修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第五章『遠い日の約定』

第四百二十五話『拒まれる鍵』

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「これでいいわね。先を急ぐわよ、二人とも」

 警備としての機能が停止したのを確認して、リリスは迷うことなく一直線に走り出す。規定されたなわばりの中に入り込まれたことを関知して車輪は回転数を増したが、それが速度に変換されることは絶対にあり得なかった。

 リリスが先導する形で駆け抜け、ツバキがジークを支えながら少し離れて続く。車がひしめき合っていた時は随分長く面倒に感じた道も、邪魔がなければ随分短く感じられるものだ。ツバキと二人だけだったならばそもそもこんな足止めをするまでもなかったのだが、それに関しては臨機応変に立ち回った結果だという事にしておこう。

「……こんなに鋭い氷の槍、手を振るだけで作り上げられるものなのか」

「ああ、リリスならお茶の子さいさいさ。あの子の指先は十年以上もの間魔力を制御し続けてきたんだからね」

 後ろから聞こえるジークの感嘆に、ツバキは胸を張りながら答える。リリスからしたらもうなんてことのない技術でしかないが、少なくともジークの眼には常軌を逸した物として映っているのは間違いないようだ。……まあ、それにしたってそろそろリリスのやることに慣れてほしい気もするが。

(――全開戦闘なんてしようものならまず間違いなく腰を抜かすでしょうね、この人)

 その光景も興味がないと言えば嘘になるが、マルクがいない今全開戦闘なんてご法度もいいところだ。まず間違いなくその後が続かないし、そもそも全開戦闘を余儀なくされた時点でリリスたちは負けていると言ってもいい。――全開で行かなければ抑え込めないような予想外でもなければ、リリスたちが全力で臨むことなど起こりえないのだから。

「話すことで心を落ち着けるのもいいけど、そろそろ覚悟を決めておきなさいよ。……もうそろそろ、都市庁舎につくと思うから」

 なおも続く二人の会話に耳を傾けつつ、一応釘だけは刺しておく。ツバキが隣にいる以上大丈夫だとは思いたいが、ここで怖気づかれてしまえば全てがおじゃんだ。都市のためにもリリスたちのためにも、ジークの精神状態には細心の注意を払う必要があった。

 突き立てられた氷の柱たちをしり目に見ながら、リリスたちはまっすぐに都市庁舎への道を走る。途中追加の車がリリスたちを撥ね飛ばそうと迫ったが、腕の一降りとともに作り上げられる氷の壁たちがあっさりとそれらをあしらっていた。

 周囲からの邪魔を跳ねのけながら目標へと一直線に向かう今の状況は、思えば暴走状態のメリアを相手した時とそっくりだ。あの時の影は力任せではあったが、下手すれば氷の壁を突き破りかねない怖さがあった。……それと比べれば、文字通り体当たりな車たちの警備のなんと貧弱な事か。物量も威力も、あの時のメリアには遠く及ばない。

 そして、リリスもリリスで半年前から確実に成長しているのだ。……この程度で都市庁舎への道を閉ざせると思っているのなら、いささか見通しが甘いと言わざるを得ないだろう。

 そんな評価を内心で下していると、まるで異議を唱えるかのようなタイミングで正面から二台の車が同時に飛び掛かってくる。否定を許さぬその気概は賞賛に値するが、生憎魔道具に気概を持つだけの意志はないから称賛するところは結果的に皆無だ。……故に、もう何を思う事もない。

「――吹っ飛びなさい」

 こちらに迫ってくる車たちへと手のひらを向け、リリスは静かに命じる。……瞬間、吹き荒れた風がいとも簡単に車たちをはるか彼方へと弾き飛ばした。

 メリアの影と比べて車が勝っているのは重量ぐらいの物なのだが、それですらリリスの風に吹き飛ばされるほどの物ならもうどうしようもない。魔力をリソースにして駆動している以上リリスの感覚から逃れることは出来ず、しかし不意打ちでなければリリスの防御を突破することは出来ない。リリスの存在そのものが、都市庁舎周辺の警備への完全な回答だ。

 消耗もほぼすることなく、一歩たりとも足を止めることすら敵わない。後ろを走る二人を狙ったと手リリスの魔術精度が鈍ることはなく、完全かつ完璧な防御が張り巡らされる。……それは、この都市で初めて襲撃者たちの策が完封された瞬間であると言ってもよかった。

「……よし、とりあえずここまでは順調ね。あなた、息は整えられそう?」

 止まることなく走り続けて、大体数分は経過しただろうか。都市庁舎のドアの前にたどり着いたことでようやく足を止め、リリスは少し後ろで膝に手を当てているジークに確認を取る。ツバキに支えられていたとはいえそこそこの距離を全力疾走したのは厳しいものがあったのか、全身からは汗がだらだらと流れていた。

 出来ることならジークにもあまり負担はかけたくないが、それを優先するとなるとまず犠牲になるのは作戦の遂行速度だ。都市庁舎にまでたどり着くのも、都市庁舎内部を突破するのも、ジークの足並みに揃えれば大方二倍――いや、三倍の時間を要することになるだろう。……そんなちんたらとした歩みを許してくれるほど、この都市を取り巻く状況は甘くない。

