2 / 6
第二話 辺境伯令嬢の言い分
しおりを挟む
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」
「……私が望んだわけではありません。この婚約に文句がおありなら、お父君の国王陛下と聖王猊下におっしゃってくださいませ。王命の婚約ですので、私のほうからは破棄出来ません。殿下のほうから破棄なさるか、この場で私が自害するのをご覧になっていてください」
「き、君がいなくなったらハイニヒェン辺境伯家はどうなる!」
「分家のモニカが継ぎます。もとより私どもの子どもが大きくなるまでの代行、そもそも第二子に恵まれなかった場合の当主候補として、彼女には跡取り教育を受けてもらっていました」
ハイニヒェン辺境伯領の民は、辺境伯家の血筋に絶対の信頼を置いています。
神殿が出来る前、魔獣から隠れて森に棲み精霊を信仰の対象としていた時代からずっと民を護って来たのが、武具を纏い魔獣馬に騎乗したハイニヒェンの一族なのだから当然です。
森が切り開かれ人間の版図が広がった今も、森の奥地から魔獣が押し寄せる大暴走は脅威で、立ち向かえるのはハイニヒェンの一族を始めとする辺境貴族達だけなのです。
私は、ふと思いついてミヒャエル殿下とリューゲ様に提案してみました。
「国王陛下と聖王猊下を説得出来なくても、ミヒャエル殿下とリューゲ様が王位継承権と王族籍を放棄して、女性の貞節に厳しくない平民になればよろしいのではありませんか?」
ミヒャエル殿下は国王陛下ご夫妻の一粒種ですが、この国には今はなきリューゲ様のご実家以外にも王家の血を引く公爵家があります。
そこから養子を取って次代の王とすれば良いのです。
殿下がお答えにならないので、私は破片の切っ先を動かしました。
「ひっ!」
私の血を見た殿下が潰された蛙のような声を上げられます。でも先ほどの私の言葉に答えてくださるおつもりはなさそうです。
血が滲んだのは感じますが、大した傷ではなさそうです。
……ふうむ、これが躊躇い傷というものですね。辺境伯領で魔獣と戦っていたときは得物を振るうのに躊躇ったことなどないのですが、やはり自分の身体相手だと違います。
この場の決定権を持つのは殿下です。
侍女や護衛騎士が決死の覚悟で私を止めても、殿下が自害を許す気だったと後から告げれば、止めた人間は命令違反で罰せられます。
世の中というのは、そういう理不尽なものなのです。先ほどの殿下の身勝手な発言を聞いていたのですから尚のこと、周囲の人間はどう動けば良いのか選べないでいます。
王命の婚約と言ってもこのような状況で、自分の命と引き換えに拒めばハイニヒェン辺境伯家にまで累が及ぶことはないでしょう。
神殿は自害を禁じているものの、穢されそうになった乙女が死を選んだ場合は神の名のもとに許してくださいます。
婚約者の不貞の子を押し付けられそうになるなんて、穢されるのと変わりませんもの。
それに王太子の婚約者という人質がいなければ、王都から遠く離れた辺境伯領の両親は自由に動けるようになります。
私は破片を握る手に力を込めました。
気合いを感じ取ったのか、殿下の顔色が変わります。
「わ、わかった! 君との婚約を破棄する! 嘘ではない。王太子の証であるこの指輪に誓おう。周囲の者達も証人になってくれ!」
「かしこまりました、殿下」
私は破片を握った手を降ろし、けれど破片は握り締めたまま、こんなこともあろうかと持ち歩いていた婚約破棄の書類を出して殿下の署名をいただいたのでした。形で残さなければ、後で言い逃れをされてしまうかもしれませんものね。
婚約破棄の書類は、婚約を結んだ際に今の聖王猊下にお金を積んで……お願いして作っていただいたものです。
これに殿下の署名があれば、後から覆すことは出来ません。
「し、署名したぞ! 王太子の指輪で印も捺した。これで君との婚約は破棄だ!」
「はい、確かに。ありがとうございます、ミヒャエル殿下」
私は婚約破棄の書類を受け取って微笑みました。
この書類を作ってもらい持ち歩いていて、本当に良かったと思います。
私との婚約と前後して、幼いころからミヒャエル殿下と仲の良かったリューゲ様が王宮に引き取られると聞いて、念のために備えて用意しておいて良かったですわ。嫌な予感がしたのですよねえ。
「……私が望んだわけではありません。この婚約に文句がおありなら、お父君の国王陛下と聖王猊下におっしゃってくださいませ。王命の婚約ですので、私のほうからは破棄出来ません。殿下のほうから破棄なさるか、この場で私が自害するのをご覧になっていてください」
「き、君がいなくなったらハイニヒェン辺境伯家はどうなる!」
「分家のモニカが継ぎます。もとより私どもの子どもが大きくなるまでの代行、そもそも第二子に恵まれなかった場合の当主候補として、彼女には跡取り教育を受けてもらっていました」
ハイニヒェン辺境伯領の民は、辺境伯家の血筋に絶対の信頼を置いています。
神殿が出来る前、魔獣から隠れて森に棲み精霊を信仰の対象としていた時代からずっと民を護って来たのが、武具を纏い魔獣馬に騎乗したハイニヒェンの一族なのだから当然です。
森が切り開かれ人間の版図が広がった今も、森の奥地から魔獣が押し寄せる大暴走は脅威で、立ち向かえるのはハイニヒェンの一族を始めとする辺境貴族達だけなのです。
私は、ふと思いついてミヒャエル殿下とリューゲ様に提案してみました。
「国王陛下と聖王猊下を説得出来なくても、ミヒャエル殿下とリューゲ様が王位継承権と王族籍を放棄して、女性の貞節に厳しくない平民になればよろしいのではありませんか?」
ミヒャエル殿下は国王陛下ご夫妻の一粒種ですが、この国には今はなきリューゲ様のご実家以外にも王家の血を引く公爵家があります。
そこから養子を取って次代の王とすれば良いのです。
殿下がお答えにならないので、私は破片の切っ先を動かしました。
「ひっ!」
私の血を見た殿下が潰された蛙のような声を上げられます。でも先ほどの私の言葉に答えてくださるおつもりはなさそうです。
血が滲んだのは感じますが、大した傷ではなさそうです。
……ふうむ、これが躊躇い傷というものですね。辺境伯領で魔獣と戦っていたときは得物を振るうのに躊躇ったことなどないのですが、やはり自分の身体相手だと違います。
この場の決定権を持つのは殿下です。
侍女や護衛騎士が決死の覚悟で私を止めても、殿下が自害を許す気だったと後から告げれば、止めた人間は命令違反で罰せられます。
世の中というのは、そういう理不尽なものなのです。先ほどの殿下の身勝手な発言を聞いていたのですから尚のこと、周囲の人間はどう動けば良いのか選べないでいます。
王命の婚約と言ってもこのような状況で、自分の命と引き換えに拒めばハイニヒェン辺境伯家にまで累が及ぶことはないでしょう。
神殿は自害を禁じているものの、穢されそうになった乙女が死を選んだ場合は神の名のもとに許してくださいます。
婚約者の不貞の子を押し付けられそうになるなんて、穢されるのと変わりませんもの。
