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六十四話「I《イス》」

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兄上に斬られても魔王は生きていた。

「止めだ!」

ヴォルフリック兄上が魔王に止めを刺そうと、剣を構える。

このままではヴォルフリック兄上に親殺しをさせてしまう。

ヴォルフリック兄上を殺されそうになり、怒りにまかせ魔王を追い詰めたけど、兄上には親殺しをさせたくない!

でもボクには、生き物を殺せない。光の剣リヒト・シュヴェーアトを持つ手が震える。

ボクがなんとかしなくちゃいけないのに、体が動かない……!

その時、ボクの額が光り、「Iイス」のルーン文字が脳裏に浮かんだ。

Iイス」そうか……この魔法なら!

「ヴォルフリック兄上、魔王から離れてください!」

ボクの言葉にヴォルフリック兄上は一瞬戸惑った顔をしたが、ボクの言葉に従いその場から離れてくださった。

魔王に手をかざし、魔力を込め呪文を唱える。



Iイス!!」



ボクの手から吹雪が起こり魔王を包んだ。

吹き荒れる風と雪に、目を開けているのがつらいほどだった。

吹雪がおさまり、ボクは目を開ける。魔王は巨大な氷に閉じ込められていた。

Iイス」のルーン文字の意味は「氷」。「停止」「静寂」「時を待つ力」の魔力を持つ。

「エアネスト、無事か?」

ヴォルフリック兄上がボクに駆け寄り、ボクを抱きしめる。

「ボクは大丈夫です、兄上」

氷漬けにされた魔王を見て、「殺したのか?」ヴォルフリック兄上がボクに問う。

ボクは首を横に振った。

「魔王の時を止め、氷の中に閉じ込めました」

ボクは魔王を殺せなかった。

魔王はゲームのラスボスだし、現実でもひどいやつだったし、死んでもいいと思う。

それでも魔王はヴォルフリック兄上の父親で、ボクは兄上に親殺しをしてほしくなかった。

でもボクには魔王を殺せなくて、凍らせるしかなかった。

氷漬けにされた魔王は生きているときと同じようで、今にも動き出しそうだった。

魔王の黒い瞳と目が合った。

『残念だ光の魔力を持たない者が我を殺せば、その身に呪いを受けたのに……』

氷の中の魔王がそう言った気がした。

低くうなるような声が直接脳に響き、背筋がゾクリとした。

今の声は兄上にも聞こえただろうか?

「ヴォルフリック兄上、ごめんなさい。魔王を倒す機会を逃してしまいました」

「わかっている、やさしいお前には魔王を殺せない。当面の危機は去った、誰もお前を責めはしない」

ヴォルフリック兄上がボクの頭をなでる。

ヴォルフリック兄上が氷漬けにされた魔王を見据え、「こんなところに長居は無用だ」ボクの手を取る。

「はい、ヴォルフリック兄上」

ボクも兄上の手を握り返した。

ボクたちは手を繋ぎ、玉座の間をあとにした。


◇◇◇◇◇
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