修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第五章『遠い日の約定』

第四百三十五話『噴き上がる焔』

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――ド、ゴオオオオオオオオン……と。

 耳をつんざくような轟音が突如静かな都市を切り裂き、ほぼ同じタイミングで俺たちの目指す目的地の頂点付近から蒼い炎が勢いよく噴き出す。その現場から少し離れた位置に立っている俺たちの肌にもびりびりと走るその余韻が、都市庁舎に起きた異変が只ならぬものであることを伝えていた。

「……マルク、今のって……⁉」

 目の前から突っ込んできた無人の車をはじき返しつつ、レイチェルがこちらを向いて問いかけてくる。何が起きたかはまだ俺にも把握しきれていないが、それでも首を縦に振ってその疑問に答えた。

「ああ、都市庁舎で何か起きてるな。……俺たちよりも先に、あの場所でやらかした奴がいるらしい」

 言いながら俺は周囲を見回し、都市庁舎への入口へと続く道を確認する。円を描くように設計された都市の中心に座する都市庁舎へと向かうルートは、見覚えのある氷像によって分かりやすく示されていた。

 軽く目を凝らしてみれば、氷の柱の中の一部に車が閉じ込められているのが見える。……俺たちより先に都市庁舎へと乗り込んだ奴も、こうやって突っ込んでくる車たちを面倒だと感じたのだろう。

 俺の希望的観測なだけかもしれないが、そんな力任せの解決方法を思いついて実行できるような存在はこの街でたった一人しかいない。どんな因果に引き寄せられているかは分からないが、俺たちの行動は都市庁舎へと収束しているようだ。

「レイチェル、もう少しスピードを上げられるか? うかうかしてたら建物自体が燃え尽きちまいそうだ」

「そうだね、安全ばかりを意識してられなくなってきちゃった。……マルク、あたしに掴まって!」

 確信とともに提案する俺に、レイチェルからすぐに右手が差し出される。それを迷いなくしっかりと握り締めると、俺たちの周囲を風が取り囲んだ。

「守り手様、もう少しだからね。……だから、あたしに力を貸して!」

 空いた手でペンダントを握り締め、地面をひときわ強く蹴って体を宙へと押し上げる。……瞬間、炸裂した風が俺たちの跳躍を力強く手助けした。

 視界の中に車が入り込んでくるが、地面を走るための機構しか持たない車では俺たちのショートカットを無効化することは不可能だ。飛行距離に限界こそあれど、もう目の前に都市庁舎が迫ってきた今に限ってはこの一手が最適解だろう。

「そろそろ着地に入るよ、準備お願い!」

「任せろ、足捻るなんてヘマはしねえよ――‼」

 レイチェルの合図に目一杯の強気な答えを返しながら、迫ってくる地面に対して着地の姿勢を整える。風魔術の助けがあってもなお足には痺れるような感覚が走ったが、幸いなことに負傷することなく俺たちは都市庁舎の入り口前へと着地することに成功した。

 ふと背後を振り返ってみれば、各区画から寄せ集められたのであろう車たちが縄張りを守るかのように鎮座している。俺たちは空路を行くことで、(おそらく)リリスたちはまとめて氷漬けにすることでここら一帯を突破したのだろうが、陸路で行こうと思えば確かに車たちは馬鹿にできない脅威だった。

 相当速度を出せるだけの設計はしてるっぽいし、それが人目がけて突っ込んでくるんだもんな……。一台二台だけなら並の冒険者でもしのげるだろうが、一度に五台も十台も突っ込んでくればその抵抗すらも押し潰してしまえるだろう。間違っても俺一人じゃこの防御を突破することは出来なかったし、突破しようという気すら起きないだろう。レイチェルとともに行動できることのありがたみを、俺は改めて噛み締める。

「……マルク、この扉もう壊れてるよ。何というか、誰かが強引にぶった切ったみたい」

 俺がそんなことを考えている間に、先に入り口を観察していたレイチェルは怪訝そうな声を上げる。それにつられて正面に視線を戻してみれば、そこには確かに斜めに切り裂かれた都市庁舎の扉があった。

 これ以上ないほどに強引な形で役目を終えているそれの傍らには、いかにも『正規の開け方です』と言わんばかりに四角い穴がぽっかりと開いている。車の中でも同じぐらいの大きさの穴を見た気がするし、これは承認キューブを入れて開けろという事なのだろうか。

 そんな仮説のもと懐にしまっておいた承認キューブを差し込んでみるが、『それらの権限に拠る開錠は、現在ロックされています』と冷たい返事とともにすげなく吐き出される。……車と同じような制御の仕方をしているあたり、このシステムもまた襲撃者に乗っ取られてしまったのだろうか。

「……つまり、これをやらかしたのは俺たちと同じ立場の奴ってことか」

 ちょうど人ひとりが通れるぐらいに破壊されたそれを見つめながら、俺は思わず苦笑する。まだそこにいるという明確な証拠は何もないはずなのに、めんどくさそうに氷の大剣を構える金髪エルフの後ろ姿が容易に想像できてしまった。

