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第六章『主なき聖剣』
第五百三十七話『幕切れ』
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「見た感じ、その剣は魔力そのものを断ち切る特性持ちって感じか。僕が言う事でもないだろうけど、魔剣って思ってた以上に何でもありなんだね」
完全にギアを一段切り替えたベガをじっくりと観察しながら、クライヴは相も変わらず淡々と言葉を紡ぎ続ける。一瞬垣間見えた驚きもとうになくなり、恐れも慢心もなくただ事実を分析する男の姿がそこにはあった。見せる行動の一つ一つが戦士の適性に満ちているのに、それを生かすための心構えだけが追いついていないことが残念でならない。
「驚きの一つでもすればいいものを、全く面白みのない男じゃな。もう少し抜けているところも見せた方が、部下からの好感度もあがるというものじゃぞ?」
「そんなことで上下する好感度なら必要ないよ。そもそも、君たちに好かれたくて上に立ってるわけでもないし」
冗談めかした言葉も通じず、クライヴが何やら指先を動かしているのが視界に入る。それが攻撃の前触れであったことを思い知ったのは、周囲に種々様々な属性の魔術が展開されたときの事だった。
魔術の模倣が出来る時点で攻め手が豊富なことは何となく覚悟できていたが、ここまで多彩となると流石に想像以上だ。これを見せられた時点でどちらにせよ剣を抜くのは避けられなかったかと、今更ながらにそう思う。
「さて、それじゃあ検証開始だ。意気揚々と掲げた剣がどれほどの物か、もうちょっとよく見せてくれ」
指が軽快な音を立てて鳴り、それを合図として全方位から一斉に魔術が襲い掛かる。数十人の魔術師が協力しても実現するか分からないほどの圧力を、クライヴはいともあっさりと作り上げて見せた。
もう少し制御に困るような様子を見せてくれたら、同情の余地もあった。模倣する側にもそれなりの苦労があるのだと、極限まで好意的な解釈をすることもできた。案の定そうでなかったことが、気に入らなくて仕方がない。
「いいだろう。――とくと、その目に焼き付けるがいい」
クライヴの期待に応えるかの如く、腰を落として構えを作る。この包囲網の原典となった魔術師たちに、一人一人丁寧に頭を下げながら。……その全てを、ベガはこの一太刀で否定する。
地面を蹴り、身体を前へと動かす。振り切られた刃がまず正面の土塊を両断したのを確認し、勢いのままに流れていきそうになる身体を踏みとどまらせて回転、周囲を囲む魔術をもろとも壊滅させにかかる。どの属性の魔術をもってしても、振り切られた刃を止めることは不可能だった。
振り抜かれた剣が一周する頃には、クライヴが展開した魔術は全て切り伏せられて無へと還っている。一閃の後に残った景色は、氷の武装たちを切り捨てた時と何一つ変わらない。
「うん、やっぱり魔力そのものを切ってるな。それによって魔術の根幹そのものが切り刻まれてるから、修復術の模倣じゃ何回やっても切り裂かれる。仕組みとしては単純だけど、これは確かに厄介――」
一連の光景を外から眺めていたクライヴは、驚いた様子もなく着々と考えをまとめ続ける。どこまでもマイペースなそれを遮ったのは、ベガの低く鋭い踏み込みだった。
今まで逃げることにしか使ってこなかった歪曲魔術を初めて攻めに用いたことで、彼我の距離は一瞬にしてゼロになる。激情に満ちた瞳とどこまでも冷徹な瞳、その二つが至近距離で交錯した。
「貴様、よもや悠長に考える時間が与えられるとは思っていないだろうな?」
