修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第三章『叡智を求める者』

第百六十三話『片割れはどこに』

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「……なかなか起きないな、ツバキ」

「ええ、かなり疲れてるみたいだったからね。……それにしても、こんなにぐっすりなのは珍しい気がするけど」

 ――膝枕をめぐるあれやこれやが落ち着いてからしばらくして。壁にもたれかかって熟睡するツバキの姿を遠くから見つめて、隣あって座る俺とリリスは小声で言葉を交わす。常に飄々とした雰囲気を纏うツバキだが、眠りにつくその表情は普段からは想像もできないくらいにあどけないものだった。

 寝起きの俺が起こした軽い騒ぎにも動じないで熟睡を続けてるあたり、只者じゃないってのは確かなんだけどな……。護衛時代の睡眠環境は最悪だったって話だし、どんな環境でも寝るためのノウハウがツバキたちにはあるのかもしれない。

「……なんだかんだ、このパーティで一番デリケートなのって俺だよな……」

「護衛として長年生きていたら、デリケートなんて言葉は辞書からいつの間にかすっぽ抜けてるものよ。どんな場所でも寝ろと言われたら寝なきゃいけなくて、寝てる間も仲間からの狼藉には警戒しなくちゃいけなくて。……そんな環境を乗り越えた身からすれば、襲われる危険がないってだけでどんな場所も最高の睡眠スポットだわ」

 頭を掻く俺に対して、リリスは表情を変えないままえげつない事を口にする。今までに何度か聞いてきた話ではあるが、何度聞いてもひどい扱い方だと感じることには変わりがない。その環境を経験しているのなら、今のこの拠点が熟睡に適していると言われても頷ける話だった。

「それに順応してたってんだから二人はすげえんだよな……。俺だったら先に精神が限界を迎えてたとしか思えねえよ」

「実際、私も一人だけだったら早々に耐え切れなくなってたと思うわよ。ツバキが居たからギリギリ耐えられたし、最悪な中で少しでもいい眠りを追求できたの。……だから、別にマルクが弱いなんてことはないと思うわ」

 私だってできるなら柔らかくて暖かい布団で眠りたいもの、とリリスは肩を竦める。それが俺たちの拠点にあった布団のことを指しているのは、わざわざ確認しなくても明らかだった。

「一応押さえっぱなしにはしてるから、王都に戻りさえできればすぐにでもあの布団で眠れるんだけどな……。肝心の戻るタイミングが分からないのが問題なだけで」

「今更過ぎるけど、面倒すぎる案件に首を突っ込んだものね……。これで報酬が少なかったら、あの所長の顔面を殴る権利でも請求してやろうかしら」

 げんなりとした表情を浮かべて、リリスはそんなことを口走る。ウェルハルトを殴り飛ばしたい気持ちは俺も同じだが、それも結局王都に戻らなければ叶わないことだ。そう気づくと目標が急に遠ざかったように思えて来て、俺は思わずため息をこぼした。

「……リリス、本当に寝ないで大丈夫か? もし少しでも眠気があるなら、それを取っておくに越したことはないと思うぞ」

 鬱屈としてきた雰囲気を払いのけるように、俺はリリスに改めてそう問いかける。ここからの探索の進捗次第ではしばらく睡眠時間は取れないかもしれないし、肝心な時に眠気に襲われ酔うものなら一大事どころの話ではない。そう思っての申し出だったのだが、リリスはゆるゆると首を横に振った。

「ええ、私なら大丈夫よ。昨晩はゆっくり眠れたし、この拠点でも十分に羽を伸ばせてるもの。……むしろ、気力は有り余っているとすら言えるかもしれないわね」

 強気な笑みを浮かべながら、リリスは両手を前に出して大きく伸びをしてみせる。その眼ははっきりと見開かれているし、クマなどが出来ているようにも見えない。リリスはたまに強がるから少し不安だったが、どうやら本当に眠気は来ていないようだ。……それなら、無理に睡眠をとらせる必要も確かにないかもしれないな。

「……それじゃ、とりあえずツバキが起きてくるまでこのまま待機だな。この先どれだけこういう時間が取れるか分かんねえし、
出来る限りのんびりさせてもらおうぜ」

「そうね、出来る限り羽を伸ばしましょ。……マルク、私の膝は必要?」

 俺の提案に悪戯っぽくそう返されて、俺はとっさに身を固くする。その申し出自体には断る理由が何もないのだが、それに一も二もなく飛び込んでいくのも下心満載だと思われそうでなんだか気が引ける。どう答えるのが現状の最善なのか、俺は必死に考えて――

「……今のところは、その気持ちだけありがたく受け取っておくことにするよ」

「そう。……ま、気が向いたらいつでも声をかけて頂戴ね」

 私は構わないから――と、リリスは俺の回答に満足そうに返す。その回答の速さからするに、俺がどんな風に答えるかはなんとなく見透かされていたのだろう。……なんというか、少しだけ悔しい。