「同じ立場……? あたしたちの、味方?」

「多分な。そう考えればさっきの爆発にもまあなんとなく説明が付く」

 襲撃者は炎魔術師をここに配置していて、その衝突の中であれだけの炎が生まれたのだろう。そしてその余波は戦場となった階層を火の手で包み、遠くないうちに建物全体を呑み込もうとしている。地下にあるという『約定』にそれがどれだけ影響するかは分からないが、このあたりまで燃え広がってしまえば脱出は困難だと見て間違いないはずだ。

「……何にせよ、腹くくって入ってみるしかないな。さっきの考えが正しいならこの中は敵ばかりってわけでもないはずだ」

「そう、だよね。……あたしたちはこの先に進んで、役目を果たさなきゃいけないんだから」

 改めて覚悟を決め直し、先人が開けてくれた道を通って俺たちも都市庁舎の中へと足を踏み入れる。……まず真っ先に俺の感覚を刺激したのは、そこかしこから立ち上る死臭だった。

 見回してみれば、フロアのあちこちに無残な死体が転がっている。制服を着た職員と思しき人も、きっと何かしらの手続きをしに訪れていたのであろう住民も今はもう区別なく、小さな血溜まりを作りながら地面に倒れ伏していた。

 あまりに異常な光景のはずなのに、フロアを照らす照明だけがいつも通りにフロアを照らしているのが余計に気味の悪さを加速させる。それは、人だけが居なくなったあの区画の光景を見ているときにも覚えたような感覚だった。

「ひ……っ」

 俺に続いて入ってきたレイチェルも、その悲惨な光景にか細い悲鳴を上げながら後ずさる。死体なんて何度見ても見慣れる物ではないし、見慣れていいものでもない。この先この光景に慣れてしまうような出来事がレイチェルに降りかからないことを、俺は内心で祈ることしかできなかった。

「敵……は、とりあえずいないみたいだな」

 そんなことを確認しながら死線をあちこちにやっていると、何かに押しつぶされたかのようにひしゃげた機械の残骸が視界に飛び込んでくる。……そのパーツの一部が赤黒く染まっているのを見れば、ここで何が起きたかは何となく想像がついた。

 この都市庁舎は、ベルメウが何よりも頼りにしてきた機構によって無人のまま制圧されたのだ。大方元は警備ロボットだったりしたんだろうが、それも暴走してしまえば無差別に人を傷つける単純な危険物だ。……当然、対策がなければ抵抗することなんて出来るはずもない。

 結局のところ、ベルメウの守備は都市のシステムに依存している部分があまりにも大きすぎたというわけだ。それが襲撃者の悪意によって利用され、あまりにも迅速にこの都市はほぼ制圧されかかっている。どれだけ便利で強大な物も、奪われてしまえば危険物でしかないってわけだ。

「……ガリウスには悪いけど、皮肉な話だよな」

 機能停止した機械から視線を外しながら、俺は小さく呟く。この都市を支えるシステムもガリウスたち騎士団も、『この都市を守る』って意味じゃ同じ方向を向いていたはずだ。しかし今機械は俺たちの敵に回り、騎士団は今もなお必死に抗戦を続けている。土壇場でベルメウが崩壊せずに踏みとどまれているのは、人の意志がそこにあるからだ。

「レイチェル、動けるか?」

 その意志を無駄にしないためにも、俺はレイチェルに手を差し伸べる。ショッキングな光景を目にしてしまった影響はまだ抜けきっていないようだが、それでもすぐに俺の手は強く握り返された。

「うん、大丈夫。……この人たちのためにも、あたしがへこたれるわけにはいかないから」

 俺の手を頼りにするようにして前に進み、紫紺の瞳がこの階で起きた悲劇を映し出す。目の前に広がる全てを記憶の中に刻み付けるかのように、その眼はしばらく瞬きもしなかった。

「ああ、その様子なら大丈夫そうだな。……それじゃ、ガリウスに教えてもらった入り口に――」

 危うくも強いその様子に俺は笑みを返し、去り際に教えられたことを一言一句間違わないように思い出す。その言葉に間違いがなければ、地下への入り口は普段足を踏み入れられないように封鎖されているはず――

「――マルク、貴方そこにいるの⁉」

 頭の中で段取りを整理していたその時、普段よりも必死そうな、しかし凛とした声が階段の方から聞こえてくる。考えていたあらゆることをすっ飛ばして声の方へと視線を向ければ、そこには見慣れた二人の姿があって。

「ああ、やっぱり先客はお前らだったか。……会いたかったよ、心から」

 まっすぐにこちらに駆け寄ってくる様を視界に捉えて、俺の頬は半ば無意識にほころんでしまう。……一刻を争う状況の中で、二人と合流できたのはこれ以上ない幸運だと言ってもよかった。
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