修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第六章『主なき聖剣』

第四百七十六話『投げ出した先の危機』

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『死は想像よりもずっと重くて冷たい物です。それを人並みに恐れることを、どうか忘れないで』

 念押しと言わんばかりにユノが残していった言葉を改めて噛み締める、結局一口しか飲めなかった茶に改めて口を付ける。温かい湯気が立ち上っていたそれも気が付けばすっかり冷えてしまって、何とも言えない風味を口の中に残していった。

「死を恐れる……か」

 隣ではツバキも同じようにカップの中身を飲み干し、ユノが出て行った扉をぼんやりと見つめている。会談の場から今日の宿泊場所へと役割を変えたこの部屋には、しかしまだ重苦しい空気が残されたままだった。

「その逆の指示だったら護衛時代に何回だって聞いてきたけど、恐れろって言われるのは初めての事だね。……なんというか、君様な感覚だ」

「そうね。私たちの底を見抜かれてるみたいで、何となく寒気がしたわ」

――死が怖くないなどと言えば、それは真っ赤な嘘になってしまう。死ぬのは怖いし、死にたいだなんて微塵も思っていない。まだ生きていたい理由が、この世界にはたくさん残されている。

 だが、死ぬより怖いことがあるというのもまた事実だ。それが現実になってしまう可能性を前にしたら、自分の命を投げ出してもおかしくないと思えるぐらいに。自分の死を対価としてでも実現してほしくない未来は、リリスの心の中に確かに根付いていた。

 それは決して可能性の低い未来ではなく、今まで何度もリリスの目の前にちらつき続けているものだ。魔術が扱えなくなってツバキと引き離されたときも、『双頭の獅子』に突っ込んでいくマルクの背中を見つめることしかできなかった時も。……ウーシェライトに出し抜かれて、守っていたはずのマルクとレイチェルを撃ち抜かれた時だってそうだ。

 守ろうという意志をどれだけ強く持っていたとしても、悪意は時にそれをすり抜けて大切な存在を奪い取るべく間の手を伸ばしてくる。それを断ち切るためならばリリスの命がいくらすり減ろうが構わないというのが、紛うことなきリリスの本心なわけで――

「……でも、考えてみたら当たり前のことだよね。たとえマルクが取り戻せたのだとしても、そのためにボクたちが犠牲になっちゃ意味がない。マルクを取り戻したいと思うのは、また『夜明けの灯』全員で一緒の時間を過ごしたいからなんだからさ」

 段々と煮詰まり始めるリリスの思考を断ち切るかのように、ツバキは唐突に声の調子を明るい物へと切り替える。それに気づいてふとツバキの方を向き直れば、そこには笑顔を浮かべたツバキが居た。

「ボクも君も、きっとマルクもそうだ。ボクたちは一緒にいることを望んでて、他の仲間が欠けてしまう事を自分が死ぬことより強く恐れてる。……少なくとも、ボクは君やマルクが居なくなった世界で前みたいに過ごせる気はしないしね。そんな思いをするぐらいならボクが真っ先に死ぬ方がまだマシだって、そう思ってる」

 そこまでを早口で言い終えたツバキは、『君もそうだろう?』とでも言いたげな視線をこちらに送ってくる。今ツバキが語った心情は、その主語を自分自身に置き換えても成立するほどに的を得たものだった。

 もしもマルクやツバキの存在が永遠に失われるようなことがあれば、リリスは自分の持てる力全てを使ってそれをしでかしてみせた愚か者を凍り付かせにかかるだろう。罪を犯そうと手をどれだけ血に染めることになろうと、それを理由に足を止める自分の姿はどうにも想像がつかない。……マルクが連れ去られた時だって、フェイの説得がなければリリスは間違いなく騎士たちの動きなど待たずにツバキと二人帝都に突っ込んでいたはずだ。

 気が早すぎると誰かに諫められることになろうとも、今のリリスの幸福はそのほとんどが『夜明けの灯』の仲間たちと過ごす日々によって構築されているのだ。それを奪われてしまったが最後、どう足掻こうとその幸福を取り戻す術はないと言ってもいい。