それに王太子の婚約者という人質がいなければ、王都から遠く離れた辺境伯領の両親は自由に動けるようになります。
私は破片を握る手に力を込めました。
気合いを感じ取ったのか、殿下の顔色が変わります。
「わ、わかった! 君との婚約を破棄する! 嘘ではない。王太子の証であるこの指輪に誓おう。周囲の者達も証人になってくれ!」
「かしこまりました、殿下」
私は破片を握った手を降ろし、けれど破片は握り締めたまま、こんなこともあろうかと持ち歩いていた婚約破棄の書類を出して殿下の署名をいただいたのでした。形で残さなければ、後で言い逃れをされてしまうかもしれませんものね。
婚約破棄の書類は、婚約を結んだ際に今の聖王猊下にお金を積んで……お願いして作っていただいたものです。
これに殿下の署名があれば、後から覆すことは出来ません。
「し、署名したぞ! 王太子の指輪で印も捺した。これで君との婚約は破棄だ!」
「はい、確かに。ありがとうございます、ミヒャエル殿下」
私は婚約破棄の書類を受け取って微笑みました。
この書類を作ってもらい持ち歩いていて、本当に良かったと思います。
私との婚約と前後して、幼いころからミヒャエル殿下と仲の良かったリューゲ様が王宮に引き取られると聞いて、念のために備えて用意しておいて良かったですわ。嫌な予感がしたのですよねえ。
1,829
あなたにおすすめの小説
【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜
真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。
しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。
これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。
数年後に彼女が語る真実とは……?
前中後編の三部構成です。
❇︎ざまぁはありません。
❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
心から愛しているあなたから別れを告げられるのは悲しいですが、それどころではない事情がありまして。
ふまさ
恋愛
「……ごめん。ぼくは、きみではない人を愛してしまったんだ」
幼馴染みであり、婚約者でもあるミッチェルにそう告げられたエノーラは「はい」と返答した。その声色からは、悲しみとか、驚きとか、そういったものは一切感じられなかった。
──どころか。
「ミッチェルが愛する方と結婚できるよう、おじさまとお父様に、わたしからもお願いしてみます」
決意を宿した双眸で、エノーラはそう言った。
この作品は、小説家になろう様でも掲載しています。
二人ともに愛している? ふざけているのですか?
ふまさ
恋愛
「きみに、是非とも紹介したい人がいるんだ」
婚約者のデレクにそう言われ、エセルが連れてこられたのは、王都にある街外れ。
馬車の中。エセルの向かい側に座るデレクと、身なりからして平民であろう女性が、そのデレクの横に座る。
「はじめまして。あたしは、ルイザと申します」
「彼女は、小さいころに父親を亡くしていてね。母親も、つい最近亡くなられたそうなんだ。むろん、暮らしに余裕なんかなくて、カフェだけでなく、夜は酒屋でも働いていて」
「それは……大変ですね」
気の毒だとは思う。だが、エセルはまるで話に入り込めずにいた。デレクはこの女性を自分に紹介して、どうしたいのだろう。そこが解決しなければ、いつまで経っても気持ちが追い付けない。
エセルは意を決し、話を断ち切るように口火を切った。
「あの、デレク。わたしに紹介したい人とは、この方なのですよね?」
「そうだよ」
「どうしてわたしに会わせようと思ったのですか?」
うん。
デレクは、姿勢をぴんと正した。
「ぼくときみは、半年後には王立学園を卒業する。それと同時に、結婚することになっているよね?」
「はい」
「結婚すれば、ぼくときみは一緒に暮らすことになる。そこに、彼女を迎えいれたいと思っているんだ」
エセルは「……え?」と、目をまん丸にした。
「迎えいれる、とは……使用人として雇うということですか?」
違うよ。
デレクは笑った。
「いわゆる、愛人として迎えいれたいと思っているんだ」
わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。
ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」
人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。
「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」
「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」
一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。
「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」
「……そんな、ひどい」
しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。
「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」
「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」
パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。
昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。
「……そんなにぼくのこと、好きなの?」
予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。
「好き! 大好き!」
リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。
「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」
パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、
「……少し、考える時間がほしい」
だった。
※この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。
──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。
わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる