修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第五章『遠い日の約定』

第四百二十二話『受け止める力』

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「――改めて感謝するよ、二人とも。君たちが強引にでも戦いの流れを断ち切ってくれなきゃ、僕たちは今もきっと不利な状況で戦い続けてただろうからね」

「最悪の場合全滅までおかしくない状況だったからな。それを一手で覆し、さらには襲撃者の一人を捕縛することにさえ成功して見せた。間違いなく、二人が居なければ実現し得なかったことだろう」

 まだ勝利の余韻が残るレストラン前で、ロアルグたちは俺たちに称賛の言葉を投げかけてくれる。だがレイチェルはそれに納得していないのか、少しだけうつむきながら力なく首を横に振った。

「……あたしは、大したことなんてしてませんよ。あの状況を切り開いたのは二人だし、あたしはただそれを見守ることしかできなかった。……あのアグニって人の言葉をどう受け止めていいのか、なかなか答えが出せなくて。……昨日みたいに、ただ立ってることしかできなかった」

 ぽつぽつと紡がれる言葉の節々に、レイチェルが抱えている責任と無念が滲んでいる。その裏にはレイチェルが抱え込もうと決めたたくさんの責任があり、ここに来るために置いてきたユノの想いがある。……状況によって薬にもなるが劇毒にもなり得るそれは今、レイチェルの心をただ空回りさせてしまう要員になっているように思えて。

「あたしもあの人のことを殺しに行けてれば、もしかしたら逃げられるなんてことはなかったかもしれません。あの人の言う事になんて耳を貸さずに、ただこの街を襲った敵として見られれば良かったのに。……どうしても、お母さんとお父さんの顔がちらついて――」

「いいんだレイチェル、無理にそれを切り捨てることなんてしなくても――」

 自分で自分の傷を抉っているかのような言葉にたまらず俺が割って入ろうとしたよりも早く、一歩歩み出たガリウスが頭に優しく手を置く。レイチェルを見つめるその目つきは、昨日と打って変わってとても優しいものであるように思えて。

「……本当に君は素直なんだね、グリンノートさん」

 びっくりするぐらいに優しい声を発しながら、ガリウスは柔らかい笑みを浮かべる。……その視線は、眩しいものを見るかのように細められていた。

「自分でも分かってることだけどさ、僕は根っからの嘘つきなんだ。さっきやったけど、僕は味方である皆の事も巻き込んで偽装魔術を使っていただろう?『敵を騙すにはまず味方から』なんて言葉もあるけど、その言葉だけで僕の行動が認められるわけもないしね。……正直、君にはかなり嫌われているものだと思ってたんだよ」

 少し自嘲的な声色で、ガリウスは滔々と自分のことについて語り始める。どんな表情をしてそれを受け止めればいいのか分からないまま、さらに独白めいた言葉は続いた。

「僕は昔からこんなんだからさ、敵を作ることが多かったんだよ。騎士を目指す前も、目指すようになってからも、その夢を叶えてからも、もっと大きくなって支部長になっても。ずっとずっと僕のことをよく思わない人ってのはたくさんいて、その人たちは今も僕の足元を掬おうと目論んでる。――『約定』に関する許可が簡単に降りなかったのは、僕自身の責任でもあるんだよね」

「ああ、お前は昔からむやみやたらに敵を作る人間だったからな。……まあ、誰一人として敵を作らない人間よりはいくらか信用し甲斐があったというものだが」

 さすがにフォローを入れるべきだと思ったのか、ロアルグが渋い表情を浮かべながらもそう付け加える。しかし、それにガリウスは笑いながら首を横に振って答えた。

「いいんだよ、僕が一番僕自身のことは分かってるし。今こんなことを言ってくれたルグも、僕を完全に信じるまでにかなり時間がかかってたことも知ってる。……大丈夫だよ、僕はこんな僕自身のことを後悔はしてないから。……それはそれとして、グリンノートさんみたいに素直でいられるのは凄いことだと思うけどさ」

 落ち込んでるわけじゃないんだよと付け加えながら、ガリウスは改めてレイチェルへと視線を向ける。……アグニの言葉を受けて思い詰めていたようなその表情は、いつの間にか不思議なものを見るようなものへと変わっていた。

「僕はね、アグニが何を言おうがそんなものは無視するつもりでいた。多分ルグもそうだったと思うんだけど、この年を破壊した男の言う事なんてまともに聞いても価値がないものだろうからね。話し方そのものがムカつくのはともかくとしても、その内容が僕たちに影響を及ぼすことは全くないさ。……けど、グリンノートさんは違ってた」

「……あたしが?」

「ああ、今君が思い詰めているのが何よりの証拠だ。……それに、昨日あれだけ酷いことを言った僕の意見を今でもこうやって正面から聞き入れてくれていることもね。君は誰かの言葉を受け止める時に、その発し手がどんな人物であるかを考慮してない。ただその指摘を自分に落とし込んで、自分にとって正当性があるかどうかだけを考えてる。……ある意味、究極の平等だと言えるだろうね」

