修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第二百六十七話『紛れ込む不確定要素』

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「……ほんっとに、面倒事ばかりが降りかかってきやがる。一念発起して環境を変えたはずなんだが、オレ自身についちまった属性ってのは中々消えるものでもないのかねえ」

 ――マルクたちが準備二日目に向けて眠りについたのとほぼ同時刻。革張りの椅子に思い切りもたれかかり、アグニ・クラヴィティアは誰に向けるでもない愚痴をこぼす。ため息を吐くと幸せが逃げるという迷信は本当だったのではないかとそろそろ疑わないといけないぐらいには、最近のアグニ達には逆風が吹きまくっていた。

 ひじ掛けに置いた右腕の先には、現地で動いている部下の一人が記した今日一日の活動成果が握られている。本来ならば二枚や三枚はあるはずのそれが一枚だった時点で嫌な予感はしていたが、どうやらそれは的中してしまったようだ。

「『二日続けて交戦した冒険者たちの一派と思しき銀髪の女を確認。仮面をつけていたため断定は困難だが同一人物である可能性が高いと推定される』……なあ。あそこ一応高い身分の奴とその従者が集まる場のはずなんだが、どうやって潜り込んでるってんだ?」

 古城にああやって潜り込んでいるという事は冒険者か何かの類だと当たりをつけていたのだが、少なくとも銀髪の女はそうでもないらしい。それならそれでなんであんな所にいたのだと問わずにはいられないが、それに応えてくれる存在はいない。……殺す時にでもついでに聞いておくかと、アグニは内心そう決意して気を紛らわせることにした。

 銀髪の女と直接剣を交えたわけではないから断定はできないが、おそらくエルフと影使いよりは弱いだろう。もしもあれ以上の化け物が四人の中に潜んでいたのだとしたら、アグニは己が身に降りかかる不幸の濃さに天を仰ぐしかない。そう思えるぐらい、あのコンビは強かった。

「……全く、才能がある奴ってのは羨ましいぜ」

 まだ軽く痛む足先に視線をやりながら、アグニは恨めしげに呟く。客観的に見ればアグニもあの二人を追い込めるだけの実力者ではあるのだが、それを考慮する様子は少しもないようだった。

「才能でブン殴ってくるタイプの奴らに対して、俺たちみたいな凡人はひたすら頭を回して対抗するしかない。どれだけ小狡かろうとなんだろうと、才能で勝ち負けが決まるリングの上でやりあったらやりあった分損するだけだからな」

『リスク低減のため作戦プランを変更する』との結論で締めくくられた報告書を見つめ、アグニはしみじみと呟く。ゆっくりと閉じられた瞼の裏には、かつて若かったころのアグニが見た光景が映し出されていた。

――自らの才能を過信して、理不尽なんて跳ねのけられると無邪気に信じる。……そんな英雄みたいなことが自分にはできないと知ったのは、大切な物をすべて失ってからのことだ。大きいと思っていた自分の手は思った以上に小さくて、長くどんなところにも届くと思っていた自分の腕は悲しくなるぐらいに短い。……本当の本当に大切な物だけを選び取れなければ、アグニのような凡人はすべてを失ってしまうのだ。

「……クソッたれ、嫌なことを思いだした」

 悪夢のように浮かび上がってきたいつかの光景に毒を吐いて、アグニは読み終えた報告書を隅へと追いやる。そうして次にアグニが手に取ったのは、この街を出入りする人間についてまとめられた報告書だった。

 この計画を遂行するにあたって、誰を最優先の標的とするかはとても重要だ。立場が大きい人間であればあるほどこの計画が世界に与える衝撃は大きいし、特定の人間を狙った方が確実な計画というものは組みやすい。パーティの参加者リストはいくら組織の情報網でも盗み見られるものではないが、ならば別の手段で推測してしまえばいいだけの話だ。

「準備期間中だってのに悠々と到着してきやがるあたり、御立派な身分な奴ばっかりだな。その分自己顕示も激しくなってくれるから助かるには助かるんだが――っと、なんだこれ?」

 馬車の到着口から現れた人間たちの名前が記されたリストを斜め読みしながらアグニは渋い顔をしていたが、ある一つの名前のところで唐突にその視線が静止する。……その表情には喜んでいるというよりも、戸惑いの感情が満ちているように見えた。

