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番外編
お父さんの煙草②
しおりを挟む最近やっぱりどこか疲れた顔をしている……
そんな気がする。
仕事が一段落して、パソコンのモニターから顔をあげ周囲を見渡すと、どこか疲れたような顔をした櫻井さんが目にはいった。
ここ最近2ヶ月ぐらいだろうか。
ずっとそんな感じに見える。
仕事に支障が出ている様子は全くないし、人と話している時もいつもとほとんど変わらない。
だけど、一人になったときの櫻井さんはいつもと違って見える。仕事で疲れているというわけではないんだろうけど……。
お昼休みが終わる10分前。
私は小雪ちゃんと社員食堂から部署へと話しながら戻っている途中だった。
「あ。」
櫻井さんが階段を上がっていくのが見えた。
左手に煙草を持っていたから、多分最上階の喫煙ルームに行くのだろう。
なんとなく、追いかけなければいけないと思った。
「え、紅ちゃん。突然どうしたの?」
企画部のオフィスはすぐ右にあって、私も小雪ちゃんもそこに入ろうとしていたから、随分中途半端に途中で入るのをやめて階段のある方に体を向けたのは「突然どうしたの」以外のなにものでもない。
「……ちょっと。用事を思い出したの。」
不思議そうにこちらを見ているであろう小雪ちゃんの視線を背中に感じながら、私は足早に櫻井さんの後を追いかけた。
企画部のある3階から櫻井さんの向かった喫煙ルームのある最上階の8階まで階段で行くと、流石に息が乱れた。
運動不足かな、と思いつつ一番奥まで呼吸を整えながら歩いていく。
…….いた。
櫻井さんはこちらに背を向けていたが、ドアを引くとゆっくりと視線をこちらに向けた。
まだ吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付けようとした櫻井さんを私は右手で制した。
「消さなくていい」と目でも示すと、櫻井さんは少しだけ困った顔をして、煙草を持った手を口に近付けた。
しばらく無言のまま時間が過ぎた。
最初櫻井さんは、私が何か話し始めるかと私の方に目をやりながら煙草をふかしていたけれど、それでも話を始める様子がないのを感じ取って、それからは外の景色をぼんやりと眺めていた。
一本吸い終えた櫻井さんが私を見ずに言葉を発した。
「紀田は……どうしてここに来たんだ?」
その言葉がゆっくりと壁に吸い込まれていく。
聞いているはずなのに、何処か答えを求めていないような、そんなトーンだった。
「多分……、櫻井さんが思っている通りだと思います。」
私は先程まで櫻井さんの視線につられてぼんやりと見ていた外の景色から、櫻井さんの足元に自然と目線を落とした。
「……そうか。」
ふっ、と櫻井さんが笑った。
「何ですか。」
今のはどう考えても私に対して鼻で笑った。
怒ってはいないけれど、ムッとした顔で櫻井さんを見上げた。
「紀田は自分に関することだと全く気付かないくせに、他人の事だとよく気がつくもんだなと思って。」
櫻井さんはまだ外の景色を眺めたままだ。
半分貶されている気がするけれど、そこは流す。
「俺さぁ、子供ができたんだわ。」
おめでたいことだと思うけれど、どうしてか複雑そうな表情を浮かべた目の前の男に、私は空気の読めない発言をしてみる。
「あれ、まだ全然大きくないですね。本当に子供ができたんですか、櫻井さんに?」
そう言って複雑な表情をした男の腹をまじまじと見つめると、頭を片手で鷲掴みにされ戻された。
「バカ、お前。俺の腹に子供が出来るわけ無いだろ。空気読めよ……、全く。」
呆れた顔をしているけれど、少し表情が和らいだのがわかる。
「それで……、いや……話はやめだ。戻るぞ。」
話しかけて止めた櫻井さんは腕時計を見る。
「昼休み終わるまであと二分もないぞ。」
そう言って喫煙ルームを出て行く櫻井さんを追いかけた。
途中まで話しかけたのに?やめるの?、と心から声が漏れ出したのだろうか。
櫻井さんが立ち止まってこちらに振り返った。
「今日は金曜だし、仕事が終わったら飲みに行かねぇ?」
一瞬、突然どうしたのだろうかと思った。
あっ、そうか。と思うと同時に櫻井さんが口を開く。
「話、聞いてくれるんだろ?」
「そうですね。飲みに行きましょう。」
そう答えると、私も櫻井さんも早足で階段を降り、3階の企画部のオフィスまで戻った。
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