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キッド

誕生日での秘密事(1)

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(*'ω'*)年齢参照:キッド(14→15)×テリー(11)
 二章目の後日談です。
 ――――――――――――――――――――














 その昔、赤い服を着ていた魔法使いがいた。彼はとても優しい魔法使いで、彼の周りにはいつも子供がいた。けれど、人間達は魔法使いの迫害を始める。時代に飲み込まれた赤い魔法使い。彼は家を失い、路上生活。しかし、穴の開いた家から子供が出てきた。

「ああ、さむいよう。さむいよう」

 子供は寒がって外に出てきた。

「ああ、さむいよう。さむいよう」
「ここにいても寒いだけだよ」

 赤い服の魔法使いは、彼に魔法の靴下をあげた。

「これをあげよう。とても暖かい靴下なんだ」
「わあ、なんて素敵なんだろう。ありがとう。魔法使いさん」

 子供はとっても喜んだ。赤い服の魔法使いも、とっても嬉しくなった。
 子供がまた一人やってきた。赤い服の魔法使いは魔法で喜ばせた。
 子供がまた一人やってきた。赤い服の魔法使いは魔法で喜ばせた。
 どんどん子供がやってきた。赤い服の魔法使いは全員を喜ばせた。
 子供達は、純粋です。そして正直者です。魔法使いを悪だと決めつける大人を、変だと思うようになりました。

「そうだ。今度は僕達が君をあっためてあげる!」

 子供達は暖炉を作り、家を作り、聖なる夜に、赤い服の魔法使いに暖かい場所をプレゼントしたのです。赤い服を着た魔法使いは、とっても喜びました。

「ああ、嬉しいよ。とっても嬉しいよ。君達はなんて良い子達なんだろう。聖なる夜は、僕達の友情を祝ってお祝いしよう。君達は温かい場所で靴下をぶら下げて。そしたら僕は、その靴下にプレゼントを入れておくから!」

 クリスマスは、赤い服の魔法使いと、子供達の友情で結ばれた聖なる日。






 ――そんなおとぎ話。クリスマスというイベントは、そのように作られたとこの国では言い伝えられている。
 子供限定でプレゼントが貰える日。
 あたしは17歳までプレゼントを貰っていた。

 18歳? ああ、どうだったっけ? ホームレスになったことが衝撃的で覚えてないわ。

(そして、あたしは再びまずい状況に追い込まれているというわけね)

 この世界において、最大のピンチ。

(キッドの誕生日……)

 ……。

(何を渡せばいいわけ……?)

 12月24日。
 クリスマス前日。この前日こそ、皆が最高に盛り上がる日である。
 年末ということもあり、その後にはすぐにお正月がやってくる。イベントが重なり、街は楽しそうに賑わっている。

 その賑わう中、その中で、キッドの誕生日がまた上手い具合に重なっていた。
 いつも楽しみに待ち受けているクリスマス・イブ。今年のプレゼントは何かしら、とわくわくが止まらない。それを、キッドがいともあっさりとぶち壊してしまった。

 ちらっとカレンダーを見れば、12月23日と記載されていて、余計にため息が出る。

(ああ、どうしよう。まさかこんなに悩むことになるなんて)
(いいえ、まだ勝負は始まってない。落ち着きなさい。テリー)
(今までを思い出すのよ。そうよ。一度目の世界では、貴族の坊ちゃんには高級なハンカチとか、ネクタイとか、そこら辺を渡してた)
(そうだわ。超高級なスーツでもあげましょう。あいつ、いつも貧乏くさい服着てるもの。それでいいわ)

 ――婚約者がこんなもの渡すの?

(……そうだわ。超高級なハンカチでも)

 ――テリー。婚約者。

(そうね。だったら超高級な家具でも)

 ――部屋に入らないよ。いらない。

「だあ!!」

 転がっていた緑の猫を蹴飛ばした。

「にゃ!」
「はあ。憂鬱だわ」
「ちょっと! 何するのさ!」

 ドロシーが机でうなだれるあたしに怒りの顔を向ける。

「人を蹴るなんてね、悪い子がするんだよ! この悪い子!」
「お黙り。あたしはね、今すごく悩んでいるのよ。すごくすごく頭を悩ませているのよ」
「……どうしたんだい? 君のしわだらけの眉間がいつにも増してしわしわだ。そこにしわをつけるくらいなら、僕は脳にしわを付けた方がいいと思うね」
「お黙り。緑の魔法使いが。どうしてお前は緑なのよ。どうして赤じゃないのよ」
「悪いね。赤はグリンダさ」
「誰それ」
「誰だろうね?」