数多の悪意を切り裂いた剣が、その根源すらも両断せんと凄まじい速度で迫る。無言で展開された転移魔術は、それ以外に死から逃れる術を持っていないことの証明だった。
ここに来て初めて、ベガは自らの有利を悟る。この剣とともにあるならば、クライヴほどの悪意にもベガは立ち向かえる。この剣とともに歩み続けた年月は、決してベガを裏切ってなどいない。どれほど強かろうと所詮は人間、ベガの積み重ねてきた年月だけはどう足掻いても模倣の出来ないものだ。
「逃がさぬぞ、小童。数多の戦いを嘲り続けた罰、その身でとくと受けるといい」
空間を曲げ、剣を振り、逃げられたら追いすがってまた剣を振る。お互い転移を繰り返す状況は同じながら、今戦局を支配しているのは間違いなくベガだ。当たれば死が確定する一太刀は、クライヴをあと一歩のところまで追い詰め続けている。
「あまり戦いを舐めるなよ、未熟者。戦場に宿る意志の重みを理解できぬ者に、戦いを制す資格などどこにもない」
いつしかクライヴの口数は減り、代わりにベガの口は滑らかに回り始める。長い事燻っていた想いが次々に言葉を得て、剣閃と共にクライヴを呑み込まんと襲い掛かる。どれほどの証拠をあげつらうよりも、同時に振るわれる太刀の重みの方がよほど協力にベガの主張を後押ししていた。
「戦いには想いがあり、それは確かに現状を変える力がある。貴様はきっと、その想いを知らずに朽ちていくのじゃろうがな」
次々と振るわれる剣戟はやがてクライヴの皮膚を掠めだし、傷口からは血がたらたらとこぼれ始める。それは無意識の内にベガに優勢を確信させ、言葉はさらに滑らかに紡がれ始める。ベガの愛する戦いを踏み躙り続けた罪を、どこまでも詰りつくすかのように。
――皮肉にもその一言がクライヴの逆鱗に触れてしまったことなど、露ほども知らないまま。
「想い……想い、ね」
転移魔術に頼った回避を続けてきたクライヴが、小さな声で呟きながら逃げる足を止める。その額には脂汗が浮かび、転移による負荷が体に来ていることは明らかだ。ここに観衆が居れば誰もがベガの優勢を信じて疑わなかっただろうし、ベガも同じ考えを抱いていた。もう、クライヴにベガの一撃を逃れるだけの余力は残されていない。
確信とともに次の一撃を構えるベガに、クライヴはよろよろと右手を掲げることで応じる。それは誰から見ても悪あがき、叶わないと分かっていての最後の抵抗だとしか思えなかった。それがクライヴなりの意志の具現であるなど、想像することすらしなかった。
だから、ベガは何の迷いもなく剣を全力で振り下ろす。――しかし、剣を握る手に伝わってきたのは肉を切り裂く鈍い感触ではなかった。
何か硬いものを打ち据えたような鈍い痺れが手を伝って全身に走り、そこで初めてベガは異変に気付く。到底信じがたい、信じるわけにはいかないことが、今目の前で起こっていることに。
「うん、君の言い分は嫌になるぐらいよく分かった。……なら、今君を殺せばその『想い』とやらが僕の想いより劣ってるって証明できるんだよね?」
呆然とそれを眺めるベガの耳を、クライヴの怒りに満ちた声が打つ。それは激情ではなく、何者をも凍てつかせるような絶対零度の怒りだった。もはやクライヴの生き方に根付いて離れない、深淵にある感情だった。
その想いと共に掲げられた右腕は、ベガの一振りを虚空で受け止めている。そこには何も存在していないはずなのに、空間を削り取るようなガリガリという音が嫌にうるさく響いていた。
「想いが強い方が戦いに勝つって言うのなら、この世界で僕に勝てる奴なんて誰もいないよ。だって僕以上に、あの子を強く思ってる人なんていない。世界を壊したっていいと思えるほどに誰かを想える人間が、この世界で僕の他に存在するって言うのかい?」
