修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第二百四十話『積み重ねてきた成果』

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「く、お……ッ⁉」

「なにが、起こってる……‼」

 明らかに剣の間合いを逸脱した距離からの不意打ちに、刺客二人も防御が間に合わず大きな隙を晒す。……それを見て、バルエリスは何かを確信したような笑みを浮かべた。

「……大丈夫、今まで積み重ねてきたとおりに!」

 自分を鼓舞するようにそう叫びながら、思わず見とれてしまうようなきれいな足さばきでバルエリスは二人に接近する。まるで剣舞の一部であるかのような美しい足さばきもさることながら、俺をさらに驚かせたのはその速度だった。

 動作から極限まで無駄な動きがそぎ落とされた結果、一つ一つの動作の速度よりも実際の速度が速く見えるのだ。リリスの速さともまた違うそれは、俺の度肝を抜くには十分すぎるものだった。

 あれだけの技術があれば、殆どの相手を剣術で上回れてしまうだろう。というか、魔術を禁止しての立ち合いならばリリスにだって食らいつけてしまうかもしれない。初対面からただものではないという確信だけはあったが、まさかここまで大きく化けるとは思わなかったな……。

「清浄なる、剣よ‼」

 刺客が反応するよりも早く懐に潜り込んで、バルエリスは切り上げの構えを取る。……そして、そのわき腹に思い切り刀身が叩きつけられた。

 誰が見ても明らかなクリーンヒットで、刺客の片割れの身体が大きく吹き飛ばされる。……だがしかし、不思議なことに出血している様子はなさそうだった。

 鞘からはちゃんと抜いていたし、理想の騎士を目指すバルエリスが剣の手入れを怠っていたとも思えないしな……。今は戦力的にそれでも問題なさそうだからいいが、剣についてもあとで一応聞いておく必要があるかもしれない。

「……さあ、次!」

 そんな俺の考えなどつゆ知らず、一人目の刺客を潰したバルエリスはすぐさま身を翻して反対側に立っていたもう一人の刺客に鋭い視線を向ける。その視線がよほど恐ろしいものだったのか、刺客の身体が僅かに震えたように見えた。

 最初に巻き起こされたつむじ風からはどうにか立て直していた様子だったが、だからと言って近距離戦のバルエリスに対して抗える道理があるはずもなく。体の回転まで加えられて威力を増した一振りは、一切の防御も反撃も許さないままで刺客のあばらを直撃した。

「か、ふ」

 歪な呼吸と骨の砕ける嫌な音が同時に響き、直後に刺客の身体が力なく崩れ落ちる。……完全に不意を突いたはずの二人の襲撃者は、恐怖の枷を抑え込んだバルエリスの手によって一瞬で制圧された。

「……ふ、う」

 二人とも意識を失っているのを確認してから、バルエリスは脱力した様子で地面に膝をつく。とっさに俺が傍に駆けよると、どこか安堵したような笑みが俺に向けられた。

「……何とか、なりましたわ。あなたもご無事で?」

「ああ、お前のおかげで無傷だよ。ほんと、期待以上の実力だった」

 かがみこむその肩に手を置きながら、俺は思いっきり笑顔を返す。バルエリスの恐怖心をぬぐってやれれば撤退ぐらいはできると踏んでいたのだが、これは嬉しい誤算としか言いようがなかった。

 これだけの強さがあれば、理想の騎士としては十分と言ってもいいだろうな。後はそれに見合った心構えと覚悟があれば、すぐにでもバルエリスは自分の思いを叶えられるはずだ。

「お前の強さは本物だよ。リリスとツバキをいつも見てる俺が言うんだから間違いねえ」

「……そう、ですのね。あなたにそう言っていただけるのであれば、わたくしも少しだけ自分の研鑽を信じられそうですわ」

 俺の称賛を受け、バルエリスは小さかった笑みを深めながらそう答える。……この感じなら、一皮むけたと言っても大丈夫そうだな。

「……さて、となると次の問題は――」

 バルエリスの肩から手を離し、俺は近くに倒れている刺客のもとへと歩み寄る。わずかに息が残っているあたり致命傷は負っていなさそうだったが、かと言ってしばらく目覚めそうな雰囲気もなかった。

 新手が俺たちを狙っていないことを確認してからゆっくりとかがみこみ、俺は刺客が手に持っていた魔道具を拾い上げる。長さのわりにずっしりとした重みを感じるそれは、見た感じ中遠距離から敵を狙い撃つことに長けたもののようだった。

 二人の体を覆っていたローブは思っていた以上に滑らかな手触りで、それでいて柔らかいから動きを阻害することもなさそうだ。黒を基調に作られていることもあって、これで暗闇に潜伏されたら見つけるのはなかなか難しいだろう。

