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前編 私は悪役令嬢なのだという。
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「……なるほど……」
学園の廊下、好奇に満ちた群衆の視線に晒されながら私は首肯した。
どうやら私は『悪役令嬢』というものらしい。私の婚約者である王太子殿下とその側近候補達、我が学園の教員一名に取り囲まれた平民枠の少女が呟いたのだ。
それがどういうものなのかは不明だが、私が『悪』だというのは事実である。よく見抜いたものだ。儚げな王太子殿下が愛しくて、彼を傷つけないため優しい人間に善き令嬢になろうと努めて来たのだが、こんな小娘に見抜かれるようでは無駄な努力だったようね。
「わかりましたわ」
「公爵令嬢?」
王太子殿下が距離のある呼び方をする。
胸を痛めたこともあったけれど、もう構わない。彼への恋は今日で終わりにしよう。
王都の公爵邸へ戻って父に告げれば、大喜びで婚約解消に動いてくれる。
「私、その悪役令嬢に……悪に戻ります」
「え?」
自分が悪役令嬢と言ったくせに、少女はきょとんとした顔をする。
「どうしたの? あなたがおっしゃったんじゃないですの。私は悪役令嬢なのでしょう? 公爵であるお父様に我儘を言って王太子殿下の婚約者になり、学園の試験では不正して良い成績を取り、あなたのことを苛めている悪党なのでしょう? よろしくてよ?」
「ど、どういう意味だ」
「王子様ぁ、怖いですぅ」
怯えた素振りの少女を殿下が抱き締める。
「悪は悪として、下手な演技などせず生きていくということですわ」
「やっぱり彼女を苛めていたのか!」
「教科書を隠したり制服を破ったり階段から突き落としたり? その程度のお遊びをするつもりはありませんわ。……あなたは退学です」
「……」
状況が理解出来ないのか、彼女は声も出さなかった。
水面の魚のように口をぱくぱく動かしている。
殿下も理解していないらしい。怪訝そうに私を見ている。
「な、なにを言っているんだ。公爵に頼んで彼女を追い出すつもりか」
「その必要はありません。この学園の経営者は私ですので。生徒のひとりやふたり好きなように出来ますわ。もちろん教員も」
少女の背後に立つ教員の顔が青くなった。
思い出したのだろう。この学園の面接を受けに来たとき、雇われ学長の隣に私がいたことを。まあ悪であろうとなかろうと、ひとりの女生徒を特別扱いする教員を雇い続ける気はなかったが。
少女がふるふると震え出す。
「そ、そんな、そんなこと……」
「出来るんですの。だって私は悪役令嬢だから。それとね、退学で終わりだなんて思ってはダメよ? あなたのご家族が働いている薬種問屋は公爵家が経営していますの。嘘をついて私を貶めるような人間の家族に仕事は任せられませんわ」
「やっ、家族は……お母さんと弟にはなにもしないで!」
「悪党がそんな願いを聞くわけがないでしょう?……悪党ですから」
私は周囲の生徒達を見回した。
「平民枠の生徒達は全員退学にしてあげますわ。元々私の善意で王国の未来を担う若者を育てるために、学費や生活費を援助していただけですもの。彼女が私の機嫌を損ねたから、お仲間はみんな同罪」
「待ってくれ! 俺達はなにもしてない!」
「私もこれまではなにもしていませんでしたわ。でもあなた方は彼女の尻馬に乗って、私の悪口をばら撒き陰でこそこそと囁き、すれ違い様に嘲笑っていたじゃありませんの。とても嫌な気分でした。彼女と一緒で、退学で終わりではないのでお楽しみに」
「……」
「なんて酷い女だ!」
真っ青になった平民枠の生徒達の代わりのつもりか、殿下の側近候補の伯爵令息が叫び声を上げる。
「やっぱり悪党だったんじゃないか。周囲に嫌われるのは当たり前だ」
「ええ、悪党だと申し上げました。……ご存じですか、伯爵令息様。我が公爵領からそちらの伯爵領を通って王都へ向かう街道、我が家が維持管理していますのよ」
「そ、それがどうした」
「あの街道、私のものですの。婚約者のいる男性にすり寄るのは良くないことだと彼女に注意した私を突き飛ばしたあなたが気に食いませんので、潰して伯爵領を通らない街道を開通いたしますわ」
