修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第三章『叡智を求める者』

第百六十八話『潰しておくべきこと』

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「ここからは完全に未知の領域、だもんな……。どこを目指すべきか、根拠になるのは直感だけになっちまうけど」

「ま、考えるより直感で動く方が私たちらしいでしょ。時間制限もあるし、その時間の中でどれだけ総当たりできるかが一番重要なんじゃない?」

 ノアの問いかけに考え込む俺に、リリスが軽く肩を竦めながら三つあるうちの扉の一つへ向かって歩み寄る。理由を聞いたら『正面に見えたから』と答えるんじゃないかと思えるくらいにノータイムでの決断だったが、しかしそれを留められるだけの理屈の持ち合わせもなかった。

「今の状況じゃ考えるだけ無駄……というか、考えるのは別にここじゃなくてもできるしね。今のボクたちに求められてるのは少しでも多くの情報を収集すること、そして無事にあの拠点まで帰る事だ。……欲を言うなら、この第二層でセーフルームを見つけられればそれが理想的なんだけどね」

 リリスの足取りに続きながら、ツバキが俺に呪印を見せつけながらそんなことを言ってのける。考え込んでいたせいで正確な経過時間は把握できていなかったが、青く光る呪印はまだ俺たちに猶予がある事を示していた。

「オーケー、そっちの扉だね。……開くのは私がやるから、少し下がってて?」

 言葉を交わしながら小走りに扉へと向かう俺たちにワンテンポ遅れたノアが、先頭を行くリリスを追い越しながらそう声をかける。第二層に入ってから続くその心遣い自体は確かにありがたいが、わざわざ最後方から追い抜いてまでその役割を果たそうとするのは少し変だ。ちょうどリリスも同じことを感じたのか、先頭を譲りながらも小さく首をひねった。

「……情報を出さなかったのは確かによくないことだとは思うけど、わざわざ危険を被りに行ってまでそれを償う必要はないのよ?」

 ノアをまっすぐ見つめながら、落ち着いた声でリリスは諭すような声をかける。確かに情報の後出しを一番責めていたのはリリスだし、それに負い目を感じているならその行動にもある程度納得が出来る話だ。……だったのだが、ノアは笑顔を浮かべながらその仮説を否定した。

「違う違う、そんな責任の取り方をしようとは思ってないよ。……ただ、私がボタンに触れるのが一番安全だと思うからそうしてるだけ。誰が一緒にいても、なんなら私が何のミスを犯してなかったとしても、私が扉を開くためのボタンを押すことに変わりはない。……その方が確実に安全だって事に気づいちゃった以上は、ね」

「……また何か隠し事をしているような口ぶりだね。それがボクたちを苦境に立たせたとき、今度こそ君への容赦はなくなるものだと考えてくれていいんだよ?」

 意味深な結びをしたノアに対して、ツバキが普段より数段低い声で追及する。一切のごまかしを許さないと言わんばかりの鋭い舌峰に、ノアは困ったように頭を掻いた。

「……いや、まだ何も確定してない事なんだ。記述もないし、ただ私の中で『こんなこともできるんじゃないか』って仮説が浮かんじゃっただけ。……だけど、私がボタンに触る役を務めていればその仮説が正しくても皆に危険が及ぶことはない――そう思ってたんだけど、皆から見たら確かにこれも隠し事と一緒だね」

 また空回ってたみたいだ、とノアはバツが悪そうな表情を見せる。また俺たちに情報の後出しまがいのようなことをしていたのは事実だが、これを見る限り意図的ではない……の、だろうか。少なくとも俺たちに悪影響を及ぼすまいとしている事だけは間違いないだろう。

「……とりあえず、その可能性とやらだけ聞かせてもらってもいいか? 些細な気付きが後に聞いてくることもあるかもしれないって言ってたの、他ならぬお前なわけだし」

 俺たちも隠し事をしているのは棚に上げつつ、俺はノアを促す。もし仮にノアに疑念を持たれるような事態が起きた時に同じような事を言われるのがほぼほぼ確定してしまったが、その時はその時と腹をくくるしかない。ここはしっかり聞き出しておかなければいけないと、俺の中の直感が告げていた。

「……うん、そうだね。私が気が付いたのは、ボタン自体に何か細工がされてる可能性なの。ボタンを押したら何かが作動するんじゃなくて、ボタンの構造そのものが罠である可能性。そうだね、例えば――」

