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第五章『遠い日の約定』
第三百四十七話『根元はきっと変わらぬままで』
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「――そんなわけでロアルグに取り次いでほしいんだけどさ、今アイツがどこに居るか分かるか?」
「……色々活躍しているとは聞いていましたが、相変わらず奇妙な経験に恵まれているんですのね……」
早足でここまでの事情を説明した俺に、アネット・レーヴァテインは大きなため息を返す。しっかりと仕立て上げられた騎士団の制服は、この四か月を経てずいぶん馴染んできたように思えた。
元々実力自体はあったことと魔剣の性能が完全に解き放たれたこともあって、いまやアネットは騎士団においてかなり重要度の高い戦力として重用されている。俺たちの活躍なんて優に追い越してしまえるぐらいに、アネットは騎士としての道を全力で駆け抜けていた。
俺たちが騎士団絡みの案件に駆り出される度にアネットは一緒に取り組んでくれるのだが、その度に強くなってるのがはっきりと分かるからな。最近は決断力も身に着け始めているし、駆け出しの騎士の進化はもうしばらく止まらないだろう。
だが、その決断力をもってしてもすぐさまロアルグと俺たちを引き合わせるという結論には至らなかったようだ。レーヴァテインの血筋を表す金色の瞳は、俺たちの一歩後ろに立つレイチェルの姿を訝しげに見つめていた。
「どうしてか帝国から現れた少女――確かに妙な存在ではありますけど、それがどんな影響をもたらすかはわたくしには判別しかねますわ。マルクさんたちが保護するならば身の危険も少ないでしょうし、そこまで急ぐ必要はありますの?」
「ああ、レイチェルには危険要素はないかもな。……だけど、俺たちは帝国の事情やら王国との関係をよく知らない。知ってるのは帝国が王国よりも実力主義で、力さえあれば皇帝の座すら乗っ取れてしまえるぐらいの国ってことぐらいだ」
それも少し前にどこかの本でちらっと眼にしただけだし、今の帝国についてはレイチェルの口からきいたことしか知識の持ち合わせがない。そのあたりもおいおいレイチェルに聞いていけばいいんだろうが、それはそれとして騎士団の協力はぜひとも欲しいところだった。
もしも王国と帝国が友好関係にあるなら、騎士団を通じて正式な手続きの下で帝国に帰れるかもしれないからな。少しばかり希望的観測が過ぎる気もするけれど、問題の解決なんて平和的であればあるほどいいものだ。
「んで、実際こいつは襲ってきた何者かから逃げてこの国に現れてる。この子の望み通り帝国まで送り届けようとしたら、待ってるのは多分とんでもない量の戦闘だ。……はっきり言うぞ、俺たち三人の力だけでこの子の願いを叶えるためには相当な茨の道を進む必要があるってな」
襲撃者がどんな風に家を襲ってきていたかについては、移動のタイミングで断片的にだが聞いている。家を焼き払い両親を殺しても止まることなく、逃げ惑うレイチェルまでも殺そうとした襲撃者の意図が家を破壊することだけだったとは、俺にはどうしても考えづらかった。
家族の根絶が目的だったのかそもそも本命がレイチェルだったのか、あるいは単純な殺人趣味の輩か。その真意は分からないが、一度逃がしたところで襲う理由を失うような奴らではないことは容易に想像ができる。レイチェルがどこまで自覚しているかは分からないが、こいつ自身も襲撃者のターゲットとしてリストに載せられてしまっているだろう。
「この国の外側が絡んでくる以上、俺たちがどこでどんなことに巻き込まれるか分かったもんじゃない。……王国直属機関からのバックアップを受けるなら、できる限り早い方がいいんだよ」
アネットの目をまっすぐに見つめて、俺は切実にアネットの良心に訴えかける。騎士団の中で一番交友が深いアネットに断られてしまったら、とうとう直接ロアルグを探し出す以外の手段が尽きてしまう。
それならそれで上等だが、その時間すらももしかしたらリスクに変わるかもしれないからな。突然森の中に転移してきた帝国人の少女なんて荒唐無稽な話にしか思えないだろうが、友人のよしみで信じてくれることを祈るしかない――
「――ええ、団長のところに案内いたしますわ。でもその前に、皆様にいくつか質問をしてもよろしくて?」
若干体をこわばらせながらアネットの答えを待っていると、唐突にそんなことを提案してくる。ぱっちりと開かれた瞳が、俺たち三人を映し出していた。