こつこつと軽い足音を立てながら、クライヴは一歩一歩ベガに接近する。今すぐ次の攻撃に備えなければいけないのに、愛剣を引き戻すことができない。必殺の一撃を搦め取った『何か』が、ベガを縛り付けて放してくれなかった。
「ねえ、君は五百年生きてるんだろう? だったらさ、この妙な美学と付き合って長いはずだ。納得のいく答えを聞かせてくれ。そうじゃなきゃ、僕がここまで手間暇かけて君の剣を受け止めた意味がなくなるからさ」
人一人などあっけなく壊せる掌をベガに向けながら、クライヴは低い声で前置く。その威圧感に気圧され、身体は思うように動かない。これほどに濃い殺気を最後に浴びたのは、何百年前の事だっただろうか。
ここに来てようやく、ベガは自らの過ちに気が付く。クライヴほどの分析力を前に何度も何度も魔剣を振るってしまったこと、勝機が見えたあまり視野狭窄に陥ったこと。……そして。
「――想いの強さに現状を変える力があったなら、どうして僕はあの子を救えなかったんだい?」
クライヴ・アーゼンハイトは想いの持つ力など知らない冷たい人間であると、そう断定してしまったことだ。
後悔するも時すでに遅く、クライヴの左手がベガの腕を強く掴む。次の瞬間、体の内側を焼けた鉄がはい回るかのような苦痛が脳を焼いた。
「ご、おおあッ……‼」
「くだらない答えだったら殺す、何も答えられなくても殺す。少しは面白いことが言えたら――そうだな、一生魔術が使えない廃人で居ることぐらいは許してあげるよ。魔術師としてのベガ・イグジスは、修復しようもないぐらいに殺させてもらうけどさ」
記憶にないほどの苦痛を流し込みながら、クライヴは抑揚のない声でベガを脅す。その言葉を証明するかのように、右腕の感覚は既に消滅しつつあった。
修復術に拠る内側からの破壊は、もう一分もせずにベガの全身を駆け巡るだろう。右腕の治療は既に不可能、ぐちゃぐちゃにされた機能はもう戻って来られない。――そして、クライヴの秘めた怒りに匹敵するほどの答えをベガは持たない。
「ねえ、教えてくれよ。まさか想いを目の前で否定されたこともないような幸せな奴が、声高らかにそれを貫くことの美しさを語ってるんじゃないよね? 否定されたうえでそれを乗り越えたから、君は今先陣として分かったような顔をして僕にそんな言葉を説いているんだろう? 聴覚はまだ生きてるはずだ、理解できたならさっさと首を縦に振っておくれよ」
一度顔をのぞかせた怒りは瞬く間にクライヴを呑み込み、それが握られた腕を伝ってベガを壊さんと流れ込んでくる。『このままでは死ぬ』と、本能が確信した。
だが、下手に侵食の痕跡を残したままではダメだ。生きて帰ろうと思うならば、それなりの代償を支払う必要がある。触れてはならない逆鱗に触れた、その重い代償を。
首を動かし、既に殺された右腕を見やる。恐怖が一瞬脳裏をよぎったが、それよりも今ここで死ぬことへの恐怖が勝った。積み重ねてきたものが全てふいになる恐怖と比べれば、その犠牲など安いものだ。
「――歪め」
視線を送り、別れの言葉を口にする。次の瞬間、肉の千切れる音ともに右腕が根元からあらぬ方向へとねじ曲がり、数秒もしないうちにベガの身体から引きはがされた。
「な……っ、はあッ⁉」
「済まぬな、クライヴ・アーゼンハイト。その質問への答え、もう少しだけ待ってもらうことにした」
灼けるような痛みとこぼれ出していく大量の血を知覚しながら、ベガはなおも微笑む。ここまでやればベガもクライヴを出し抜くことができるのだと、そんな満足感があった。
戦いで言えばベガの完全敗北だが、気分は勝ち逃げした時のようだ。右腕もその先に握っていた魔剣も失う事にはなってしまったけれど、それでも生きる権利は得た。交わした約束を果たすための命を拾って帰れただけで、戦利品としてはあまりに十分すぎる気がして。