「……武器はこれだけ、か?」

 あれこれと考えながら懐を探っていると、胸元あたりを探ったところで俺の手が鈍い感触と衝突する。注意深くそれを取り上げてみれば、それはダガーのようなものだった。

 本当に最低限の近接戦対策という事なのだろうが、残念ながらそれでバルエリスの攻撃を受け止めきるのは無理筋だろう。……というか、刺客の脳内にこのダガーの存在が残っていたかも怪しいところだった。

 今も俺たちの頭上では甲高い音が不規則に響き、リリスとツバキが激闘の真っただ中にいることを教えてくれる。……それに応えるためにも、俺たちは俺たちのできることを果たさないとな。

「……とりあえず、これは没収だな」

 魔道具を鞄の中に突っ込んで、ダガーは適当に古城の隅へと向かって放り投げる。軽い音を立ててダガーは地面を滑り、やがて柱の陰に隠れて見えなくなった。

「それ、あなたが持っておくんですの?」

 いざしまおうとすると結構かさばるそれに俺が四苦八苦していると、バルエリスが後ろから声をかけてくる。振り返ってみれば、まっすぐに立ったバルエリスが俺の方を見つめていた。

「ああ、一応弾丸が装填されてるみたいだからな。リロードの仕方が分かんねえから使い切りにはなるけど、自衛としては悪くない気がしててさ」

 詰めかねていた魔道具を軽く掲げながら、俺はバルエリスの問いに頷く。ないよりはマシ以上にはならないかもしれないが、非力な俺からすると自衛手段が一つ増えるというだけでありがたい話だった。

「ま、一発きりだからあまり信じすぎるわけにもいかないんだけどな。どうせなら二つ持ってきたいけど、重すぎて持ち運べそうにないし」

 鞄の中にどうにか魔道具を押し込みつつ、俺はゆっくりと立ち上がる。背中に伝わるずっしりとした重みを感じながら、俺はバルエリスと視線を交錯させた。

 その赤い瞳はまっすぐに俺の方を見返しており、さっきまであったわずかな揺らぎはほとんどなくなっている。どっちが護衛役なのかを忘れてしまうほどに、その表情は凛として見えた。

「ほんと、お前が立ち上がってくれて助かったよ。この通り俺は冒険者としても最弱クラスだからさ、遠くから狙われたら悲鳴を上げながら逃げ回るしかなかったからな」

「最弱だなんて、そんなこと欠片も信じられませんわよ。……あなたがリリスさんとツバキさんから慕われている理由、この一件で身に染みて理解しましたわ」

 冗談めかした俺の言葉に、バルエリスは肩を竦めながら返す。少しだけ俺のことを過大評価しすぎな気はするが、まっすぐな称賛を受けることは素直に嬉しかった。

「さ、それじゃあ調査を続けるとするか。今も頑張ってくれてる二人のためにも、できる限り多くの戦利品を準備して待ってないとな」

「そうですわね。この悪趣味な服装を見る限り、この輩たちもまた誰かのもとに集った集団であることは間違いなさそうですし――」

 刺客が揃って着用しているローブを睨みながら、真剣な表情でバルエリスはそう分析する。今はまだ推論でしかないそれを確かなものとするべく、俺たちは遠くで倒れるもう一人の刺客の方へと視線を向けようとして――

「……お、わ……ッ⁉」

――頭上から響いたひときわ大きな轟音に、俺は思わずリリスたちが向かった方に視線を向ける。二人の戦いが激しいものであることは音を聞くだけで何となくは理解できていたが、ここまでの大音量は流石におかしいとしか言いようがなかった。

 隣ではバルエリスも耳を押さえており、突然発生した異変に驚きを隠せないでいるようだ。数秒かけてその轟音が収まるまで、俺たちは頭上のテラスから視線を離せないでいた。

「今の、は……」

「……多分、リリスが全力を出したんだと思う。何があったのかは分からないけど、それぐらいしなくちゃいけない相手があそこにはいたってことだ」

 戸惑いを隠し切れない様子のバルエリスに、俺は願望交じりの推測を話す。相手方の攻撃にリリスたちが晒されているという可能性は、意図的に考えないことにした。

 ツバキとリリスが万全の状態で揃って負ける相手なんて、この王国を見渡してもいるかいないか怪しいレベルのはずだ。……何度も窮地を脱してきた俺たちのエースが負けるところなんて、たとえ想像だったとしても考えたくないからな。

 一抹の不安を頭から払い落として、俺は今からやろうとしていたことにもう一度意識を向け直す。それに意識を集中してしばらく時間を使っていれば、近いうちにリリスたちが戻ってきてくれるはずだ――

「……おいおい、冗談だろ」

 そう思って刺客たちの方へと視線を向けた俺は、眼の前に広がるありえない光景に思わず肩を竦めてしまう。……ほんの数秒前まで倒れ伏していたはずの人間二人が影も形もなく消え失せているこの状況は、タチの悪い冗談だと言われても納得できてしまうぐらいに不可解なものだった。
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