上 下
2 / 8
紫陽花の鎮魂歌

決意

しおりを挟む
 明日。明日なれば全ての不安から解消される―――。
 一抹の不安から解消され、安心感からか気分が高揚し、焦る気持ちが加速する。
 これできっと彼女も安堵するに違いない。
 僕はお払いのことを知らせようと待たせてある自宅へと急いだ。
 営業中である店の方には寄らず、真っ先に自分の部屋へと駆け上がる。

「睦美、安心してくれ!」

 勢いよくドアを開け、一瞬にして身動きが取れなくなる。
 室内は足の踏み場が無いほど物が散乱しており、部屋の片隅でシーツに包まっている睦美がいた。
 何かあった…というのは明らかだ。

「……睦美。大丈夫か、睦美?」

 必死で問いかけるが、がたがた震えたまま何も答えない。
 手をかざしてみるものの、一点を見つめたまま、心ここにあらずで放心状態だ。
 落ち着くまで待つしかないと僕は荒れ果てた部屋を片付け始めた。

「……変な、声が。が……、……で」

 ふと呟くようにか細い声が聞こえてきた。

「……こ、晃一、が……、いやぁー!」

 不意に我に返って思い出したのか兄の名を口にし、睦美が髪をかき乱す。 
 昨夜の惨劇同様に再び悲惨な姿の兄を見てしまったんだ、と察しがついた。
 もうここにはいられない、かといってマンションも保証は出来ない。
 今はどうにもできない現実に苦悩する。
 どうしていいのか分からない。けれど明日までどうにか乗り切れればいい。
 とにかく部屋から離れようと逃げ出すことしか思いつかなかった。
 駐車場に向かい、急いで車に睦美を押し込み、僕も乗り込む。
 行き先なんて決めていない、ただ当てもなく車を走らせる。
 重い雲に覆われた空はあっという間にあたりを暗くしていた。
 ウロウロしている内に黙々と時間だけが過ぎていく。
 幸いにもずっと降り続いていた雨は小休止していた。
 真っ暗になった道路で不意にネオンが目に付いたビジネスホテル。
 このまま、闇雲にうろうろするだけじゃどうしようもない。
 仕方が無い、今夜は彼女をここに泊まらせよう。
 そう決めるとすぐにチェックイン。
 シングルルームの一室に案内され、彼女を落ち着かせる。

「明日になれば御祓いが行なわれるからそれまでは……」

 不安がる睦美に僕はそっとお守りを握らせた。

「これを持っていれば絶対に守ってもらえるから……」

 どうにか納得させた彼女を置き、僕はホテルを後にした。
 本当はそばに付いててやりたかったのだが、明日から数日、自宅のお店が休業せざるを得ない。
 僕らの結婚式のためとはいえ、生花なので長持ちしないから支店に移動させなければならないのだ。
 その作業を午前中に終え、午後からは御祓いという予定となる。
 睦美のそばに居てやれない代わりにと渡したお守りは僕が亡き母から貰った大事なもの。
 いつも肌身離さず持ち歩いていたもので今までにいざっていう時には助けられた代物だ。
 今度は睦美を守ってくれ! 兄さん、せめて来るなら僕に来い!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:1,533

押して駄目なら推してみろ!~闇落ちバッドエンドを回避せよ~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:3,335

もふもふ好きのお姫様

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:156

『運命の番』の資格を解消する方法。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:717pt お気に入り:3,479

異世界転移したら(物理的に)傾国の美少女になりました

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:38

災厄

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

処理中です...