「さらばだ、若き首魁よ。こんな幕切れは残念じゃが、中々に悪くない日々じゃった」
そんな捨て台詞を残して、かつて教わった本物の転移魔術を詠唱する。白んでいく視界の中には、憎悪に満ちたクライヴの顔が最後まではっきりと映っていた。
完全にギアを一段切り替えたベガをじっくりと観察しながら、クライヴは相も変わらず淡々と言葉を紡ぎ続ける。一瞬垣間見えた驚きもとうになくなり、恐れも慢心もなくただ事実を分析する男の姿がそこにはあった。見せる行動の一つ一つが戦士の適性に満ちているのに、それを生かすための心構えだけが追いついていないことが残念でならない。
「驚きの一つでもすればいいものを、全く面白みのない男じゃな。もう少し抜けているところも見せた方が、部下からの好感度もあがるというものじゃぞ?」
「そんなことで上下する好感度なら必要ないよ。そもそも、君たちに好かれたくて上に立ってるわけでもないし」
冗談めかした言葉も通じず、クライヴが何やら指先を動かしているのが視界に入る。それが攻撃の前触れであったことを思い知ったのは、周囲に種々様々な属性の魔術が展開されたときの事だった。
魔術の模倣が出来る時点で攻め手が豊富なことは何となく覚悟できていたが、ここまで多彩となると流石に想像以上だ。これを見せられた時点でどちらにせよ剣を抜くのは避けられなかったかと、今更ながらにそう思う。
「さて、それじゃあ検証開始だ。意気揚々と掲げた剣がどれほどの物か、もうちょっとよく見せてくれ」
指が軽快な音を立てて鳴り、それを合図として全方位から一斉に魔術が襲い掛かる。数十人の魔術師が協力しても実現するか分からないほどの圧力を、クライヴはいともあっさりと作り上げて見せた。
もう少し制御に困るような様子を見せてくれたら、同情の余地もあった。模倣する側にもそれなりの苦労があるのだと、極限まで好意的な解釈をすることもできた。案の定そうでなかったことが、気に入らなくて仕方がない。
「いいだろう。――とくと、その目に焼き付けるがいい」
クライヴの期待に応えるかの如く、腰を落として構えを作る。この包囲網の原典となった魔術師たちに、一人一人丁寧に頭を下げながら。……その全てを、ベガはこの一太刀で否定する。
地面を蹴り、身体を前へと動かす。振り切られた刃がまず正面の土塊を両断したのを確認し、勢いのままに流れていきそうになる身体を踏みとどまらせて回転、周囲を囲む魔術をもろとも壊滅させにかかる。どの属性の魔術をもってしても、振り切られた刃を止めることは不可能だった。
振り抜かれた剣が一周する頃には、クライヴが展開した魔術は全て切り伏せられて無へと還っている。一閃の後に残った景色は、氷の武装たちを切り捨てた時と何一つ変わらない。
「うん、やっぱり魔力そのものを切ってるな。それによって魔術の根幹そのものが切り刻まれてるから、修復術の模倣じゃ何回やっても切り裂かれる。仕組みとしては単純だけど、これは確かに厄介――」
一連の光景を外から眺めていたクライヴは、驚いた様子もなく着々と考えをまとめ続ける。どこまでもマイペースなそれを遮ったのは、ベガの低く鋭い踏み込みだった。
今まで逃げることにしか使ってこなかった歪曲魔術を初めて攻めに用いたことで、彼我の距離は一瞬にしてゼロになる。激情に満ちた瞳とどこまでも冷徹な瞳、その二つが至近距離で交錯した。
「貴様、よもや悠長に考える時間が与えられるとは思っていないだろうな?」
数多の悪意を切り裂いた剣が、その根源すらも両断せんと凄まじい速度で迫る。無言で展開された転移魔術は、それ以外に死から逃れる術を持っていないことの証明だった。