 小さく首を縦に振ってから、ノアはゆっくりとボタンの方に向かって歩き出す。そして、次の扉を開くためのそれを力強く押し込んだ。

「――このボタン自体に呪印が刻まれてて、触れた者の手のひらにそれが転写される可能性とか、ね」

 ゆっくりと開く扉を背にしながら、ノアは俺たちに両掌を見せながらその可能性を口にする。……だが、ボタンを押し込むノアの行動には何一つとして迷いが存在していなかった。

「……ちょっと待ってくれ。君がそのボタンを押したんだとして、呪印が刻まれるリスクが存在していることは変わりないだろう? なら、君以外の誰が押しても安全性は変わらないんじゃ……」

「ううん、変わるよ。私が押した方が、間違いなく安全は保障されてる。……マルクなら、その事に気づけるんじゃないかな?」

 こらえきれないと言った様子のツバキの問いかけを遮りながら、ノアは俺の方へと目くばせをしてくる。その目付きには明らかな信頼があって、俺の思考は一瞬混乱した。

 他ならぬ俺に水を向けたということは、俺が知っているノアの力が今の行動に関係しているということだろう。だが、そもそもノアと二人だった時間なんて襲撃された時ぐらいで――

「……あ」

「その様子だと、気づいてくれたみたいだね。……簡単な呪印くらいだったら、私は自分の力で無力化できちゃうんだ」

 きっと間抜けな表情をしているのだろう俺に微笑みかけながら、ノアは改めて自分の技術を二人にも向けて明かす。このダンジョンに足を踏み入れた時に解析が出来るところは話していたが、そう言えば呪印の解除が出来ることはあまり触れずにスルーしてしまっていたかもしれない。事実ふたりの頭からは抜けていたのか、リリスたちははっとしたように目を見開いていた。

「このダンジョンに残されてる技術は解析が難しいものが多いけど、この大きさのボタンなら刻める文様の大きさも限られてる。複雑な呪印はその分文様も複雑なものになりがちだから、逆説的にこのボタンサイズの呪印は単純なものになりがちなんだよね」

 だから解除も簡単ってわけだ――と、ノアは得意げに胸を張る。確かにその理論ならば、俺たちに事実を伝えなくとも自分から進んでボタンを触ればいいだけの話だ。疑わしく見えたノアの行動は、その実最も合理的な一手だった。

「……さて、説明はこんなところでいいかな? せっかく扉も空いたし、早く先に進んじゃおうよ」

 驚きでしばし硬直していた俺たちを、ノアの柔らかい声が現実に引き戻す。何かを振り払うように首をブンブンと振ると、リリスは真っ先にノアの隣へと立った。

「ええ、あなたの言う通りね。……だけど、開いた後は私が先頭を務めるから。単純な力比べに持ち込んでくるなら、私の方がすぐに対応できるもの」

 扉の先に見える暗がりの前に立ちながら、リリスは手を横に広げてノアに下がるよう促す。それに小さく頷きを返すと、ノアはすたすたと俺たちの少し後ろまで下がった。

 それと入れ替わるように、俺とツバキは並んでリリスのすぐ後ろへと立つ。小さな一塊になったのを確認すると、リリスは扉の向こうへと第一歩を踏み出した。

「……この短い通路、本当に必要なのかしらね……?」

「多分、ここに何らかの細工をすることで扉から次の部屋が見えないようになってるんだと思うよ。だってほら、今もすぐ近くにあるはずの部屋の中が見えてこないし」

 部屋と打って変わって暗い通路に悪態をついたリリスに、ノアが落ち着いた声色で答える。すらすらと回答が出てきた当たり、その技術はこのダンジョン特有の物でもないのだろう。……そう言えば、リリスと二人で歩いた『タルタロスの大獄』の通路もこんな感じのがあった気がするな……。

「何が出るかはお楽しみ、ってことだね。……さて、何が出るやら」

「どうせなら大当たりがいいよな。それこそ、この部屋だけで全ての謎に納得がいくぐらいのさ」

 そんなやり取りを交わしているうちに、連絡通路はすぐに終わりを迎える。先陣を切って部屋の中へと踏み込んでいったリリスに続いて、俺とツバキはそんな事を言いながら部屋へと入っていって――

「――っはは。……これはどうだい、当たりなのかな?」

――決して狭くない部屋一面にびっしりと呪印らしき不規則な文様が描かれているという異様な光景を目の当たりにして、俺は思わず息を呑んだ。
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