ラビラントの錬金術師

豆狸

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8-3・楽しいお祭りです!

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 まだ朝ご飯は食べていなかったので、わたしとゴーちゃんはお腹を満たすことにしました。
 孤児院へ納品したドーナツの売れ行きも気になりますが……いっぱい試食したので、今日はいいでしょう。
 ハチミツたっぷりのカップケーキをお行儀悪く齧りながら、屋台を見て回ります。

 ローランさんが言っていた、よその町から来た魔法使いや錬金術師の露店があるのはどの辺りでしょうか。
 位置くらいは聞いておいたほうが良かったかもしれません。

「あら……」
「ゴー……」

 やっぱりお祭りだと羽目を外す人がいるようです。
 ふと前を通った路地から、お酒と吐しゃ物の匂いが漂ってきました。
 人の姿はなかったので、吐くだけ吐いて立ち去ったのでしょう。

「あら!」
「ゴー!」

 しばらく歩いていたら、カップケーキがなくなるころお目当ての場所に辿り着きました。
 どの露店の商品からも強い魔力マナを感じます。
 お師匠様が引き籠りだったので、こういうものに参加した経験はありません。

「見てっておくれ。どうだい? バラバラになるゴーレムじゃよ」
「ゴー……」

 ご老体が販売している、小さなゴーレムを観察します。
 手足頭胴体がバラバラになったかと思うと、次の瞬間にはつながって人型になります。
 なかなか面白い仕掛けです。

「これはバラバラになるのではなくて、バラバラのゴーレムが合体してひとつのゴーレムのように動作するんですね」

 ゴーレムには内部作動系と外部作動系があります。
 どちらにしろ錬金術で刻んだ呪文で動くのですが、内部作動系は心臓に、外部作動系は体に呪文を刻印しているという違いがあります。

 合体ゴーレムは外部作動系です。
 手足や胴体を模したそれぞれのゴーレムに呪文が刻まれています。
 体といっても体表ではなく内側ですね。

「当たりだよ、お嬢さん。どうだね? と言いたいところじゃが、ひと目見ただけで気づくのなら買う必要はないかのう」

 秘密主義の錬金術師にも承認欲求はあります。
 教本を暗号や仄めかしで記しておきながらも、自分の開発した技術を遺したい、だれかに知ってもらいたいと思っているものなのです。
 そうでなければ、露店がこんなに盛況なはずがありません。自分の技術の粋を集めた作品を買ってもらい、技術を受け継いでもらいたいと思っているのです。

「ゴーちゃんは弟が欲しいですか?」
「ゴー……」

 悲しげに首を横に振るところを見ると、今はいらないみたいです。

「ごめんなさい。今日のところはやめておきます。素敵なゴーレムを見せてくれてありがとうございました」
「いいんじゃよ。こちらこそ見事なゴーレムを見せてもらった。……心臓は紅蓮の魔鉱かな?」
「当たりです」
「ゴーゴゴ?」

 ご老体の指摘にゴーちゃんが驚いています。
 おそらく動くときのゴーちゃんの魔力マナで気が付いたのでしょう。

 それから──

「ホムンクルスの種はいらんかね? わしの知識を記憶したホムンクルスの種さ」
「爆弾に魔銃、結界石! 祭りが終わって迷宮へ潜るときの必需品だよ。魔銃販売の許可? とと、取ってるに決まってるだろ?」
「賢者の石だよ!……たぶん」
「エリクサーはいらんかね? 賢者の石の液体版といわれているエリクサーだ。手足の欠損が治り、若返り、寿命が延びるよー」

 賢者の石とエリクサーは怪しい感じです。魔銃の販売許可も微妙な気がします。
 マナの草や魔鉱などの素材を売っているお店もあるみたいですね。

「さっきの合体ゴーレム面白かったですね」
「ゴ?」
「ゴーちゃんより好きなわけじゃないですよ」
「ゴー♪」
「バラバラだと鎧の部品みたいだったでしょう? あれを見て思いついたんです。ゴーちゃんは粘土製で心臓からの炎の魔力マナで体を硬くしているけれど、そうじゃなくて上から鎧を着てもらってもいいかな、って」「ゴー?」

 どうせなら鎧も魔鉱製にしたいものです。
 わたしは辺りを見回しました。

「あら?」
「ゴ?」

 近くにハシバミ色の髪の男性がいるのに気付きました。
 しゃがんで露店の商品を見ています。
 こちらに背を向けているため顔はわかりません。

「ガスパールさん……じゃないですね」

 神官服ではないし(まあ私服を着ているときもあるはずですが)、よく見ると髪の色はハシバミの黄色がかった薄茶色ではなく金茶色でした。
 光の加減で違って見えたのでしょう。

「……ん?」

 わたしの呟きが聞こえたのか、その男性が振り向きました。
 右目の色は金色、前髪が長くて左目の色はわかりません。

「キミ、ガスパール君の知り合い?……ん? んん?」

 彼はゴーちゃんを見つめます。

「ゴゴ?」
「ジロジロ見て悪かったね。間違いだったらごめんよ。もしかしてキミ、イレーヌのところのエメちゃん? イレーヌにボクのこと聞いてない?」

 質問はわたしにでした。
 男性は金茶の前髪をかき上げました。銀色の左目が露わになります。
 ──オッドアイ。左右の瞳の色が違う人を、わたしはもうひとり知っています。

「もしかして、お師匠様のお兄さんのヴァランタンさんですか?」
「そうだよ。ってことは、ガスパール君とリュシー様に救われたモラン村の子だね」
「そんなことまでご存じなんですか? お師匠様はガスパールさん達のこと知らないと思ってました」

 弟子入りするときに話はしたのですが、特に反応はなかったです。

「ああ。イレーヌは知らないと思うよ。ガスパール君とリュシー様はボクの仕事関係の知り合いだから。大人になると兄妹でもお互いのことを知らなかったりするもんさ。……イレーヌは引き篭もりだし」

 お師匠様が黒髪で落ち着いた雰囲気だというせいもあるのでしょうが、ヴァランタンさんはお師匠様の兄というより弟のように見えました。
 お兄さんのお仕事はなんでしょう。お師匠様に聞いた覚えはありません。
 お師匠様は重々しい口調なのだけれど、この人の口調は軽い感じです。

 髪の色なら薬や魔法で変えられますが、瞳の色は変えられません。
 珍しい金と銀の瞳を持ち引き籠りのお師匠様のことを知っている人が、お師匠様のお兄さんではない確率は限りなく低いと思われます。
 この金茶色の髪の男性は、ヴァランタンさんで間違いないでしょう。

「よくわたしがお師匠様の弟子だとわかりましたね」
「その子の心臓に刻まれた呪文がイレーヌのに似てたから。でもかなり自己流に改造してたんで、声かけようかどうしようかちょっと悩んだよー」

 左右の瞳の色が異なり、しかもそれが金と銀だという人は、とてつもない魔力マナを持って生まれると言われています。
 実際お師匠様は王侯貴族から誘いが来るレベルでした。
 引き籠りなので、いつも断っていましたけど。
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