ここに来て初めて、ベガは自らの有利を悟る。この剣とともにあるならば、クライヴほどの悪意にもベガは立ち向かえる。この剣とともに歩み続けた年月は、決してベガを裏切ってなどいない。どれほど強かろうと所詮は人間、ベガの積み重ねてきた年月だけはどう足掻いても模倣の出来ないものだ。
「逃がさぬぞ、小童。数多の戦いを嘲り続けた罰、その身でとくと受けるといい」
空間を曲げ、剣を振り、逃げられたら追いすがってまた剣を振る。お互い転移を繰り返す状況は同じながら、今戦局を支配しているのは間違いなくベガだ。当たれば死が確定する一太刀は、クライヴをあと一歩のところまで追い詰め続けている。
「あまり戦いを舐めるなよ、未熟者。戦場に宿る意志の重みを理解できぬ者に、戦いを制す資格などどこにもない」
いつしかクライヴの口数は減り、代わりにベガの口は滑らかに回り始める。長い事燻っていた想いが次々に言葉を得て、剣閃と共にクライヴを呑み込まんと襲い掛かる。どれほどの証拠をあげつらうよりも、同時に振るわれる太刀の重みの方がよほど協力にベガの主張を後押ししていた。
「戦いには想いがあり、それは確かに現状を変える力がある。貴様はきっと、その想いを知らずに朽ちていくのじゃろうがな」
次々と振るわれる剣戟はやがてクライヴの皮膚を掠めだし、傷口からは血がたらたらとこぼれ始める。それは無意識の内にベガに優勢を確信させ、言葉はさらに滑らかに紡がれ始める。ベガの愛する戦いを踏み躙り続けた罪を、どこまでも詰りつくすかのように。
――皮肉にもその一言がクライヴの逆鱗に触れてしまったことなど、露ほども知らないまま。
「想い……想い、ね」
転移魔術に頼った回避を続けてきたクライヴが、小さな声で呟きながら逃げる足を止める。その額には脂汗が浮かび、転移による負荷が体に来ていることは明らかだ。ここに観衆が居れば誰もがベガの優勢を信じて疑わなかっただろうし、ベガも同じ考えを抱いていた。もう、クライヴにベガの一撃を逃れるだけの余力は残されていない。
確信とともに次の一撃を構えるベガに、クライヴはよろよろと右手を掲げることで応じる。それは誰から見ても悪あがき、叶わないと分かっていての最後の抵抗だとしか思えなかった。それがクライヴなりの意志の具現であるなど、想像することすらしなかった。
だから、ベガは何の迷いもなく剣を全力で振り下ろす。――しかし、剣を握る手に伝わってきたのは肉を切り裂く鈍い感触ではなかった。
何か硬いものを打ち据えたような鈍い痺れが手を伝って全身に走り、そこで初めてベガは異変に気付く。到底信じがたい、信じるわけにはいかないことが、今目の前で起こっていることに。
「うん、君の言い分は嫌になるぐらいよく分かった。……なら、今君を殺せばその『想い』とやらが僕の想いより劣ってるって証明できるんだよね?」
呆然とそれを眺めるベガの耳を、クライヴの怒りに満ちた声が打つ。それは激情ではなく、何者をも凍てつかせるような絶対零度の怒りだった。もはやクライヴの生き方に根付いて離れない、深淵にある感情だった。
その想いと共に掲げられた右腕は、ベガの一振りを虚空で受け止めている。そこには何も存在していないはずなのに、空間を削り取るようなガリガリという音が嫌にうるさく響いていた。
「想いが強い方が戦いに勝つって言うのなら、この世界で僕に勝てる奴なんて誰もいないよ。だって僕以上に、あの子を強く思ってる人なんていない。世界を壊したっていいと思えるほどに誰かを想える人間が、この世界で僕の他に存在するって言うのかい?」
こつこつと軽い足音を立てながら、クライヴは一歩一歩ベガに接近する。今すぐ次の攻撃に備えなければいけないのに、愛剣を引き戻すことができない。必殺の一撃を搦め取った『何か』が、ベガを縛り付けて放してくれなかった。
