修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第三百二十一話『騎士団長に問う』

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「……正直なところ、騎士団が俺たちのとこに来るのはもう少し先だろうって思ってたんだけどな」

 机を挟んだ向かい側に座る紫髪の男を軽く睨みつけて、俺はそんな風に話を切り出す。誰もがアネットにお目見えしようとしている中で唯一俺たち四人をお目当てにやってきた奇妙な騎士は、その言葉を受けてゆっくりと頭を下げた。

「ああ、本来ならば私たちもそうしたいところではあった。昨日の今日でまだまだ落ち着いていないこともあれば、レーヴァテイン様の容態もまだまだ予断を許さないところだっただろう。そこで私たちが介入するのは、はっきり言ってしまえば避けたかった事態であると言わざるを得ないな」

「でも、事実としてあなたはここにいる、と。一応確認だけど、それはほかでもないあなた自身がそうする必要があるって判断してのことなのよね?」

 まだまだ騎士に向けた警戒を解くことはなく、リリスがさらに質問を重ねる。――リリスの憧れに対して厳しい態度を取るのは少し胸が痛むが、この事件ばかりは俺達は騎士に対して正式に抗議する権利があった。

 アグニ達が企てた古城襲撃計画が巻き起こした一連の事件に騎士団が介入してきたのは、アグニ達の襲撃を俺たちがしのぎ切り、さあ事態を収拾しようという段階に入ってからの事だ。素早く投入されてきた数百人単位の騎士の存在は俺たちが早めにこの宿に帰ってこられた一因になるほどのものだったが、それだけの動きができるなら初めからやっていてくれという事はどうしても思わざるを得ない。

 これはそもそもの話になるが、バルエリスがこのパーティに潜り込もうとしたのは古城にまつわる黒い噂を耳にしたからだ。それを言うなら俺達もバラックの古城に関する情報を提供されて半ば拒否権なくこの街に向かわされたわけだが、情報の正確性で言うならばバルエリスの方が上だ。

 つまり、この事件において最も早く情報を掴み、それを未然に防ごうとしたのはバルエリスだったというわけだ。――いくら高い身分の人間だとは言え、そんなことがあり得ていいのか?

「ああ、ここにいる騎士たちはすべて私――ロアルグ・ウェルズが指揮を執っている。そして私が直々に動いている以上、それは私の意志でしかないな」

「ずいぶんとまあ回りくどい言い方をしてくれるものだね。……そんな風にグダグダとしていたから、五日以上の間このパーティに向けて粛々と仕込みを進めていたアグニ達を押さえるのに間に合わなかったのかい?」

 リリスの質問への回答に、ツバキが皮肉交じりの痛烈な問いを重ねる。やはり――というか、きっと誰が見ても騎士団の行動には疑問が残るんだろう。そしてそれは、昨日の騎士団の働きを見ることでさらに強まっていた。

「昨日あの古城で、君は数百人の騎士を完璧に統率して事態をとてつもなく迅速に収拾した。素晴らしい手腕だったよ、文句のつけようがないぐらいだ。だからこそ、それがもう少し早くボクたちと合流できていればって思えてならないね」

 俺の中でくすぶるそんな思いを、ツバキがもっと正確な言葉で男――ロアルグへと追及してくれる。堂々としたその横顔を、メリアは少し口を開けながら見つめていた。

 そう、決して騎士団は無能ってわけじゃないのだ。あの場で負傷したり恐怖心から動けずにいた参加者たちも迅速に返していたし、無数に存在していた負傷者たちの治療が間に合ったのも騎士団の治癒術師部隊の存在が大きい。あの襲撃がだれ一人の犠牲者を出さずに終われたのは、リリスが治療に集中できる環境が騎士団によって作り上げられたからと言っても過言ではない。

 過言ではないから、俺達は嫌でも想像してしまう。最初から騎士団の力を借りられていれば、この事件はもっと理想的な着地ができたのではないかと。ともすればアグニ・クラヴィティアを殺し損ねることもなかったんじゃないかなんて、そんな可能性を思い描かずにはいられない。

「君たちは有能だ。だからこそ、この事件に気づくのが遅れていたという所だけに違和感がなおさら集中するんだよ。……そこに明確な理由がつけられない限り、ボクたちは騎士団って奴を心から信じることはできないね」

 普段よりも数段鋭い口調で、ツバキは騎士団の動きの不自然さを糾弾する。もはや俺たちが付け加える必要がないぐらい、その主張は俺たち三人にとっての総意だ。後からこの状況に参戦してきたメリアが蚊帳の外にいるのは申し訳ないが、この事件が本当に解決する時には嫌でも全貌を知ることになるからまあいいだろう。

 この質問は、俺たちがここから騎士団と協力関係になれるかどうかを示す大事な一問だ。これにふざけた答えを返すなら、次の瞬間にロアルグはこの部屋に滞在する権利を失うだろう。

 ロアルグもそれは分かっているのか、俺たち四人に視線を一度ずつ向けながらゆっくりと沈黙する。……そのまましばらくした後に、ロアルグはゆっくりと首を縦に振った。

「――ああ、ツバキ殿の疑問は至極真っ当なものだ。私たちは古城への介入が遅れ、真に武力で制圧するべき存在を取り押さえることが出来なかった。……だが、貴殿らの認識には一つだけ齟齬が存在している」

「……齟齬? 俺たちが何か間違ったことを言ってるってことかよ」

 謝罪の意を示しながらも強気にそう提示してくるロアルグに、俺は少し声色を低くしてそう問いかける。……これだけ追及されてもなおピンと伸びているロアルグの背筋が、なんだか少しずつ恐ろしくなりつつあった。

