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第1章 目隠し皇女

第1話 選ばれませんでした

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 ”乙女ゲーム”――。
 この言葉を聞いて、なにを想像するだろう?

 恋愛? 青春?
 攻略対象で、地位も名誉もあって、顔面偏差値一億点なヒーローたち?
 そんな彼らに何故か言い寄られる、平凡な一人の主人公ヒロイン

 舞台は学園で、剣と魔法のファンタジー世界で、喜劇と悲劇があって、ちょっぴりダークで過激な描写もあったり?

 ……少なくとも俺はそんなイメージを抱いていた。
 ただ、これが偏見だという自覚はある。

 何故なら、俺は乙女ゲームというモノを”たった一作品”しかプレイしたことがないから。

 ――『戦記のラプソディー』。
 略して”戦ラプ”。

 タイトルが示す通り、戦記物をベースにした乙女ゲームだ。
 とある小国が強大な帝国から侵略され、故郷を守るべく王子と学園の仲間たち、そして主人公ヒロインが立ち上がるというお話である。

 戦火の中で生まれる悲劇と、それを乗り越えて生まれるかけがえのない”愛”……。
 キャラクターも皆魅力的で、ストーリーは重厚ながらも淡色な画風が爽やかさを感じさせてくれる。

 男の俺がプレイしても、素直に「面白かった」という感想が出てくるいい作品だった。
 なにより繊細な感情描写と美麗な世界観が美しかったんだ。

 だから俺個人としては、イメージに偏りはあれど”乙女ゲームって面白いんだな”という認識を持っていたんだよな。










 ――自分が、その乙女ゲーム世界に転生するまでは。










「――ハァッ!」

「ぎゃあ!」

 刃に魔力を込めた片手剣で、目の前の敵兵を斬り倒す。
 敵兵は身体と口から赤黒い鮮血を飛び散らせ、両眼を剥き出しにする。

「ごぽっ……かひゅ……――」

 怨嗟の言葉すら発することなく、彼はそのまま動かなくなった。
 さらに息をつく間もなく二人の敵兵が襲い掛かってくる。

「栄光あれ! 『デネボラ帝国連合』に栄光あれ!」

「っ! 聖術式・えんかく――〔イグニッション〕!」

 すかさず俺は魔術を発動。
 右手に刻まれた刻印が魔力で紅く光る。
 刹那、こちらに槍を突き込もうとした兵士たちは灼熱の炎に包まれた。

「うわああああああああッッッ!!!」

 瞬く間に黒墨へと変わっていく人体。
 だがそんな光景を見ても俺はなにも感じず、ただ途方もない疲労で地面に膝を突いた。

「くっ……」

 ――耳を澄ませば、周囲から無数の争いの音が聞こえる。

 剣と剣が鍔迫り合いをする音。
 魔術が発動し、なにかが燃え爆ぜる音。
 そして怒号と悲鳴と、母や妻の名を叫ぶ断末魔。
 さらに硝煙の匂いが鼻をつき、ひと呼吸するごとに吐き気を覚える。

 俺が今いる場所は、戦場。

 それも国の命運を掛けた決戦の場、『帝国空中戦艦グロワール』の甲板上だ。

 俺たちの故郷である『エクレウス皇国』をいよいよ陥落せしめんと、『デネボラ帝国連合』は決戦兵器を投入。
 魔力によって空中へ浮遊する空中戦艦で首都――正確には皇都まで進撃してきたのである。

 しかし、この空中戦艦は帝王ドレッド・デネボラの座乗艦。
 ここへ攻め込んで彼を打倒できれば、戦争は終わる。

 故に『エクレウス皇国』は王子グレイ・エクレウス率いる決死隊を編成し、空中戦艦へと突入。
 俺はその一員として戦っているワケで。

 ……なんでそんな事細かに知ってるかって?
 そりゃ、ここが”戦ラプ”の世界の中だからだよ。

『帝国空中戦艦グロワール』は”戦ラプ”最終章に出てくる物語の舞台。
 俺はゲームでこの展開を見てるんだ。

 ああそうさ、プレイしてる時は「面白いなぁ」としか思ってなかったさ。
 だが面白いと思うのは、あくまで二次元のお話だからなワケで。

 ”戦ラプ”の物語のベースは戦記物。
 如何に乙女ゲームの世界と言えども、起こっているのは戦争のソレ。

 血も涙もないどころか、目の前に広がるのは血飛沫と肉片が降り注ぐ地獄絵図。

 ゲームでは一千枚くらいオブラートに包まれた表現にされてあったけど、それを現実にしたらそりゃこうもなりますよねって惨状。

 ……改めて「面白いか?」って?
 面白くないよ、ちっとも面白くない。

 ふざけんなよ! クソが! ファック!
 なんで俺がこんな命張らねーといけないんだよ!?
 戦争なんてゲームの中だけで十分だってば!