 そうなってしまう可能性が目の前にあるなら、リリスはまず真っ先に自分の命を差し出す。マルクやツバキの欠けた世界で生きることは、きっと死ぬよりも恐ろしいことだ。

「うん、君もそうだろうと思ってたよ。……加えて言うなら、マルクもきっと同じ考えだ。ボクたちの視点だけから見てそれを言うとなるとただの自惚れだけど、そこにユノの視点まで加わってしまうと流石にそう認めてもいいだろうからね」

「ええ、そうね。……本当に、大事にしてもらってると思うわ」

 それはきっと仲間に向ける気遣いや優しさで、恋仲同士のものとはまた違うのだろうけれど。……それでも、リリスにとってはそれが嬉しかった。この居心地がいい場所にずっといられればと、そう思った。勿論、今だってそう思い続けてここにいる。

「ああ、ボクも同感だよ。つまりボクたちは、皆が皆自分の死より仲間の死の方が怖い集団ってわけだ。大切な仲間が死ぬところなんて見たくないし、仲間が死んだ後ものうのうと生き続けるなんて想像したくもない。だから皆自分の命を張ってでも仲間を守ろうとするし、自分の死の方がまだ恐ろしくないと考える。――友人関係としてはあまりに理想的な形だけど、背中を預けあうパーティとしてはあまりに危うい関係だよね、これ」

 今まで気づけなかったのが問題なぐらいに、とツバキは困ったように笑いながら付け加える。ユノの言葉がきっかけになったのか、ツバキはリリスにない新たな知見をつかみ取っているようだった。

「あいや、別にその姿勢が悪いって言いたいわけじゃないんだけどさ。……でも想像してほしいんだ、ボクたちみたいなパーティのうちの一人が危機に晒されたらどうなるか。例えばボクがあと一歩の所で魔物に食われそうだってなった時、君はどうする?」

「そりゃ助けるわよ、それ以外の選択肢がないわ」

 光景を想像するまでもなく、聞かれた言葉だけを元にリリスは即答する。ツバキやマルクが危機に晒されているのならば、考えるまでもなくリリスの身体は動くだろう。

「うん、それがリリスらしいってボクも思うよ。多分マルクも同じことをすると思う。……だけどそれってさ、三人揃って自分の命を危険の前に投げ出してることにならないかい?」

「……それは、確かに」

 冷静な口調で指摘され、リリスは初めてその可能性を直視する。目の前の敵が対処できるものならばまだしも、対処に手間取るような敵だったならば。……それは確かに、ツバキの言っていた通りの状況が完成するだろう。

 そこまで考えて、リリスの脳内に電撃のような閃きが走る。……ちょうどそれと同じような出来事を、リリスたちは経験していたではないか。

「ツバキの言う通りかもね。相手がクライヴのような奴だった場合、私たちの危険度は一気に跳ね上がる。助けに来る二人が揃いも揃って自分の命を顧みないとなれば、なおさら状況は悲惨になるわ」

「そういう事。……『自分の命を捨ててでも』って考え方は美徳だけど、一歩間違えればボクたちを一瞬にして全滅に追い込みかねない。かけなきゃいけないはずのブレーキが外れちゃうわけだからね。ユノはその危険性を伝えてくれたってわけだ」

 腕を組んでうんうんと頷きながら、ツバキはリリスの方を向き直る。自分の命を危険に晒すようなことはするべきでないと、ツバキとユノの二人からそう釘を刺されているような気がしてならなかった。

「ユノのおかげでボクたちは帝国に行く前からそれを知ることができたわけだけど、当然マルクはそのことを知らない。……ガリウスの言葉を借りるなら、マルクはまだ『危うい』状況のままだ。記憶を取り戻してる影響がどう出てるかにもよるけど、放っておけば無茶な行動に出たっておかしくない」

 しっかりと順を踏みながら、ツバキの指摘はマルクの方へも拡大していく。それに引っ張られるようにして無茶をするマルクの姿は、リリスにもありありと想像ができるもので――

「フェイがくれた知識や技術は、確かにボクたちを強くしてくれた。……きっとそれは、命を投げ出さなくてもマルクに手を伸ばすためのものだ。それを忘れないでいてね、リリス」

 ボクも肝に銘じておくから――と。

 黒い瞳の中にリリスの姿を映し出しながら、ツバキは改めてリリスに念を押す。――それに重々しく頷くリリスの脳内では、今までに見てきたマルクの危うい様子が何度も繰り返し再生されていた。
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