「ああ、俺たちに応えられる範囲だったらな。二人もそれでいいだろ?」
隣に立つ二人に視線を投げながら確認すると、即座に二つの頷きが返ってくる。それを確認したアネットの目には、はっきりと安堵の気配が浮かんでいた。
「感謝いたしますわ。そういう事であれば、わたくしも遠慮なく問うことが出来ますわね」
俺たちに向かって笑顔を浮かべて、アネットは一呼吸分の空白を挟む。そして、改めて目を見開いて俺たち三人に向き直ると――
「――今から皆様が為そうとしていることは、街ゆく方々には決して知られないものですわ。レイチェルさんを助ける道半ばでどんな困難を乗り越えようと、その名誉が皆様――『夜明けの灯』の上に輝くことはない。きっと前の古城事件と同じように、皆様の活躍は語られない物語として消えていくことになる。……そんな状況の中で、どうして皆様はわたくしたちの力を借りてまでレイチェルさんを助けようとするんですの?」
最後まで俺たちの方から視線を逸らすことなく、アネットは淡々と問いを俺たちに投げかける。それはきっと、俺たちが最終的にどこを目指しているかを知っているからこそ出た問いかけだった。
理想を目指す俺たちの道のりは未だ道半ばで、前提条件となる王都のトップに立つという目標スラ達成できていないような状況だ。同じ場所を目指している奴らはこの街にたくさんいて、争いは今日だって続いている。……そんな中で、レイチェルを助けるってのは基本的に寄り道でしかないのだ。
レイチェルがこっちに来たような無茶苦茶な転移が使えるならまだしも、正規の手段で帝国を目指すなら数日――いや、数週間は王都を離れることになるのは目に見えてるからな。それだけの時間があれば、せっかく把握できつつある王都の勢力図も簡単に書き換えられてしまうだろう。それだけのリスクを背負ったところで、俺たちが得られるのは公には知られることのない功績だけだ。
理想を目指すというのがどれだけの代償を伴う事か、アネットはその身を以て痛いほど知っている。だからこそ、その代償がもたらす影響をアネットは案じているのだろう。
金色の瞳は少し不安げに揺らめいていて、その問いかけが嫌味や皮肉から出たものでないことがはっきりと分かる。そんな不安をぬぐえるほどの立派な回答ができるのが、いわゆる理想のリーダー像って奴なのだろうが――
「悪いな、アネット。少なくとも今は、その質問に立派な回答はしてやれねえや」
申し訳ないという思いとともに笑みを浮かべて、俺はアネットに謝罪する。……軽く息を呑む気配が正面から伝わってきた。
「レイチェルを助ける時、『こいつを助けたら何か名誉になるかも』とか『貸しになるかも』とか、そんなことを考えてなんていなかったんだよ。……というか、こいつが帝国出身だって知ったのも助けた後の話だったしな」
森を抜けだした後にそれを初めて聞いて、俺たちは揃って驚愕してたからな。そんなことがあり得るのか、あり得るとしてどんなことがその背景にあるのか。そんな考えがよぎらなかったと言えば、まあ九割方嘘になる。
「だからさ、そんなご立派な理想も動機もないんだよ。ただ森の中でリリスが死にかけてる人間の気配を探り当てて、見捨てるのも寝覚めが悪いから助けた。……一度力になるって決めた以上、そいつが帝国出身だからって理由だけで見放すのも間違ってるだろ?」
この王都で孤立無援になることの恐ろしさは、俺も少し前に経験している。あの時はリリスと出会えたからどうにかなったが、誰にだってそんな運命的な出会いが訪れるわけじゃないからな。ここで俺たちがレイチェルを見放せば、こいつを待つのはきっと悲惨な結末だ。
「こいつを助けたところで利益が出るわけじゃないし、なんなら不穏な部分だってたくさんある。……だけどな、一度関わった以上後戻りするって選択肢は俺の中で消えてるんだよ。ちょうどあの時、お前と馬車の中で出会った時みたいにな」
「……っ」
あの馬車での出会いを持ち出されて、アネットは思わず息を呑む。そこでいったん言葉が切れたのを察知して、今まで沈黙に徹していた二人が続けざまに声を上げた。
「損得勘定で言えば損になる可能性は高いし、貴女が言っていることも理解はできるのだけどね。それでも、私はマルクの決断を支持するわ。『夜明けの灯』のリーダーは彼だもの」
「そういう決断ができる人だからこそ、ボクたちはマルクのことを心から信じられているんだしね。むしろここですさまじく打算的な答えが返ってきたらどうしようかと内心ひやひやしてたよ」
