修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第二百二十四話『不相応な豪奢』

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 正直なところ、なんで俺たちにここまでのことをするか分からないレベルで豪華すぎる。普通の馬車であっても俺たちが特に文句を言うことはないだろうし、むしろこの場の空気は高級感に充ち溢れすぎていて正直落ち着かないぐらいだ。この場にそぐわないラフな……というか冒険のための装備を着用していることもあって、奇異の眼が時々向けられるのも結構心臓に悪い。

 その一方で、俺の隣に立つツバキとリリスにはそんな視線が向けられている様子がない。二人の装備はそれほど冒険者感が前面に押し出されているものではないし、俺よりは普通の乗客として馴染むことができるのだろう。何も知らない人からしてみれば、二人の美少女とそれを守る一人の冒険者、みたいに見えているのかもしれない。

 実際のところ、その関係性は全く逆って言ってもいいんだけどな……。もしもこの場にいる誰かが要らない勇気を振り絞ってリリスたちに絡もうとしようものなら、待っているのは氷のように冷たい拒絶だろう。面倒事は一つでも少ないに越したことはないし、隣に立つ俺の存在が少しでも牽制になってくれることを願うばかりだ。

「……さて、早いところボクたちの席を探すとしようか。あっちが一から十番みたいだから……ああ、このあたりかな?」

 俺の懸念をよそに、ツバキはあちこちに視線を向けて俺たちの席があると思しき場所をすぐに探し当てる。幸いなことにその周りには人がまだ座っておらず、移動を巡った少し気まずいやり取りもなしに席の前へとたどり着くことができた。

「……ほら、奥に行っていいわよ。私とツバキは馬車からの景色に見飽きてるから」

「ああ、それは間違いないね。君を守るって意味でもボクたちが通路に近い方がいいし、遠慮なく窓際を満喫してくれ」

 その直後、二人は口をそろえて俺を窓際へと誘導する。大きくあけられた窓から見える景色はかなり見栄えがよさそうに思えるが、二人はあまり興味がないようだ。

「それじゃ、遠慮なく頂くとするよ。……興味が出たらいつでも変わるからな?」

「ええ、その時はよろしく。……護衛の時に外の景色なんて目に焼き付くほど見たから、たぶん頼むことはないでしょうけど」

「遠くから車者はもちろん、遠くの馬車の正体とかにも気を配らないといけなかったからね……魔物はともかく馬車に先制攻撃するわけにもいかないから、見張りってのはすごくもどかしい仕事だったんだよ」

 苦々しい表情を浮かべるリリスに代わり、ツバキが護衛時代のエピソードを語る。……確かに、それを思えば窓側を譲るのも何となく理解できるというものだった。

「お前たちの護衛時代、実はまだまだ知らないことだらけなんだな……。十年間もあるんだから、そりゃ当然と言えば当然なんだけどさ」

「ま、簡単に語りつくせないようなこともたくさんあるしね。……八時間ぐらい時間もあるみたいだし、旅のお供にでも聞いてみる?」

 二人が過ごしてきた時間の長さに俺が思わず息をついていると、リリスがそんな風に持ち掛けてくる。二人のことをもっと知りたい俺にとって、それを断る理由はまるでなかった。

「そうだな。こんだけまとまって時間が空くのは久しぶりだし、お前たちがいいなら聞かせてくれ」

「うん、ボクもいいと思うよ。……ボクが否定したくないと思えた十年間の事、君にもできるだけたくさん知ってほしいからさ」

 俺だけでなくツバキもその提案に乗ったことによって、道中の話題が確定する。……したのだが、それが始まる前に少し聞いておかなければならないことがあった。

「……一応確認だけど、この馬車って明らかに普通じゃないよな?」

「まあ、そりゃそうね。……貴方が思ってるであろう疑問は、私も当然持っているものだもの」

「付け加えるなら、ボクの中にもあるものだね。……高々一冒険者パーティになんでこんな高級な馬車をあてがうんだ、ってことだろう?」

 答え合わせと言わんばかりのツバキの言葉に、俺とリリスは揃って首を縦に振る。俺の中に渦巻き続けていた疑問は、解決するどころか時間が経つごとにさらに膨れ上がってきていた。

