修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第三章『叡智を求める者』

第百四十一話『理性でできた回廊』

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「メンテナンス不足を疑いたくなる音の立ち方だね。この場所、しばらく誰にも踏み込まれていないのかな?」

「有り得なくはない話ね。魔物が律儀に扉をくぐって移動するとは思えないし、何か別の仕掛けでもあるのかもしれないわ」

 結構な時間を使って開き切った扉を見つめて、ツバキとリリスはそんな風に言葉を交わす。メンテ不足とは言い得て妙な表現ではあるが、確かに開き方がすこしぎこちないのは気になるところではあった。

 というか、第一階層では一枚たりとも使われていなかった扉で仕切られてる時点で怪しさはあるんだけどな。セーフルームから一歩外に足を踏み出すなり襲ってきた魔物のこともあるし、こっちの方が見せたくないものを多分に含んでいるのかもしれない。

 それと連動して第二階層では地形の再構築が行われない可能性もあるが、そっちに関しては未だ謎としか言いようがないからな。……なんにせよ、俺たちに進む以外の選択肢は残されていないということか。

 俺も二人に追いつくようにして扉の外を覗くと、小さな通路をつかって繋がった部屋の中が少しだけ見える。特段変わったものが見えたりするわけではないが、部屋から部屋へと移動していく形式であることがなんとなく確認できただけでも儲けものだ。

「……それじゃ、私が先陣を切るから。ツバキ、もしものことがあったら援護をお願いね」

「もちろん。どんな不意打ちが来ようと、ボクたちの力で退けてやろうじゃないか」

 リリスとツバキのコンビが軽快なやり取りを交わしつつ、先陣を切って次なる部屋へと踏み込んでいく。またしても激しい音が聞こえてくる――なんてことは幸いにもなく、入ってから十秒ほどして二人からのオーケーサインが返って来た。

「……こりゃまた、広い部屋だね……」

「建築士が見たら泡吹いて倒れそうな敷地の使い方ね。あれだけじゃなくてもう少し物置くとか、いろいろできることはあったでしょうに」

 扉をくぐった先にあっただだっ広い空間に、リリスとノアは口々に呟く。どこまでも殺風景なその部屋は、『タルタロスの大獄』の第一層をいやでも思い出させた。

 あれもあれで悪辣と言うか、冒険者を陥れる気満々の罠だったもんな……ダンジョン同士の関連性があるのかどうかは知らないが、どちらかがどちらかを参考にしたと言われたら頷けてしまいそうだ。

 だが、あっちと違って本当に何も置かれていないという訳ではない。この部屋の左隅には小さな棚のような物が一つぽつんと置かれていて、このだだっ広い空間のなかで一際異彩を放っていた。

 遠目で見る限りデザインに工夫が凝らされているという訳でもないのだが、その普通さがこの異質な空間の中である意味不気味なものになっている。少なくとも何かその棚には肝心な情報が残されているのではないかと、そんな想像を巡らせずにはいられなかった。

「……あれ、何もないなんてことは流石にないよな」

「ああ、少なくとも何かはあるだろうね。このダンジョンに関する情報も、それを守らんとするための罠の類も」

 俺の確認に対して、ツバキはさらに一歩踏み込んだ答えが返ってくる。罠の可能性が示唆されたことで、俺の背筋に一瞬冷たいものが走った。

 結局第一階層で出くわすことはなかったが、罠の類自体はこのダンジョンでノアが確認してるらしいからな。明らかに何かを隠しているこの第二階層において、まともに資料に触れさせてもらえると考える方がおかしいという話だ。

 だがしかし、罠の可能性にビビってスルーするという選択肢が取れないのが苦しいところだ。俺たちはこのダンジョンの、そしてあのどこかおかしな村の真相を求めてここに来ているわけで、そのために重要な情報があの棚の中に入っていたら目も当てられない。入口から一枚扉を隔てただけのところにそんなものが置かれているかは甚だ疑問だが、この階層で再構築が起きるか起きないかも俺たちははっきりとわかっていないわけだからな。

「……リリスの感覚は、相変わらず鈍らされたまんまか?」

「そうね。普段なら嫌な感覚の一つでも感じ取れるのかもしれないけど、今は気持ち悪いくらいに何も感じられないわ」

 隣に居るツバキの魔力の気配すらもね、とリリスは肩を竦める。罠と知っても進まなければいけない以上少しでも危険性は下げておきたかったが、やっぱりそんなうまい話はないらしい。