 襲撃者たちの目的はレイチェルが持つ『精霊の心臓』であり、マルクはレイチェルと一緒にいる。つまり、マルクたちは常に鉄火場に身を置いているようなものだ。作戦において『仕方ない』と許容した一分一秒の差で大切な存在を失うことだって、今の状況なら十分にあり得る。

 そうなった時、リリスは絶対に自分を許さないだろう。そして、ジークの事も許せなくなってしまうだろう。それが八つ当たりだと分かっていたのだとしても、のんびりとした足並みを作らざるを得なかったきっかけを憎んでしまうだろう。……そうなっている自分は、あまり想像したくなかった。

「はい……大丈夫、です……。これでも昔は、冒険者に憧れていたものですから……‼」

 そんなリリスの想いが通じたのか、ジークはピンと背筋を伸ばして健在をアピールする。相変わらず肩は上下していたが、その姿は堂々としたものだ。リリスたちに協力を頼んだ時に纏っていた雰囲気は、何ら変わっていない。

 その雰囲気を正しいと、この道で大丈夫だと信じたのはリリスだ。……なら、最後まで信じ抜くのが信じたものとしての責任だろう。

「分かったわ、それじゃあ中に突入しましょう。外が見ての通りの状況だし、施設の中に入れば安全ってことはまあないとは思うけど――」

「大丈夫だよ、君の手が届かないところはボクがサポートする。ただでさえここまであまりいい所見せられてないんだ、その分ちゃんと頑張らせてもらうよ」

 リリスの言葉を引き継いで、ツバキは少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。それは油断や慢心ではなく、寧ろツバキが集中しているときの証だ。ツバキは今、しっかりと大局を見据えている。

「決まりね。中の案内は任せたわよ、ジーク」

「はい、私にできることはそれぐらいですから。……十年以上通ってきた職場なんだ、多少様変わりして立ってしっかりナビゲートして見せますとも」

 最後にジークへと水を向けると、こちらも気合十分な様子で首を縦に振る。……その手のひらの上には、『承認キューブ』と呼ばれていた四角い物体が乗せられていた。

 思えば車もアレを差し込むことで駆動を開始していたはずだが、暴走している車たちはいったいどうなっているのだろうか。暴走した車に乗っていた張本人であるジークが今持っているという事は、回収不可になっているというわけでもなさそうだが――

「都市庁舎は重要度の高い施設ですから、こうして承認キューブを差し込むことで入口を開くことが出来るんです。無骨な形ではありますが、この承認キューブはベルメウを生きていくうえでのマスターキーと言っても過言ではないぐらいの代物でして――」
 
 少し早口で承認キューブに関しての説明を済ませながら、ジークはドアへ向かって歩いていく。その隅の方に空いていた四角い穴にそれを差し込むと、まるで最初からそこに存在していたかのようにぴったりとハマって。

『――それらの権限に拠る開錠は、現在ロックされています』

 そんな無機質な音声とともに一瞬にして吐き出されたキューブが、結構な勢いでジークの額へと衝突した。

「は? ……え?」

 ジークからしてもそれは未知の事態らしく、額をさするのもそこそこに困惑の視線を扉へと向けている。……その様子では、まともな形で扉を開くのは不可能と見ていいだろう。

「いやいやいや、都市庁舎のセキュリティレベルは都市の中でもずば抜けて高いはず……それすらも書き換えられてロックされているなんて、一体どんな手段を使えば……⁉」

「ジーク、下がってなさい。どれだけ理解不能であろうと、それが現実なら受け容れるしかないわ」

 なおのこと早口になって無理解を垂れ流すジークを腕で遮り、リリスは魔力を集中させる。材質を見るに結構強度はありそうだが、だからと言って絶対に壊れないというわけでもないだろう。錠前を外すための鍵がなくなってしまったのなら、扉を壊して押し通る以外方法はない。

「――氷よ」

 魔力に命じ、普段よりも遥かに重たい氷の大剣を作り上げる。機動力を完全に捨てて対象を破壊することだけに特化した形態はあまりにも実戦的ではないが、動かないドアが相手なら好都合だ。全力でそれを叩きつけ、ぶち破ってしまえばいい。

「ツバキ、支援お願い。……真っ向からぶっ壊すわ」

「ああ、現状それが最適解だね。派手な突破、期待してるよ?」

 バチンとウインクしながら伸ばされた影がリリスに絡みつき、疑似的な筋肉としてリリスの動きをサポートする。手のひらに感じていた剣の重みが消え、今なら完璧にコントロールできそうだ。

 体全体をしなやかに扱う事を意識しながら体を捻り、剣の持つ大質量を最高効率でぶつけるべくリリスは力を蓄積する。張り詰めた糸のように緊張したそれが一息に解き放たれた瞬間、剣は常軌を逸したスピードで眼前にそびえる扉へと衝突して――

『――新たな殲滅対象を関知』

 思った以上にあっさりと扉は崩壊し、その先の光景がリリスたちの視界に飛び込んでくる。……それは、今までに飽きるほど聞いてきた機械的な音声を伴って始めて理解が追いつくもので。

『全機能励起、オールグリーン。フェイズ『殲滅』へ移行します』

――機体とでも呼ぶべきその全身を返り血で汚しながら、機械音声は剣呑に宣戦布告する。都市庁舎へと挑むリリスたちを出迎えたのは、またも意志無き魔術仕掛けの兵士だった。
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