そういう姿勢は敵にだけ見せてればいいのさ、とツバキは軽く苦笑する。その笑顔につられるようにして、今まで真剣だったアネットの表情にも柔らかい笑みがこぼれた。
「……ふふっ、そうですわね。それでこそわたくしが信じたマルク・クライベットという人間ですわ」
「そう言ってくれて光栄だよ。……まあ、客観的に見てリーダーとしての資質には疑いの余地があるかもしれねえけど」
リリスやツバキは俺のことをそう言って慕ってくれるが、その立場になって半年してもなお俺の心に実感という奴は湧いてこない。二人が横に並んで背中を押してくれるからリーダーとして前に進めているような、そんな感覚に毎日襲われっぱなしだ。
「いいんですのよ、わたくしが求めているのはそういうマルクさんの姿なんですから。あなたがわたくしの知っているあなたのままでいてくれているならば、わたくしは最初から団長の下に案内するつもりでしたのよ?」
つまりあなたは百点満点の模範解答を出してくれたわけですわね――と。
悪戯っぽくそう笑って、アネットは俺たちに慣れた様子でウインクして見せる。……そのお茶目な仕草は、何者でもないバルエリス・アルフォリアとして俺たちの前に現れた時とそう変わらないような気がして。
「変わった変わったと思ってても、根っこの部分ってのは中々変わるもんでもないのかもな」
「かもしれませんわね。無理に変わろうとする必要もないと、変わらなかったわたくしはそう思いますわ」
半ば独り言だった俺の言葉を肯定して、アネットは少し誇らしげに自分のことを指し示してみせる。……そういえば、アネットはこの国でも有数のワガママを抱き続けて押し通した人間だったっけ。
「だな。……それじゃ、ロアルグのところまで案内してくれるか?」
「ええ、任せてくださいまし。わたくしの知る限り緊急性のある要件はないはずですから、あなたたちからの話と聞いたら優先的に取り次いでくれると思いますわ」
服の裾を少しばかり整えながら、アネットは俺たちを追い越して扉の前へと立つ。……ここまで無理を言ってもなお信じてくれる友人との縁は、訳の分からないまま巻き込まれることになったあの古城事件でつなげることが出来たものなわけで。
(――本当にただの寄り道だったかどうかは、終わってみてからじゃないと分からねえよな)
アネットの数歩後ろをついて行きながら、俺はぼんやりとそんなことを思う。俺たちとレイチェルの出会いがどんな反応を生み出すのか、それを知る者はまだこの世界に誰もいないような気がした。
「……色々活躍しているとは聞いていましたが、相変わらず奇妙な経験に恵まれているんですのね……」
早足でここまでの事情を説明した俺に、アネット・レーヴァテインは大きなため息を返す。しっかりと仕立て上げられた騎士団の制服は、この四か月を経てずいぶん馴染んできたように思えた。
元々実力自体はあったことと魔剣の性能が完全に解き放たれたこともあって、いまやアネットは騎士団においてかなり重要度の高い戦力として重用されている。俺たちの活躍なんて優に追い越してしまえるぐらいに、アネットは騎士としての道を全力で駆け抜けていた。
俺たちが騎士団絡みの案件に駆り出される度にアネットは一緒に取り組んでくれるのだが、その度に強くなってるのがはっきりと分かるからな。最近は決断力も身に着け始めているし、駆け出しの騎士の進化はもうしばらく止まらないだろう。
だが、その決断力をもってしてもすぐさまロアルグと俺たちを引き合わせるという結論には至らなかったようだ。レーヴァテインの血筋を表す金色の瞳は、俺たちの一歩後ろに立つレイチェルの姿を訝しげに見つめていた。
「どうしてか帝国から現れた少女――確かに妙な存在ではありますけど、それがどんな影響をもたらすかはわたくしには判別しかねますわ。マルクさんたちが保護するならば身の危険も少ないでしょうし、そこまで急ぐ必要はありますの?」
「ああ、レイチェルには危険要素はないかもな。……だけど、俺たちは帝国の事情やら王国との関係をよく知らない。知ってるのは帝国が王国よりも実力主義で、力さえあれば皇帝の座すら乗っ取れてしまえるぐらいの国ってことぐらいだ」
それも少し前にどこかの本でちらっと眼にしただけだし、今の帝国についてはレイチェルの口からきいたことしか知識の持ち合わせがない。そのあたりもおいおいレイチェルに聞いていけばいいんだろうが、それはそれとして騎士団の協力はぜひとも欲しいところだった。
もしも王国と帝国が友好関係にあるなら、騎士団を通じて正式な手続きの下で帝国に帰れるかもしれないからな。少しばかり希望的観測が過ぎる気もするけれど、問題の解決なんて平和的であればあるほどいいものだ。