 ならば、少しでもあの棚に近づかない方向性で考えていった方がいいだろうか。幸い、魔術を行使することに関してはこのダンジョンは寛容だしな。

「……リリス、風魔術で上手い事あの棚の中身だけさらってくることはできるか? ああいう罠の類ってさ、大体手前の床を踏んだり接近することで発動することが多いと思うんだよ」

 棚の方を指さしながら、俺は少し細かくリリスへと指示を出す。罠を仕掛ける側へと回って考えてみた時、単純にあの棚へと接近していくのは正直言ってリスキーが過ぎた。

 このダンジョンはかなり物騒だが、それでも理性的な部分が端々に感じられる。そんなダンジョンの作り手が、貴重な情報のある部屋に入り込んだ瞬間に作動するような罠を張ることはないだろうというのが、俺の中に浮かんだ推測だ

 近寄らないならそれでよし、近づくならば容赦はなし。俺ならそう言うふうに罠を仕掛けるし、強引なやり方をすればそこにどうしても守りたいものがあるって理解されてしまうからな。このダンジョンに関わった者を全員始末したいって思うなら、そもそもダンジョンの外に出ても呪印が消えないようにすればいいだけだし。このダンジョンが刈り取ろうとしているのは、そのリスクを知ってなお踏み込んでこようとする、ある意味では特異な者の命だけなのだ。

「……風魔術を使えば、多分できると思うわよ。少々荒っぽい形にはなるけど、ノアはそれで大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。状態保存が重要なものだとも思えないし、資料の中身が確認できるような形なら十分。国にとって都合が悪いような記述があったら、最終的に処分しないわけにはいかないしね」

 そういう類の依頼だし、とノアは苦笑する。ここまでのあれやこれやで忘れていたが、そう言えばこれは国から直々の調査依頼ってことなんだったか。都合の悪い事を握りつぶすのは褒められたやり方じゃない気もするが、この村のおかしさを思えばむざむざ放置するってのも難しそうだな……。

「了解。……それじゃあ、少し集中するわよ」

 ノアの快諾を受けて、リリスはふっと目をつむる。それを合図としたかのように風がリリスの下へと集いだし、床に微かに積もっていた埃をふっと巻き上げた。

「……うん、何かはあるわね。ノートとか本の類――かしら」

「よし、じゃあとりあえず全部持ってきてくれ」

 リリスが手ごたえを感じたのとほぼ同時に、棚の方からかさかさと紙どうしがこすれ合うような音が聞こえる。俺の指示に軽く頷いたリリスが軽く腕を引くようなしぐさを取ると、その音はだんだんとこちらの方へ近づいて来た。

 まるでトレイか何かに乗せられたかのように、何冊かのノートがこちらに引き寄せられる。かすかに埃を巻き上げて風の渦を縁取ってくれているからなんとなく原理は分かるが、それにしたって途轍もない魔術の使い方であることには変わりがない。これ、王都の魔術師が見たらひっくり返るレベルの丁寧さなんだろうな……。

「うへえ、こんな丁寧なやり方もできるんだね……。風魔術は暴発がよく起こるから、ウチも慎重に慎重にってずっと自分に言い聞かせてるんだよ?」

「私だって慎重になってるわよ。氷とかと違って、この手の風魔術は維持するために一瞬も気が抜けないもの。だからこんなふうに動きでイメージを明確にしてるんだしね」

 見えない綱を引くようなしぐさを繰り返して、リリスは棚にあったノートを手中に収める。それをノアに向かって差し出すと、その緑色の目が今までにないくらいにきらきらと輝きを放った。

「うん、ありがとうねリリス! それに君たちも、これでようやく情報収集が一つ先に段階へと進められるよ……‼」

 ごちそうを目の前にした時でも、これ以上に目が輝くことはないのだろう。そう確信できるくらいに、今のノアは期待に満ち溢れている。武者震いというものなのだろうか、表紙をめくろうとするその手はかすかにふるえていた。

「……あ、ご丁寧にナンバリングまでされてる! それじゃあ、最初の奴から行かせてもらおうかな……?」

 もうこらえきれないと言った様子で、ノアは一番上に置いてあったノートの一ページ目をめくる。そして、ものすごい勢いでノアの瞳が上下左右に動き回って――

「……これは、思ってた以上にヤバいかもしれないね?」

――興奮にひきつった笑みを浮かべたノアがそうこぼすまでに、実に三十秒もかからなかかった。
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