「ねえ、君は五百年生きてるんだろう? だったらさ、この妙な美学と付き合って長いはずだ。納得のいく答えを聞かせてくれ。そうじゃなきゃ、僕がここまで手間暇かけて君の剣を受け止めた意味がなくなるからさ」
人一人などあっけなく壊せる掌をベガに向けながら、クライヴは低い声で前置く。その威圧感に気圧され、身体は思うように動かない。これほどに濃い殺気を最後に浴びたのは、何百年前の事だっただろうか。
ここに来てようやく、ベガは自らの過ちに気が付く。クライヴほどの分析力を前に何度も何度も魔剣を振るってしまったこと、勝機が見えたあまり視野狭窄に陥ったこと。……そして。
「――想いの強さに現状を変える力があったなら、どうして僕はあの子を救えなかったんだい?」
クライヴ・アーゼンハイトは想いの持つ力など知らない冷たい人間であると、そう断定してしまったことだ。
後悔するも時すでに遅く、クライヴの左手がベガの腕を強く掴む。次の瞬間、体の内側を焼けた鉄がはい回るかのような苦痛が脳を焼いた。
「ご、おおあッ……‼」
「くだらない答えだったら殺す、何も答えられなくても殺す。少しは面白いことが言えたら――そうだな、一生魔術が使えない廃人で居ることぐらいは許してあげるよ。魔術師としてのベガ・イグジスは、修復しようもないぐらいに殺させてもらうけどさ」
記憶にないほどの苦痛を流し込みながら、クライヴは抑揚のない声でベガを脅す。その言葉を証明するかのように、右腕の感覚は既に消滅しつつあった。
修復術に拠る内側からの破壊は、もう一分もせずにベガの全身を駆け巡るだろう。右腕の治療は既に不可能、ぐちゃぐちゃにされた機能はもう戻って来られない。――そして、クライヴの秘めた怒りに匹敵するほどの答えをベガは持たない。
「ねえ、教えてくれよ。まさか想いを目の前で否定されたこともないような幸せな奴が、声高らかにそれを貫くことの美しさを語ってるんじゃないよね? 否定されたうえでそれを乗り越えたから、君は今先陣として分かったような顔をして僕にそんな言葉を説いているんだろう? 聴覚はまだ生きてるはずだ、理解できたならさっさと首を縦に振っておくれよ」
一度顔をのぞかせた怒りは瞬く間にクライヴを呑み込み、それが握られた腕を伝ってベガを壊さんと流れ込んでくる。『このままでは死ぬ』と、本能が確信した。
だが、下手に侵食の痕跡を残したままではダメだ。生きて帰ろうと思うならば、それなりの代償を支払う必要がある。触れてはならない逆鱗に触れた、その重い代償を。
首を動かし、既に殺された右腕を見やる。恐怖が一瞬脳裏をよぎったが、それよりも今ここで死ぬことへの恐怖が勝った。積み重ねてきたものが全てふいになる恐怖と比べれば、その犠牲など安いものだ。
「――歪め」
視線を送り、別れの言葉を口にする。次の瞬間、肉の千切れる音ともに右腕が根元からあらぬ方向へとねじ曲がり、数秒もしないうちにベガの身体から引きはがされた。
「な……っ、はあッ⁉」
「済まぬな、クライヴ・アーゼンハイト。その質問への答え、もう少しだけ待ってもらうことにした」
灼けるような痛みとこぼれ出していく大量の血を知覚しながら、ベガはなおも微笑む。ここまでやればベガもクライヴを出し抜くことができるのだと、そんな満足感があった。
戦いで言えばベガの完全敗北だが、気分は勝ち逃げした時のようだ。右腕もその先に握っていた魔剣も失う事にはなってしまったけれど、それでも生きる権利は得た。交わした約束を果たすための命を拾って帰れただけで、戦利品としてはあまりに十分すぎる気がして。
「さらばだ、若き首魁よ。こんな幕切れは残念じゃが、中々に悪くない日々じゃった」
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