「……クラウス・アブソート……王都所属の冒険者、だあ?」

 冒険者と言えば、今アグニが聞きたくない言葉ランキングの上位五つに入るぐらいの単語だ。計算外の冒険者連中によって計画が滞らされているこの状況で新たな冒険者が来たとなれば、アグニが顔をしかめるのも納得できる話だった。

 だが、あの四人の仲間だと仮定するにはタイムラグがありすぎる。リストによれば降りてきた馬車も一般の観光客らが乗っていたものだし、パーティとのつながりを読むのは少しばかり困難だ。……それを分からずに悲観的になるほど、アグニは頭の回らない人間ではなかった。

「……それじゃあ、こいつはいったい何なんだ? ……何のために、ここに来た?」

 一時はツバキとリリスを出し抜きかけた頭脳をもってしても、ただの冒険者が今この街に来る理由は全くと言っていいほどに分からない。あの四人の味方でないことは喜ばしいが、だからと言って余計な人間が増えるのもあまり歓迎はできないというのが今の状況だ。

 そんなアグニの疑問を予見していたかのように、『クラウス・アブソート』という名前から細い矢印が延びているのをアグニは見つける。後で書き加えられたらしきそれはこの拠点に帰ってからまとめられた補足情報のようで、小さな文字だがそこそこの量が書きつけられていた。

「先んじてちゃんと調べてきてたか、こりゃ後で褒めてやらないとな。アイツらのことも踏まえると、不確定要素を一つでも潰しとくに越したことはねえ」

 几帳面な仕事を見せる同朋に目を細めつつ、アグニはまとめられた情報をさらっと読み進める。……その中でアグニの眼を惹きつけたのは、最後に書き加えられた三行だった。

「『王都最強と目されるパーティのリーダーだったが、ここ一か月ほどに現れた新興勢力によってその地位は危ういものとなっている。加えて王都では悪評も数多く耳にされ、『金と名声のためならば汚い仕事も引き受ける』との風聞もある』……冒険者ってやつも、夢やロマンじゃやってけねえんだな」

 想像していたよりも辛辣なその評価を見て、アグニは同情とも何ともつかないようなコメントを一つ。古城しかないこの街に来る冒険者というのはロマンチストばかりだと思っていたが、クラウスという冒険者に関していえばそうでもないらしい。

 だが、それに対して同情ばかりしていられるほどアグニ達も余裕があるわけではない。……この情報を見たアグニの脳裏に浮かんでいたのは、これを活かして現状を打開するための一手だった。

 クラウスとやらが現状アグニ達の敵でないのならば、こちらから働きかけて手駒として動かしてやればいいだけの話だ。今のアグニ達が不確定要素を恐れるのは、それがどういう動きをするかが全く以て読めないからに他ならないのだから。

 組織の真実を知る必要はない。ただこの街に現れた二つ目の不確定要素として、一つ目の不確定要素であるあの四人組と潰し合わせてしまえばそれでいい。古の軍師曰く『敵の敵は味方だ』というのなら、あの四人組を敵だと思うようにアグニの側から仕組んでしまえばそれで十分ではないか。

「……おい、いるか?」

「……は、こちらに」

 ひじ掛けをトントンと指でつついて、アグニはひときわ声を張り上げる。すると五秒も待たずに暗闇からローブを纏った男が現れ、アグニの足元にひざまずいた。

「クラウス・アブソートって奴がどこの宿を拠点としてるか、今から明日の昼ぐらいまでにできるだけ早く調べてこい。……いい感じに利用できるように、オレが直接交渉しに行く」

「了解いたしました。……完了の合図はどのように?」

「いやいい、『穴』を開けてこっちから見ておくからな。いくら酷使した神経の回復中だとは言え、何もしなきゃおっさんの勘なんてすぐに鈍っちまうからよ」

 軽く伸びをしながら、恭しく問いかける男に対してアグニは気楽に答える。男は無言の礼で了承の意を示すと、現れた時と同じように暗闇の中へ溶けるように消えていった。

「……さあて、長い夜になりそうだな。たっぷり昼寝しておいた甲斐があった」

 その様子を見送って、アグニは心底楽しそうに笑う。……無意識のうちに動いている指先は、まるで見えない糸を手繰っているかのようだった。
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