学園の廊下、好奇に満ちた群衆の視線に晒されながら私は首肯した。
どうやら私は『悪役令嬢』というものらしい。私の婚約者である王太子殿下とその側近候補達、我が学園の教員一名に取り囲まれた平民枠の少女が呟いたのだ。
それがどういうものなのかは不明だが、私が『悪』だというのは事実である。よく見抜いたものだ。儚げな王太子殿下が愛しくて、彼を傷つけないため優しい人間に善き令嬢になろうと努めて来たのだが、こんな小娘に見抜かれるようでは無駄な努力だったようね。
「わかりましたわ」
「公爵令嬢?」
王太子殿下が距離のある呼び方をする。
胸を痛めたこともあったけれど、もう構わない。彼への恋は今日で終わりにしよう。
王都の公爵邸へ戻って父に告げれば、大喜びで婚約解消に動いてくれる。
「私、その悪役令嬢に……悪に戻ります」
「え?」
自分が悪役令嬢と言ったくせに、少女はきょとんとした顔をする。
「どうしたの? あなたがおっしゃったんじゃないですの。私は悪役令嬢なのでしょう? 公爵であるお父様に我儘を言って王太子殿下の婚約者になり、学園の試験では不正して良い成績を取り、あなたのことを苛めている悪党なのでしょう? よろしくてよ?」
「ど、どういう意味だ」
「王子様ぁ、怖いですぅ」
怯えた素振りの少女を殿下が抱き締める。
「悪は悪として、下手な演技などせず生きていくということですわ」
「やっぱり彼女を苛めていたのか!」
「教科書を隠したり制服を破ったり階段から突き落としたり? その程度のお遊びをするつもりはありませんわ。……あなたは退学です」
「……」
状況が理解出来ないのか、彼女は声も出さなかった。
水面の魚のように口をぱくぱく動かしている。
殿下も理解していないらしい。怪訝そうに私を見ている。
「な、なにを言っているんだ。公爵に頼んで彼女を追い出すつもりか」
「その必要はありません。この学園の経営者は私ですので。生徒のひとりやふたり好きなように出来ますわ。もちろん教員も」
少女の背後に立つ教員の顔が青くなった。
思い出したのだろう。この学園の面接を受けに来たとき、雇われ学長の隣に私がいたことを。まあ悪であろうとなかろうと、ひとりの女生徒を特別扱いする教員を雇い続ける気はなかったが。
少女がふるふると震え出す。
「そ、そんな、そんなこと……」
「出来るんですの。だって私は悪役令嬢だから。それとね、退学で終わりだなんて思ってはダメよ? あなたのご家族が働いている薬種問屋は公爵家が経営していますの。嘘をついて私を貶めるような人間の家族に仕事は任せられませんわ」
「やっ、家族は……お母さんと弟にはなにもしないで!」
「悪党がそんな願いを聞くわけがないでしょう?……悪党ですから」
私は周囲の生徒達を見回した。
「平民枠の生徒達は全員退学にしてあげますわ。元々私の善意で王国の未来を担う若者を育てるために、学費や生活費を援助していただけですもの。彼女が私の機嫌を損ねたから、お仲間はみんな同罪」
「待ってくれ! 俺達はなにもしてない!」
「私もこれまではなにもしていませんでしたわ。でもあなた方は彼女の尻馬に乗って、私の悪口をばら撒き陰でこそこそと囁き、すれ違い様に嘲笑っていたじゃありませんの。とても嫌な気分でした。彼女と一緒で、退学で終わりではないのでお楽しみに」
「……」
「なんて酷い女だ!」
真っ青になった平民枠の生徒達の代わりのつもりか、殿下の側近候補の伯爵令息が叫び声を上げる。
「やっぱり悪党だったんじゃないか。周囲に嫌われるのは当たり前だ」
「ええ、悪党だと申し上げました。……ご存じですか、伯爵令息様。我が公爵領からそちらの伯爵領を通って王都へ向かう街道、我が家が維持管理していますのよ」
「そ、それがどうした」
「あの街道、私のものですの。婚約者のいる男性にすり寄るのは良くないことだと彼女に注意した私を突き飛ばしたあなたが気に食いませんので、潰して伯爵領を通らない街道を開通いたしますわ」
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