「んで、実際こいつは襲ってきた何者かから逃げてこの国に現れてる。この子の望み通り帝国まで送り届けようとしたら、待ってるのは多分とんでもない量の戦闘だ。……はっきり言うぞ、俺たち三人の力だけでこの子の願いを叶えるためには相当な茨の道を進む必要があるってな」
襲撃者がどんな風に家を襲ってきていたかについては、移動のタイミングで断片的にだが聞いている。家を焼き払い両親を殺しても止まることなく、逃げ惑うレイチェルまでも殺そうとした襲撃者の意図が家を破壊することだけだったとは、俺にはどうしても考えづらかった。
家族の根絶が目的だったのかそもそも本命がレイチェルだったのか、あるいは単純な殺人趣味の輩か。その真意は分からないが、一度逃がしたところで襲う理由を失うような奴らではないことは容易に想像ができる。レイチェルがどこまで自覚しているかは分からないが、こいつ自身も襲撃者のターゲットとしてリストに載せられてしまっているだろう。
「この国の外側が絡んでくる以上、俺たちがどこでどんなことに巻き込まれるか分かったもんじゃない。……王国直属機関からのバックアップを受けるなら、できる限り早い方がいいんだよ」
アネットの目をまっすぐに見つめて、俺は切実にアネットの良心に訴えかける。騎士団の中で一番交友が深いアネットに断られてしまったら、とうとう直接ロアルグを探し出す以外の手段が尽きてしまう。
それならそれで上等だが、その時間すらももしかしたらリスクに変わるかもしれないからな。突然森の中に転移してきた帝国人の少女なんて荒唐無稽な話にしか思えないだろうが、友人のよしみで信じてくれることを祈るしかない――
「――ええ、団長のところに案内いたしますわ。でもその前に、皆様にいくつか質問をしてもよろしくて?」
若干体をこわばらせながらアネットの答えを待っていると、唐突にそんなことを提案してくる。ぱっちりと開かれた瞳が、俺たち三人を映し出していた。
「ああ、俺たちに応えられる範囲だったらな。二人もそれでいいだろ?」
隣に立つ二人に視線を投げながら確認すると、即座に二つの頷きが返ってくる。それを確認したアネットの目には、はっきりと安堵の気配が浮かんでいた。
「感謝いたしますわ。そういう事であれば、わたくしも遠慮なく問うことが出来ますわね」
俺たちに向かって笑顔を浮かべて、アネットは一呼吸分の空白を挟む。そして、改めて目を見開いて俺たち三人に向き直ると――
「――今から皆様が為そうとしていることは、街ゆく方々には決して知られないものですわ。レイチェルさんを助ける道半ばでどんな困難を乗り越えようと、その名誉が皆様――『夜明けの灯』の上に輝くことはない。きっと前の古城事件と同じように、皆様の活躍は語られない物語として消えていくことになる。……そんな状況の中で、どうして皆様はわたくしたちの力を借りてまでレイチェルさんを助けようとするんですの?」
最後まで俺たちの方から視線を逸らすことなく、アネットは淡々と問いを俺たちに投げかける。それはきっと、俺たちが最終的にどこを目指しているかを知っているからこそ出た問いかけだった。
理想を目指す俺たちの道のりは未だ道半ばで、前提条件となる王都のトップに立つという目標スラ達成できていないような状況だ。同じ場所を目指している奴らはこの街にたくさんいて、争いは今日だって続いている。……そんな中で、レイチェルを助けるってのは基本的に寄り道でしかないのだ。
レイチェルがこっちに来たような無茶苦茶な転移が使えるならまだしも、正規の手段で帝国を目指すなら数日――いや、数週間は王都を離れることになるのは目に見えてるからな。それだけの時間があれば、せっかく把握できつつある王都の勢力図も簡単に書き換えられてしまうだろう。それだけのリスクを背負ったところで、俺たちが得られるのは公には知られることのない功績だけだ。
理想を目指すというのがどれだけの代償を伴う事か、アネットはその身を以て痛いほど知っている。だからこそ、その代償がもたらす影響をアネットは案じているのだろう。
金色の瞳は少し不安げに揺らめいていて、その問いかけが嫌味や皮肉から出たものでないことがはっきりと分かる。そんな不安をぬぐえるほどの立派な回答ができるのが、いわゆる理想のリーダー像って奴なのだろうが――
「悪いな、アネット。少なくとも今は、その質問に立派な回答はしてやれねえや」
申し訳ないという思いとともに笑みを浮かべて、俺はアネットに謝罪する。……軽く息を呑む気配が正面から伝わってきた。