 ……いや、泣き叫んでも仕方ない。
 それになんで俺が決死隊の一人として戦っているのか、の理由もちゃんとわかっている。

 何故なら――俺は”戦ラプ”の攻略対象にしてメインヒーローの一人、クーロ・カラムに転生してしまったからだ。
 齢十六歳の魔術師で、所謂学徒兵に。

「おいクーロ、大丈夫か!?」

 地面に膝を突いた俺の下に、一人の仲間が駆け付けてくれる。
 彼の名はマティアス・プラム。
 歳は俺より一つ上で、彼もまた学徒兵。
 槍を得物とする魔槍使いであり、彼も”戦ラプ”のメインヒーローの一人だ。

 マティアスは俺の肩を担いで立ち上がらせ、

「こんなところでヘバってんじゃねえ! 皆で生きて帰るって約束したろうが!」

「あ、ああ……わかってる……っ」

 口ではそう答えるも、もはや身体は限界。
 致命傷こそ避けているが全身は傷だらけで、魔力も体力も尽き果てた。
 剣を持っているのもやっとの有り様である。

 だが、それでも倒れるワケにはいかない。
 この戦いで全ての運命が決まってしまうのだから。

 ……『エクレウス皇国』の運命だけでなく、俺自身の運命・・・・・・も。

「お、俺のことはいい。それより彼女は……エステルはどうした!?」

「へへ、あの子がそんな簡単にくたばるかよ。――見ろ!」

 マティアスに促され、俺は甲板の先端を見る。
 そこには――

「帝王ドレッドよ……お前の野望は決して叶えさせはしない!」

「この一撃で……終わりよ!!!」

 手を取り合って一本の剣を握り、刃に魔力を込める男女の姿。
 メインヒーローの一人にして『エクレウス皇国』の王子グレイ・エクレウスと――”戦ラプ”の主人公ヒロインであるエステルだ。

 お互いの残った魔力を全て剣へと注ぎ込み――彼女たちは、虹光の刃を振り下ろす。
 その一太刀は、魔具の力によって異形と化した帝王ドレッドを斬り裂いた。

『バ……バカな……我は……世界の……覇者と……!』

 死の間際、人の姿へと戻った帝王ドレッドは空へと腕を伸ばすと、その場に崩れ落ちた。


 ――マズい。


「は、はは……見ろよクーロ! あの二人がやったんだ!」

 怨敵が打倒されたのを見て歓喜するマティアス。
 彼は思わず男泣きを見せる。
 

 ――ダメだ。
 ――――いけない。

 このままじゃ――――


「ハァ……ハァ……」

「……終わったね、エステル」

「グレイ……」

「キミのおかげだ。キミがいてくれたから僕は戦えた。……愛しているよ、エステル」

 グレイはエステルの顎を指で持ち上げ、情熱的な瞳で彼女を見つめる。

「私も……グレイがいてくれて、よかった」

 エステルもそんな彼を拒まない。
 そして二人は瞼を閉じて――唇を重ね合わせた。

「――――そん……な……!」

 かつてゲームで――”戦ラプ”で見た光景。
 主人公ヒロインエステルがヒーローと愛を確かめ合う瞬間にして、”グレイ√”で最後の選択肢が出る名シーン。
 そして彼女は、〔グレイとキスをする〕の選択肢を選んだのだ。

 今この瞬間、世界は”グレイ√”――つまりトゥルーエンドを辿ることが確定した。

 主人公ヒロインとグレイの二人は戦争を終わらせ、結婚。
 皇位を継承したグレイ・エクレウス皇王と、その妃エステル・エクレウス皇后の愛と絆は決して解けることはなく、生涯の伴侶としてお互いを支え合い続けた――。

 これがエンディング後に語られる顛末。
 これから先の、俺にとっての未来。

 俺は――未来永劫、エステルと結ばれることはなくなってしまったのだ。

 俺も……俺だって……彼女のことを愛していたのに。
 エステルに――選んでほしかったのに――。


 俺は、選ばれなかったのだ。

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