修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第二百五十二話『二つの条件』

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「……と、言いますと?」

 俺の提案の真意を測りかねたのか、守衛は少し首をかしげる。その怪訝な視線と目を合わせたままで、俺はさらに言葉を続けた。

「明日から準備だというのであれば、パーティを開催するための資材などもここに運び込まれてくるのでしょう? 大掛かりな催しであるという事は主から伺っておりますから、その準備に大量の人手が必要なことも何となく想像がつきます。ですから、明日からの『追加の人員』という名目で私たちを忍び込ませてほしいのです」

 言ってしまえば、俺たちがやろうとしていることは潜入捜査だ。アイツらがどれだけ本気であのパーティを襲撃しようとしているかは分からないが、アイツらならスパイや工作員の一人や二人潜り込ませていたって何もおかしくはない。俺たちの目の届かないところで仕込みを完了されてしまえば、待っているのは必然的な敗北、そして無数の被害者たちだ。……それだけは、阻止しなくてはならない。

「……なるほど、そういう事ですか。確かに、守衛の私ならばそれをすることも不可能ではないでしょう。……少しばかり、怪しまれることにはなるかもしれませんが」

「怪しまれる? わたくしの参加するパーティの準備にわたくしの護衛が参加することに、何か道理の通らないことでもありますの?」

 最後に少し言葉を濁した守衛に対して、バルエリスが強気に詰め寄る。しかしそれにふるふると首を横に動かして、守衛は胸元のポケットから一枚の紙切れを取り出した。

「詳細は見せられませんが、準備要員としてこの城に立ち入る方々はこのようにリストアップされております。この書類に書かれていないからと言って立ち入りができないわけでもございませんが、そういうことに敏感な方がいるのもまた事実でして」

「なるほど、だから少し渋っていたと。……それは確かに無視できない要因の一つですね」

 守衛の手に握られた書類を見つめながら、俺は小さく首をひねる。リストに書かれていない人間が三人も踏み込んでくれば、そりゃ確かに怪しむ人の一人や二人はいるだろう。……そしてそれがアグニ達の手のものである可能性も、決して否定はしきれないのだ。

 あいつらが正規のやり方で潜入を果たしていた場合、先手を取られるのは間違いなく俺たちになる。……そうなった時、俺たちの策が上手くいく確率が下がるのは間違いなかった。

「……そうなると、確かに面倒なことになりますね……。それが守衛の仕事と言われてしまえば、俺たちも何も反論はできないんですが」

「申し訳ないと頭を下げることしかできないのが、私としては心苦しい限りですが……しかし、あなたたちも古城を守るために力を尽くしているのは間違いございません。――ですので、私の方から二点ほど条件を提示させていただきたく」

「条件……ですの?」

 唐突にバルエリスの方を向いた守衛の言葉に、バルエリスは少し戸惑うように返す。それに守衛は深く頷いて、俺たち三人の方を手で指し示した。

「ええ、それさえクリアしていただければ問題は解決できると思いますので。……では早速、一つ目の条件から」

 やけに自信たっぷりな様子で頷いて、守衛は一度瞑目する。その態度からは先ほどまでの申し訳なさが消えており、ただこの城を守るという役割に徹する仕事人の姿があった。

 最初から今に至るまで、守衛はこの古城を守るためだけに動いてきた。その目的のためならば、彼はきっと俺たちのこともうまく使うつもりなのだろう。……だが、それで上等だ。

 ゆっくりと間を取る守衛の方をじっと見つめて、俺たちは条件の提示を待つ。……五秒ほどの沈黙の後、守衛はすっと二本の指を立てた。

「……貴方たちが動くにあたって、あなたたちの主――バルエリス様にもご同行いただきます。可能であれば常に行動を共にしていただくことが望ましいですね」

「バルエリス様も……ですか。準備の場に主がいることも、不自然なことの一つとして数えられませんか?」

 ほかの参加者がどんな人となりをしているのかは知らないが、バルエリスの話を聞いている限りわざわざパーティの準備を手伝うような殊勝な人格者ではないという事ははっきりと想像がつく。そもそも準備が終わったぐらいに到着する参加者もいるんだから、準備に本来の参加者たちが加わらない方が自然と言っていいだろう。

