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番外編
お父さんの煙草③
しおりを挟む6時を少し過ぎた頃、私と櫻井さんは会社の近くの隠れ家的バーに来ていた。
会社から歩いて10分もしないところにこういうお店があるとは知らなかった。
「知らなかったらここみたいな路地入らないでしょうし、よく見つけましたね?」
サービスで出されたピーナッツを一つつまんでからそう聞くと、
まぁな、と一言だけ櫻井さんは答えた。
バーのマスターがグラスをカウンターに置く。私のはシャンディガフで、櫻井さんのはテキーラだ。
私は櫻井さんがグラスに口をつけずにただ弄ぶのを視界の端に映しながらアルコールを一口体に入れた。
生姜のピリっとした辛味と炭酸が、一週間分の仕事の疲れを少し飛ばした。
「……まだ籍も入れてないんだよな。」
櫻井さんは前触れもなくポツリとこぼした。
私は言葉を返さずに静かにグラスを置く。
櫻井さんがグラスを弄ぶ、その指を目で追いかけながらほんの少しだけ、分からないぐらい小さく体を櫻井さんの方へ向けた。
……彼女とは、まだ付き合って1年くらいなんだ。2ヶ月前か、ちょっと気持ちが高ぶってアレつけんの忘れてやっちゃったんだよね。
話聞いて興奮すんなよ?……悪い悪い、するわけないな。
……それでまぁそのまま最後まで及んじゃったわけ。
やっちゃってから我に返って必死で謝ったんだけど、1ヶ月前くらいに毎月来るべきもんが来ないってことでもしかしてと思って病院行ったら、そうだったんだよ。
あぁ、あいつは最初から怒ってなんかいなかったよ。むしろ喜んでるような感じだった。
……やっぱり、紀田もそう思うよな。
なら何も問題ないだろって。
でも、俺としてはこういう、子ども授かるっていうのはちゃんと籍入れて結婚してからやるもので、こんなうっかりミスで「できちゃった」じゃあないと思うんだよ。
……そう、だから、いや、堕ろすとかそういうわけじゃないけど、こんなんでいいのかって、こんなのが父親になっていいのかって……。
それに、本当はあいつも俺に気を遣って喜んでるふりしてるのかもしれない、とかな。
「あー、だよな。俺もそう思うわ。
いつもの俺らしくないよなぁ。
はぁー、どうしたらいいのかね。」
らしくないって言ったら悩んでる櫻井さんに悪いとは思ったけれど、あまりに心配しすぎる彼に声に出してしまった。
未だにグラスを弄ぶ櫻井さんにマスターがクスッと笑った。
「櫻井さん、飲まないんですか。テキーラ」
せっかく頼んだのにまだ一口も飲んでいない櫻井さんにそう声をかけてみると、
ん、あぁと言って彼はグッと全て飲んだ。
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