 俺たちの後ろに続いて十人ほど客が乗ってきたのだが、そのどれもが上級階層と言った印象を受ける人々で、冒険者然としている人たちは一人もいない。皆が皆きっちりと服を決めるその姿は、まるでどこかのパーティにでも赴くかのようだ。

 ついでに言うなら、まるで決壊でも貼っているかのように俺たちの周りに人が座ってこないのも気がかりだ。偶然だと言えばそれまでだが、そう自信をもって断言できなくなってしまうぐらいにほかの席にはどんどんと人が腰掛けていく。……より突っ込んだことを言うのなら、俺たちが存分に言葉を交わせるように配慮しているのではないかと思えるほどだ。

「……こんな馬車、絶対に五ケタじゃ済まねえだろ。何十万ルネ、あるいは何百万ルネとかかかる可能性だって十二分にあり得るぞ」

「さすがにそれは冗談……とも、言い切れないのが怖いところだね。厚意での事なのは間違いないんだろうけど、それにしたって流石に不気味が勝ってしまうぐらいには」

 少し盛った俺の推論に、しかしツバキは大真面目な顔で頷く。数百万は流石に言いすぎだろうと自分でも思っていたのだが、その反応を見た感じあながち冗談でも済まされないようだ。

「この感じ、金遣いの荒い客たちを思い出すわね。ツバキもそう思わない?」

「ああ、その系列なのは間違いないね。もしこの依頼を出した人がボクたちに好意的なら、その人は相当に金遣いが荒いと言ってもいい。……はじめっから最高級しか選択肢に入ってこないぐらいに、ね」

「……なる、ほど……?」

 妙に強調されたツバキの言葉に、俺は無意識のうちに顎に手を当てて考え込む姿勢を取る。ツバキの評は、なかなかどうして的を射ているような気がした。

 これはあくまで想像の域を出ないが、この馬車を手配した人にとっては『最高級以外の馬車を選択する』という事自体が異常なことなのかもしれない。この依頼にどこまでの機密性があるかは分からないが、もしバレたくないのならできる限り違和感を減らすのは最優先事項だ。……そのための一環として、こんな高級な馬車が俺たちの足として選ばれたのだとしたら――

「……なんか、想像以上にでっかいのが背景にありそうだな……」

 貴族かそれに類するものか、あるいはもっと上の人たちか。とにもかくにも、俺たちが挑む依頼が普通じゃないってのはもう確実だろう。

 依頼者がどんな立場にいるにしても、そいつらにとって古城の調査は特別な意味を持つものなのだ。じゃあそれが具体的に何なのかと言われると、俺はまた首をひねらねばならないのだが……

「――規定時刻になりました。ただいまより、当馬車は目的地に向かって出発いたします」

 俺がしばらく小さな唸り声を上げていると、御者席の方からかしこまった声が聞こえてくる。気が付けば乗車の波も落ち着いて、馬車は出発準備に入るようだ。

「……結局周りに人は来ず、か」

「数席空くぐらいだったら偶然もありえたけど、こうもがら空きだと誰かの作為を疑わざるを得ないわね。……まあ、そのおかげで遠慮なく護衛時代の話ができるけど」

「そうだね。色々と不気味なところはあるけれど、好都合なところはしっかり利用させてもらうとしよう。せっかく三人での馬車旅なんだからね」

 疑いを捨てきれない俺に対して、リリスとツバキは朗らかな笑みを浮かべる。やはり普段より高揚している二人の様子を見ると、俺も自然と笑みがこぼれてきた。

「そうだな。……事態が動くまでは、この旅を楽しむことにしよう」

 俺がそう言うと、二人は思い切り頷く。……それを合図としたかのようなタイミングで馬車が縦に振動し、目的地を目指す道のりはゆっくりと幕を開けた。
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