 ドロシーなんかと口を利いたら、またため息が出る。

「今はやめて。本当に悩んでいるのよ」
「何をそんなに悩んでるの?」
「キッド」
「ああ、あの子?」
「明日誕生日なんだって」
「へーえ。そうなんだ。おいくつ?」
「15歳だって」
「めでたいね。花でも送れば?」
「……花ね……」

 ――いらない。

「花とか……受け取らなさそう……」
「シンプルなのがいいんじゃない?」
「分かってるわよ……」

 分かってるけど、

「キッドは謎なのよ……」

 確かに、色々助けてもらった。誘拐事件だって通り魔事件だって、彼がいなければ解決しなかった。その感謝の気持ちをこめて、プレゼント・フォー・ユー。

(……)

 またため息をついた。

「明日、行きたくない……」
「ん? どっか行くの?」
「あいつの誕生日パーティーをするんだって……」
「へえ。楽しんできて」
「行きたくない……」

 あ!

「あたし、なんかお腹痛くなってきた!」

 きりきりする気がするー!

「こんなくだらないことで悩んで! あたし、超可哀想!! もっと自分を大切にしてあげなくちゃ!」
「そんなに悩んでるなら本人に直接訊いた方がいいかもしれないよ。正直に、何が欲しいの? ってさ」

 ――何が欲しいだって? 決まってるだろ。愛する婚約者であるお前からの、……愛の口付けさ。

「ぴゃああああああああああああああああ!!!!!!」

 おぞましくなって悲鳴をあげる。

「無理無理無理無理!!」
「まあ、そうだよね。本人に訊けないよね」

 ドロシーが肩をすくめ、あたしは肩を震わせた。

(気持ち悪い回答が想定出来て絶対に訊けない!!)

 あのハンサムだけが取り得の顔だけボーイ。

 ――俺の将来のお嫁さんになる約束をしてくれないか?

(キッドめ……)

 何かいい方法はないかしら? 考えるのよ。テリー。相手に何を渡したらいいか分からない時、どうするべきなのか。

「あ」

 ひらめいた。

「紹介所があったわ」
「え?」
「あたしとキッドが建てた会社。ドロシー。あそこにはキッドの知り合いがうじゃうじゃといるのよ」

 あたしが社長という肩書を持つ仕事案内紹介所の従業員は、みーんな、キッドの知り合い。

「本人に訊けないのなら、知り合いに訊けばいい!」


 罪滅ぼし活動ミッション、メニーを助けたキッドの誕生日を祝う。


「そうと決まれば街へ直行よ!」
「にゃあ!」
「テリー、宿題は終わったの?」

 廊下に出た途端に聞こえた声に、ぴたっと固まる。ゆっくりと後ろを振り向けば、クロシェ先生があたしをじっと見ていた。あたしは猫を撫で、すっと背筋を伸ばして立ち、クロシェ先生を見上げた。

「先生、あたし、急用が出来ました。これ、本当に大事なんです。あたし、プレゼント系のフレンズなんです。なので、帰ったら、必ず」
「明日の朝に提出しないと、今後課題の紙が4枚増えますからね」
「え」

 山のような宿題の多さに愕然としているのに、あれをさらに4枚増やすというの!? 

(クロシェ先生、子供になんて非道なことを!)

 そんなことになってたまるか!!

「……帰ったら、必ず……」
「よろしい。馬車に気をつけて行くのよ」
「……はい」

 クロシェ先生に見守られながら、あたしは屋敷から出て行った。


(*'ω'*)


 紹介所はクリスマスシーズンということもあり、だいぶ落ち着いている。仕事を探している人はいるものの、いつもと比べて従業員も暇そうにしていた。

「おい、ディラン! テリー様だぜ!」
「なに!? テリー様って、あのちっちゃなテリー様か!?」
「そうだぜ! 今日はクリスマス仕様の髪飾りをつけて、とってもキュートプリティだぜ!」
「テリー様! お帽子どうぞ!」
「テリー様! 超お似合いだぜ!!」 

 警備員に裏口を開けてもらい、あたしは責任者であるジェフがいる仕事部屋へと移動した。扉を開ければ、顔を上げたジェフが、おお、と声を漏らす。

「これはこれは、テリー様。こんな寒空の中、よくおいでになりました。さあさあ、こちらへ、おい、社長にお茶を持ってきて差し上げなさい」
「はい!」

 返事をしたと同時に、目を輝かせた従業員が、ソファーに座ったあたしにお茶を差し出す。温かいレモンティー。飲むと体がほっかほか。

「……急に押し掛けたのに、ありがとうございます」
「何をおっしゃいますか! ここは貴方様の会社ですぞ! いつ急に飛んできたって、痛くもかゆくもございません!」
「むしろ、大歓迎です! にこっ!」