「レイチェルを助ける時、『こいつを助けたら何か名誉になるかも』とか『貸しになるかも』とか、そんなことを考えてなんていなかったんだよ。……というか、こいつが帝国出身だって知ったのも助けた後の話だったしな」
森を抜けだした後にそれを初めて聞いて、俺たちは揃って驚愕してたからな。そんなことがあり得るのか、あり得るとしてどんなことがその背景にあるのか。そんな考えがよぎらなかったと言えば、まあ九割方嘘になる。
「だからさ、そんなご立派な理想も動機もないんだよ。ただ森の中でリリスが死にかけてる人間の気配を探り当てて、見捨てるのも寝覚めが悪いから助けた。……一度力になるって決めた以上、そいつが帝国出身だからって理由だけで見放すのも間違ってるだろ?」
この王都で孤立無援になることの恐ろしさは、俺も少し前に経験している。あの時はリリスと出会えたからどうにかなったが、誰にだってそんな運命的な出会いが訪れるわけじゃないからな。ここで俺たちがレイチェルを見放せば、こいつを待つのはきっと悲惨な結末だ。
「こいつを助けたところで利益が出るわけじゃないし、なんなら不穏な部分だってたくさんある。……だけどな、一度関わった以上後戻りするって選択肢は俺の中で消えてるんだよ。ちょうどあの時、お前と馬車の中で出会った時みたいにな」
「……っ」
あの馬車での出会いを持ち出されて、アネットは思わず息を呑む。そこでいったん言葉が切れたのを察知して、今まで沈黙に徹していた二人が続けざまに声を上げた。
「損得勘定で言えば損になる可能性は高いし、貴女が言っていることも理解はできるのだけどね。それでも、私はマルクの決断を支持するわ。『夜明けの灯』のリーダーは彼だもの」
「そういう決断ができる人だからこそ、ボクたちはマルクのことを心から信じられているんだしね。むしろここですさまじく打算的な答えが返ってきたらどうしようかと内心ひやひやしてたよ」
そういう姿勢は敵にだけ見せてればいいのさ、とツバキは軽く苦笑する。その笑顔につられるようにして、今まで真剣だったアネットの表情にも柔らかい笑みがこぼれた。
「……ふふっ、そうですわね。それでこそわたくしが信じたマルク・クライベットという人間ですわ」
「そう言ってくれて光栄だよ。……まあ、客観的に見てリーダーとしての資質には疑いの余地があるかもしれねえけど」
リリスやツバキは俺のことをそう言って慕ってくれるが、その立場になって半年してもなお俺の心に実感という奴は湧いてこない。二人が横に並んで背中を押してくれるからリーダーとして前に進めているような、そんな感覚に毎日襲われっぱなしだ。
「いいんですのよ、わたくしが求めているのはそういうマルクさんの姿なんですから。あなたがわたくしの知っているあなたのままでいてくれているならば、わたくしは最初から団長の下に案内するつもりでしたのよ?」
つまりあなたは百点満点の模範解答を出してくれたわけですわね――と。
悪戯っぽくそう笑って、アネットは俺たちに慣れた様子でウインクして見せる。……そのお茶目な仕草は、何者でもないバルエリス・アルフォリアとして俺たちの前に現れた時とそう変わらないような気がして。
「変わった変わったと思ってても、根っこの部分ってのは中々変わるもんでもないのかもな」
「かもしれませんわね。無理に変わろうとする必要もないと、変わらなかったわたくしはそう思いますわ」
半ば独り言だった俺の言葉を肯定して、アネットは少し誇らしげに自分のことを指し示してみせる。……そういえば、アネットはこの国でも有数のワガママを抱き続けて押し通した人間だったっけ。
「だな。……それじゃ、ロアルグのところまで案内してくれるか?」
「ええ、任せてくださいまし。わたくしの知る限り緊急性のある要件はないはずですから、あなたたちからの話と聞いたら優先的に取り次いでくれると思いますわ」
服の裾を少しばかり整えながら、アネットは俺たちを追い越して扉の前へと立つ。……ここまで無理を言ってもなお信じてくれる友人との縁は、訳の分からないまま巻き込まれることになったあの古城事件でつなげることが出来たものなわけで。
(――本当にただの寄り道だったかどうかは、終わってみてからじゃないと分からねえよな)
アネットの数歩後ろをついて行きながら、俺はぼんやりとそんなことを思う。俺たちとレイチェルの出会いがどんな反応を生み出すのか、それを知る者はまだこの世界に誰もいないような気がした。
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