「……ああ、そう言えば。マルクが寝た後、少しだけツバキと二人で話してたのよ。その時にツバキから聞いたことが少し気になるから、今の内に貴方と共有しておいてもいいかしら」

 そんな俺の感情をよそに、リリスはこっちが本題と言わんばかりにそんなことを切り出してくる。さっきまであったからかうような声色は消え、透き通るような青い瞳が俺をまっすぐ見つめていた。こっちも気合を入れ直さないといけないくらいには、その話題はリリスの中で重要度が高いらしい。

 ……仮に俺がリリスの申し出を受けていたら、俺はリリスの膝枕を受けながらこの先に関わる真剣な話を聞くことになっていたのだろうか。それはそれで頭に情報が入って来なさそうだし、さっき申し出を辞退したのは正解だったかもしれないが……まあ、それはそれとして。

「ああ、聞かせてくれ。……今このタイミングを選ぶってことは、ノアには出来れば聞かれたくない事って認識でいいんだよな?」

「話が早くて助かるわ。ツバキ曰く『手札は一枚でも多く持っていた方がいい』らしいから、私もその方針に乗っからせてもらおうと思ってね」

 少しだけツバキの口調を真似ながら、リリスは内緒と言わんばかりに人差し指を口元に当てる。ツバキがいつごろ寝たのかはよく分からないが、この二人の間で重要なやり取りがあったのは間違いないのだろう。

「つまり、その情報を知っておくこと自体が俺たちにとっての優位になりうるってことか。ノアと共有しないことで生まれるメリットがどこなのか、それだけがいまいちわからないけどさ」

「ま、ノアに情報をホイホイ渡すこと自体がリスクのある行動だし今更でしょ。……それに、ツバキもまだヒントを掴んだってところだろうから」

 手札が完成するのはもう少し先の話よ、とリリスは目の前で眠る相棒を見つめる。すうすうと寝息を立てて眠りにつくその姿は、駆け引きとは一切無縁に思える純粋さを纏っていた。

 だが、ツバキは俺たちの中でも誰より思慮深い人物だ。対人的な交渉になれば俺も力を貸せる場面が多いが、一つの事象に対して深く分析していく力で行ったら俺はツバキに敵わない。……ノアが頼りにできなくなった時、このダンジョンの謎を解き明かすための鍵はツバキが握っていると言ってもよかった。

「それじゃ、聞かせてもらおうか。ノアの分析が終わり切らないうちに、な」

「ええ、そうね。……と言っても、私はただツバキの言っていたことをそのまま伝えることしかできないのだけど――」

 そう前置いて、リリスは俺が眠った後にしていたのだというやり取りを再現する。呪印術式に対してどんな印象を抱いているのかと聞かれたこと、それに滅茶苦茶だと答えたこと。……そして、不老と不死の魔術は古来からワンセットで考えられていたという事実を伝えたことを。

「それを聞いた瞬間、ツバキの中で何かが閃かれたみたいで。……まあ、それが形になる前に眠気が来ちゃったみたいなんだけど」

「不老不死の研究は呪印術式に限らず行われてた、か……。そりゃ確かに、魔術ってものが行きつく一つのゴールではあるわけだもんな」

 生命の限界を超え、永遠を作り出す。それはきっと魔術の中でも究極にあたるもので、たどり着けたのなら世界そのものが大きく塗り替わってしまうことなのだろう。それが未だに未完成で良かったと思うし、この先も完成しなくていいものだと思う。――だがしかし、呪印術式は魔物限定とはいえ『不老』と呼んで相応しい技術に片足を突っ込んでいたわけで。

「……その片割れになる術式も、あのダンジョンに残されていたら――なんて、ツバキは言ってたわね。だとしたら何なのか、私はこれっぽっちも想像が出来ないけど」

「ああ、そこはツバキのみぞ知るって奴だろうな。……俺の貧相な想像力じゃ、不死の術式もあったらヤバいってことしかわからねえよ」

 不老の術式ですら、魔物の寿命をとんでもない長さにまで引き延ばしていたのだ。それを軽々と上回る不死の術式など、一体どんな理論を用いれば実現するというのだろう。考えてみればみるほど、そんな都合のいいものがあるだなんて思えない。

 隣を見てみれば、リリスも難しい表情でしきりに首をひねっている。俺よりもはるかに多彩な魔術の知識を持つリリスですらも、ツバキの仮説に追いつくのは難しいのだろう。となると、今の俺たちにできるのはただひたすらに疑問を抱くことだけで――

「……皆、お待たせ! やっと文献の解析が終わったよー!」

「……ええ、首を長くして待ってたわ。声の大きさについては、少し考えるべきだったと思うけど」

 ――影の向こう側からノアが顔を出してきたとき、リリスは注意を挟みながらも表情をほころばせる。……俺たちから際限なく生まれる疑問に答えを出しうるノアの存在がカギを握っていることは、どうやら間違いなさそうだった。
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