 ジェフと従業員が笑顔をあたしに向ける。しかし、この深刻な悩みを持ったあたしには、その笑顔は無に近い。

「……実はMr.ジェフ。……貴方に訊きたいことがあって、今日は来ました」
「これは、……また」

 ジェフが眉をひそめた。

「いかがいたしましたか? テリー様」
「……実は……」

 ……。

 ちらりと、ソファーの横に立っている従業員を見ると、従業員がにこっ! と笑った。

「美しい社長に見ていただけて、感無量です!! にこっ!」
「違う。お前、仕事場に戻りなさい」

 呆れた顔でジェフが言うと、従業員はまた、にこっ! と笑った。

「失礼します!! にこっ!!」

 元気よく扉が閉められた。

「さあ、何でしょう。テリー様」

 ジェフが自分の分のお茶を口に含み、あたしに微笑んだ。あたしは前かがみになって、眉をひそめる。

「Mr.ジェフ、明日はキッドの誕生日よ」
「おお、やはりテリー様もいらっしゃるのですね」
「キッドの誕生日パーティーでしょ? 貴方も呼ばれてる?」
「ええ。毎年ですが、あの家にぎゅうぎゅうになって皆でキッド様をお祝いするんです。もちろん狭くて疲れますが、でも毎年とても楽しくて。テリー様にもぜひ楽しんでいただきたいものです!」
「……でも、Mr.ジェフ、このままではとても楽しめないわ」
「……と言うと?」
「……プレゼント、まだ決まってなくて」

 低い声で呟くと、ジェフがほうっ!? と息を呑み、口元を押さえた。

「テリー様、なんと、なんということを!」
「そうよね。もう前日なんだもの。怒られても文句言えな……」
「キッド様に対する愛故に、大切なプレゼントを悩んでおられるのですね……!! しかも、こんなギリギリになるまで。それくらい、それくらい大切だからと! ……なんと……! ……なんと健気なお方だ……!!」

 ジェフがなぜか感動し、ポケットからハンカチを取り出し、

「はあああああ!! このジェフ!! 感動しました!!!!!」

 泣き出した。

(ジェフ。違う。そうじゃない)

 あいつとあたしに愛なんてものは存在しない。むしろ、ここまで悩ませるあいつに憎しみすら覚えているくらいなのよ。あたしは。

 ハンカチで涙を拭きとるジェフと話を続ける。

「それで、その、キッドの欲しいものっていうのが、あたしには見当がつかなくて、Mr.ジェフなら、何かヒントをくれると思ったの」
「そういうことでしたか……。いやいや、そういうことでしたら、このジェフが人肌脱ぎましょう!」

(何?)

 ジェフが勢いよく立ち上がり、椅子にかけていたコートを羽織った。

「この私が、プレゼント選びにお付き合いさせていただきます! さあ、行きましょう! テリー様!」
「……貴方、仕事は?」
「今はそんなことよりも!! 愛のプレゼント選びが優先です!!」

(まじで言ってる?)

 ジェフの目が、めらめらと燃えていた。

「行きましょう! 愛の、プレゼントフォー・ユーの旅へ!!」


 ヒアウィゴーーーーー!





「やあ、どうも。ジェフはいる?」
「あっ、キッド様! あ、ジェフ様は、その、大切な用事で、今、外出中です!」
「ん? 大切な用事? そっか。じゃあ戻ってくるまで広場にでも行こうかな」
「駄目です!!!!」
「え?」
「ここにいてください!」
「お茶を飲んでください! にこっ!」
「なんだなんだ? みんなして、やけに止めてくるじゃないか。そんなことをされたら、ふふ、気になるってもんだよ」

 にこっ。

「「どっきーん!」」
「はぅっ……! これが、恋……!?」
「はぅっ……! キッド様、今日も素敵……!」


(*'ω'*)


(素晴らしい)

 あたしは感動していた。

(Mr.ジェフ)

 彼のエスコートは、なんて素晴らしいの!

(変な貴族の男よりも、ずっと素敵だわ!)

 あたしはそれを自信を持って言える。とても紳士なジェフは、あたしの手を握り、離れないように守ってくれている。子供のあたしに歩幅を揃え、雪道ですべりそうになったら、

「ぎゃっ!!」
「おっと」

 華麗にあたしの体を支える。

「大丈夫ですか。テリー様、お怪我はございませんか?」

(素晴らしい!!)

 拍手をしたくなるエスコート。

(そうなの! 紳士って、こういうことを言うの!!)

 あたしは尊敬の眼差しでジェフを見上げた。

「大丈夫よ。ありがとう。Mr.ジェフ」
「積もっているとは言え、氷のようにすべりやすい道もございます。お気をつけください」

 にこり。

(合格点!!)