 まだ戸惑った様子のレイチェルに微笑みかけ、ガリウスは嬉しそうに続ける。その隣では、ロアルグも同意するかのように首を縦に振っていた。……実を言うと、それに関しては俺もガリウスと同意見だ。

 どんな厳しい言葉であっても、それが投げかけられたのが誰からであっても、レイチェルはまず一度それを受け止めようとする。受け止めて噛み砕いて、自分の中でしっかりと消化する。――たとえその言葉にどれだけ大量の悪意が混ぜ込まれていたのだとしても、だ。

 それはきっと、レイチェルが責任を抱え込むときと同じような行動原理なのだろう。少しでも矢印が自分の方を向いているのなら、それを自分事として受け止めずにはいられない。それを俺は『危うい』とばかり思っていたが、ガリウスにはそれが『素直さ』であるように映ったようだ。

「僕はね、グリンノートさんにどれだけ嫌われても構わないと思ってた。『約定』が一日でも早く果たされれば、君たちからの好感度がどれだけ底を突こうが問題はなかったんだ。……だって、それがこの年を守るためには最適解だったんだから」

「なるほどな。デリカシーがないんじゃなくて、デリカシーを分かってた上でそれを無視してたってわけだ」

 独白が昨日の出来事まで広がっていったことに対し、たまらず俺はそうやって口を挟む。今はもうガリウスの事をある程度信頼できているが、昨夜の出来事が腹立たしいものだったことに変わりはない。しかもそれが故意の物であったと分かれば、抗議の一つでもしてやらなければ気が済まなかった。

「――ああ、マルク君からの好感度は随分と損なってしまっていたみたいだね。その目つきを見ていると、どうして僕を助けようと思ってくれたのか不思議なぐらいだ」

「レイチェルとユノの想いを受け取っちまったし、お前がこの街において重要な人物であることは間違いないからな。お前を助けたのはあくまでそれが俺たちの目的のために必要だったってだけだ」

 もしもガリウスに支部長という肩書きがなければ、あるいはレイチェルたちの意見が無かったら、俺は二人の窮地を無視してリリスたちを探しに行っていただろう。それが俺にとっての優先順位で、よほどのことがない限りこの先も揺らぎようがないものだ。……『約定』を果たす鍵をガリウスが手にしているという理由で、それに少し変更を加える必要があっただけで。

「っはは、君はまっすぐで助かるよ。……なんというか、多分僕と似てるタイプだ」

 しかしそれにガリウスは不快感を示すわけではなく、むしろ愉しそうに笑ってそう告げる。……ちょうどそれは、ユノからその言葉の真意を聞きそびれたものと一緒だった。

「お前までそれを言うのかよ……。言っとくけど、俺はお前と俺が似てるとは思ってねえぞ?」

「別にいいさ、それは個人の勝手だからね。……だけど、一つだけアドバイスをさせておくれよ。君はそう思っていなかったのだとしても、君の姿や行動原理は僕に似てるからね」

 肩を竦める俺に歩み寄って、ガリウスはまっすぐ拳を突き出す。そしてそれを胸元にゆっくり当てると、ガリウスはひときわ大きく息を吸いこんだ。

「……大切な物がもう君の中で決まっているのなら、それを絶対に手放すな。揺るがせるな。間違っても疑うな。自分の心の中に、厳重に据えておくんだ。何かの拍子にそれがブレた時、君のような人は致命的な間違いを犯しかねない」

 いつもの朗らかな様子を一切合切消し去って、声を剣呑な調子にして。普段よりよっぽど支部長らしい口調で、ガリウスは俺にそんな言葉を投げかける。思わず俺の喉がゴクリと鳴り、それとともに返そうと思っていた言葉が喉の奥へと消えていった。

 そのまましばらく硬直していると、やがてガリウスはヘラヘラと笑いながら一歩、二歩と俺から距離を取る。……そして、レイチェルをその視界の中に捉え直した。

「……さて、ここでいつまでも立ち話をしているわけにもいかないね。……君たちは、『約定』を果たしに行かなくてはならないだろう?」

 かけられた意味の言葉を呑み込むことが出来ないまま、ガリウスは話を次の所へ、そして一番大事なところへと移していく。そうやって話の主導権を掴ませてくれないところが本当に苦手だったが、今はそれに従うしかなかった。

「何かあった時にこの女を抑え込まなくちゃいけないからね、僕とルグは君にはついて行けない。……だから今、大事なことだけを端的に伝えるよ」

 倒れ伏すマイヤの方へと視線を一瞬だけ移したのち、ガリウスは俺とレイチェルの姿を両目に映し出す。その眼の中に映る俺たちの表情は、自分が思っていたよりもはるかに強張っているように思えて――

「――グリンノートさんが果たすべき約定は、都市庁舎の地下三階にある。……この都市を運営するシステムの核となっている都市庁舎の最深部で、かつてこの街を救った大精霊は眠っているんだ」

 俺たちにとって喉から手が出るほど欲しかった情報が、ついにガリウスの手によってもたらされる。凄惨で悲劇的な襲撃に幕を引くための大舞台は、俺たちの視線の先に堂々とそびえ立っていた。
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