 だが、指を一本折りたたんだ守衛は首を横に振る。今度は弱々しい感じではなく、はっきりとした態度で。

「ええ、貴方のいう事にも一理はあります。ですが、それよりもバルエリス様が同席することによる身元の保証が可能になる方が優先度が高い。……主が常にそばについていれば、いかに飛び入りの参加者たちと言えどその行いを怪しむことは難しいでしょう?」

 守衛の言葉を聞いて、バルエリスがハッとしたように口元を押さえる。……その姿を見て、「頭の切れる方で嬉しいです」と守衛は笑みを浮かべた。

「……わたくしの名において三人の身元を保証していれば、三人の失態はわたくしの失態――つまり、アルフォリア家の失態という事になる。それだけのリスクを背負えば、流石に大それたことはできないだろうと考えるかもしれませんわね」

「ええ、そういう事です。実際にどんなことを行おうとしているかはともかく、バルエリス様ご自身がその動きに同席するという事が周囲にとっての圧力になる。……どうしても疑いをかけられてしまうのであれば、その疑いを拭い去るぐらいの掛け金をこちらから支払ってしまえばよろしい」

「まあ、アルフォリア家をよく思わない者から粘着質な態度を取られる可能性はあるかもしれませんが――それを加味しても、わたくしが同席した方が結果的にリスクは低そうですわね」

 守衛の補足を聞き届け、バルエリスは得心したように首を縦に振る。それを笑って見届けると、守衛は残ったもう一本の指に手をかけた。

「ご理解をいただけたところで恐縮ですが、もう一つの条件の方もお忘れなきよう。……と言っても、これは過ぎた用心に分類されるかもしれませんが」

「避けられるリスクは避けるべきですし、用心をするに越したことはありませんわ。……そもそも、無理を通しているのはわたくしたちの方なのですから」

 少し遠慮がちに前置く守衛に、バルエリスは前のめりになりながら言葉を返す。その態度に守衛は少し驚いていたが、俺も意見としては同じだった。

 守衛の意見が正しいのもそうだし、アグニ達に俺たちの潜入がバレるようなことがあってはならない。どこから俺たちの動きが読み切られるか分からない以上、俺たちは予防線の向こうにさらに予防線を張らなくてはいけないような状況だ。……今まで相手にしてきた奴らとは違って、アグニ達は完全に統制された組織のようなものなのだから。

「……これほどまでに私たちに歩み寄っていただける参加者がいるとは、全く予想外でした。私の存在など、パーティに水を差す邪魔者としか思われない覚悟でいましたが――」

「ここまでの貴方の話を聞いてしまった以上、わたくしはそれを軽んじることはできませんわ。……バルエリス・アルフォリアは、身分によって人を軽んじることを良しとしませんから」

 少し感極まったような守衛に対し、バルエリスはきっぱりと断言する。……それが最後の一押しとなったのか、守衛はもう一本の指をゆっくり折り曲げた。

「……では、少しの無礼を承知でご提案させていただきます。貴方たちのご想像通り準備に参加するのは従者と呼ばれる方々ではありますが、武力を携えた護衛が参加するという例はなかなかございません。というのも、それは参加者の方々の間に無駄な緊張を呼ばないための処置でして」

「妥当な考え方ですわね。いくら従者たちの集まりだと言えど、そこで暴力を伴う衝突があれば緊張感が生まれるのは当然のこと。……つまり、わたくしたちにも武装をしないようにという要請ですの?」

「ええ、半分正解です。……正確なところを言うのであれば、たとえ武力を持っていたとしてもそれを気取られなければよろしい。早い話が、そちらのお三方が護衛であることを気取られなければよいのですから――」

 そこで一度言葉を切り、守衛は俺たち三人を見やる。……そして、俺たちに向けて深々と頭を下げると――

「あくまで従者だと周りの人が思われますよう、相応の身なりで参加をしていただきたいのです。変装――と、そういった方が伝わりやすいでしょうか?」

 そう、控えめながらもはっきりと俺たちに頼み込んだ。
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