「ああ、貴殿らの理解は事実とは異なるものだ。ここまでの話を聞いている限り、私たち騎士団の介入が遅れていたのは情報取得の遅れが原因だというように思われているようだが――」

 俺の問いに素直に首を縦に振り、ロアルグは淡々と話を進める。さっきまでこっちが追及していたはずなのに、会話の主導権はいつの間にかするりとあっちの手の中に渡っていて。その口が次の言葉を紡ぐのを待つことしか、今の俺たちにはできなくて――


「――この古城に関する怪しげな動向について、私たちは誰よりも早く察知していた。これがここまでの規模の襲撃事件になるとは、流石に誰も予見できていなかったがな」


――だからこそ、その衝撃的な答えを真正面から受け止めることしかできなかった。

「……つまり、騎士団はあの古城で何かが起こることを何となく予感してたと? それを知った上で何か行動を起こすこともなくここまで待機していた――と?」

「ああ、概ねその通りだ。より確度を上げるならば『行動を起こせなかった』とするのが妥当ではあるが、そのような些細な言葉の綾を論じるよりも聞きたいことが貴殿らにはあるだろう?」

 メリアのまとめを簡単に肯定しながら、ロアルグは質問タイムと言わんばかりに俺たちへと話を振ってくる。その態度はまるで、俺たちがロアルグに向けている感情を全て見透かしているかのような余裕のあるもので。

「今までの話を総合すると、あなたが率いる騎士団は意図的にこの事件への介入を遅らせていた、という事よね。誰よりも早く情報を掴んでいながら、それを潰そうとすることもなく」

「ああ、ここまで介入が遅れたのは私の失策だ。もう少し英断を下すべき部分はあったと、そう思う部分もないではなかったが――」

 その態度に対して敵意を剥き出しにするリリスの確認にまたも頷き、ロアルグは淡々と自らの責任を認め続ける。……その間も鉄仮面を被っているかのように微動だにしない表情を前にして、リリスはとうとう身を乗り出してロアルグの冗長な語りを遮った。

「――今すぐに、私たちが納得できるような理由を説明しなさい。あなたたちが傷つかずに事件の結末だけをかっさらって行って、その陰であの子はあんなにも傷ついて。わざわざそんな展開を選ばなくちゃいけなかった理由なんてものがあるなら、私たちに今すぐそれを開示しなさい」

 机がなければ襟首に掴みかかっていたであろうと思えるぐらいの剣幕で、リリスはロアルグに向かって真っ向から言葉を投げかける。思い切り机に叩きつけられた手が、リリスの心情を表すかのようにわなわなと震えていた。

 一人でバルエリスの外傷を治療していたリリスは、あいつの負った傷がいかに大きいものかを一番はっきりと理解している。騎士団がもっと早く介入していればこうはならなかったであろうと言うことも、多分想像がついている。リリスの問いかけはロアルグに向けられたものであると同時に、騎士団という組織全体への責任の追求でもあった。

「嘘もごまかしも許さないわ、真実だけを語りなさい。――それができないなら、もう二度とあなたと私たちが言葉を交わす機会は巡ってこないでしょうね」

 矢継ぎ早に言葉を発して、リリスはロアルグが誤魔化す余地をどんどんと奪っていく。……しかし、それに対してもロアルグは何の動揺も見せずに首を縦に振った。

「ああ、最初からそのつもりだ。私たちと貴殿らは既に協力関係にある以上、今更何かを隠すような真似はしないさ」

「あなたたちと同盟を組んだつもりはないわよ、手を組んだのはあの子とだけ。……御託はいいから、さっさと理由だけを述べなさい」

 相手が要求を呑んだことでひとまず引き下がりながらも、なおもリリスはロアルグへの警戒心をむき出しにしながら先を急かす。ロアルグも何か言いたげな様子でリリスの方を見つめていたが、小さくかぶりを振ってリリスの要求に応じた。

「私たちがバラックの古城へ、ひいてはそこで行われる催しへの介入が遅れたのは、何も敵対勢力がこちらに対して妨害を行ってきたというわけではない。私たちはただ『あの方』の意志を尊重するという判断を行い、その上で打てる手を打って備えとしていただけだ」

「意志の、尊重――『あの方』ってまさか」

 ロアルグの言葉を聞いて、ツバキが口元に手を当てながら目を大きく見開く。……ツバキときっと同じであろう結論に俺がたどり着いたのは、そこから数瞬後の事だった。

 信じたくない、そんなことがあっていいのか。そんな言葉が脳内を駆け巡るが、しかし精査すればするほどその仮説は矛盾がないものとして仕上がっていく。騎士団の介入が遅れたことも、そのくせ事後処理に駆けつけるのがやたらと早かったのも、全部『彼女』の仕業だったのなら理屈が通る話だ。

 それを机上の空論と断じるのは簡単だが、今俺たちの目の前に座っている騎士団長がその甘えを許さない。まるで答え合わせだと言わんばかりに、彼の視線はベッドで横たわる一人の少女に向けられているのだから――

「ああ、きっと貴殿らが想像している通りだ。『憧れの騎士に相応しい存在になりたい、そして超えていきたい』と願い、研鑽を続けるレーヴァテイン様が私たちと交わした契約によって、私たち騎士団は直接的な介入を遅らせざるを得なかった。……貴殿らが私たちの働きに疑問を持つというならば、それはすべてレーヴァテイン様の意志がそうさせたものだとしか答えられないな」

 淡々と俺たちの推測を肯定して、ロアルグはリリスの求めた説明義務を果たす。……その事実を噛み砕いて飲み込むまでに、俺たちはかなりの時間を必要とした。
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