「……男一人と女二人。どうやら、冒険者にも五分前行動という意識はあるらしいな」

 ある意味で衝撃的なインテリアたちに目を奪われていると、その正面から低い声が俺たちに投げかけられる。……それに反応するようにして、俺は初めて声の主の姿を視界にとらえた。

 足まで届こうかと言わんばかりの白衣に、手入れという概念を知らないんじゃないかと思うくらいにあちこちへと跳ね散らかした青い髪。しわだらけの顔がその髪型と相まって不健康な人物像をさらに加速させているが、黄色い目だけはらんらんと光り輝いている。……名乗られなくても、その在り方自体が自らの立場を示しているかのようだった。

「……あなたが」

 やっとのことで、俺は目の前の人物にそう声をかける。あまり大きくないはずの背丈のはずのその人物に、俺は気圧されていた。

「……その先にどんな言葉を続けたいのかは分からないが、状況的に名乗るべきだと判断する。貴様の真意は違うかもしれないが、そこに関する批判はいったん黙殺するとしよう」

 頬杖を突きながら座っていた男が、そんな言葉とともにゆっくりと立ち上がる。座った姿勢の時から薄々分かってはいたが、立ち姿となるとその猫背が余計に際立っていた。

 だが、それすらも今は男の威圧感を助長するものでしかない。思わず唾を飲みながら次の言葉を待っていると、男は大きく手を横に広げて――

「――当方がこの研究院の長、ウェルハルト・カーグレインだ。……当方の要請への迅速な応答、感謝する」

 ――あまりにも堂々と、その称号を名乗って見せた。
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