 満点ホームラン!!

(ただの髭のおじ様かと思ってたら、キッドなんかよりも全然いい! これは結婚出来た奥様は幸せ者だわ。羨ましいわ)

「さて、お品物を選んでいきましょう。時間はまだ沢山ございます」
「ん!」

 頷いて気を引き締める。テリー・ベックス。ここに来たのは、あたしを一週間プレゼントで悩ませているあのクソガキの誕生日パーティーを成功させるため。
 
(あたしは、やってみせるわ!)

 さあ、テリー、目を見開いて、プレゼントを選ぶのよ!!


 ――そんなことを考えたのが、一時間前。


 暖かい喫茶店の中で、あたしは頭を抱えていた。ジェフも紙に作戦を書いている。

「本もいいと思いますよ。テリー様」
「本は却下。あいつ好き嫌いが激しいのよ。特に本は……」
「確かに。本の好みは激しいですな」
「ハンカチっていうのもね……。婚約者からハンカチなんてどう思う? 多分、他の人が用意してると思うの。だったらそっちを大切に使ってもらいたいわ。あたしのなんかじゃなくて」

(あいつにあたしの選んだハンカチを使ってほしくない。触ってほしくない)

「テリー様、他の者の配慮までなさるというのですか……! なんと、なんとお優しい!!」
「とは言え、そんなことを言ってるから、結局、今の段階で決まってなくて、こうやって二人でお茶してるわけだし……。……うーーん。どうしたものかしら……」
「……テリー様、こんなことを言うのは、少々、余計かもしれませんが……」
「ん? 何?」
「……キッド様は、テリー様を心底気に入られてます」

 ジェフが優しく微笑んだ。

「テリー様からの贈り物ならば、何でもお喜びになると思いますよ」

 ……そう。

(あいつは、嘘でも喜ぶふりをする)

 あいつの目的は、みんなの人気者になること。俺はとっても優しい少年。いらないものでも、愛するテリーが用意してくれたものならと、喜んだふりをして受け取る。

(だから嫌なのよ)

 プレゼントって、嬉しいものでしょう? 

(あいつ、どうせあとから言うのよ)

 ――いらないよ。こんなの。お前何考えてるの? 捨てていい?

(ぐうう! むかつく!)

 あたしはこんなに悩んで悩んで悩みまくってるのに!

(こうなったら意地でもあいつが喜ぶものを見つけてやる!)

 さあ、考えるのよ。美しいあたし。冷静に!

(何を渡したら喜ぶわけ?)
(キッドの喜ぶもの)

 こうなったら土地でもやろうかしらね! 南の島はどうかしら!? キッド!

「私は」
「え?」

 ジェフが、左手にはめている指輪を弄りながら呟く。

「妻からのプレゼントは、どんなにつまらないものでも、とても嬉しいです。今年はこれなのか、と笑ってしまうようなものも貰いましたが、それでも笑顔にならずにはいられません。それは、愛する妻が私のためにプレゼントを毎年用意してくれるから。……その気持ちが嬉しいのです」
「……」
「どうですか。テリー様。もう一度頭を真っ白にして、お店を回ってみませんか?」

 ジェフの、ぬくもりのあるアドバイスに、あたしは小さく頷いた。

「……まあ、……貴方が、そう言うなら……」

 少しくらい、ねばってみてもよくってよ。

「まだ時間を使いそうだけど、付き合ってくれる?」
「もちろんです」

 ジェフの目は、とても優しい。

 (……パパがいたら、こんな感じだったのかしら)

 ジェフはパパに似てる。紳士で、優しいところが。

(あたし、もう少し早く生まれたらよかったのに)
(運が良ければ、ジェフがあたしの王子様になってくれたかもしれない)

 ……。

(彼の奥様は幸せ者ね)

 温かいココアを飲みながら、そんなことを思った。

 

 ずっと、あたし達を見ている視線があるとも知らずに。




(*'ω'*)


 クリスマスシーズン、ということもあって、プレゼント用の商品は店の窓辺にも並べられている。それをくまなくじっと見つめ、これがいいか、あれがいいか、考えて、また次の店に移る。

(ああ……夕日がどんどん暮れていく……)

 少し肌寒くなってきた。

(ああ、疲れた。足が痛いわ。あたし、優雅に紅茶が飲みたい)

「……」

(……紅茶……)

 提案してみる。

「ねえ、Mr.ジェフ、お茶の詰め合わせってどうかしら? 斬新すぎて誰も渡さなさそう」
「確かに、そのようなプレゼントは誰も思いつきませんな。いや、流石テリー様です!」
「こんな季節だし。とびきり美味しいやつ選んだら、あいつも少しは関心するんじゃないかしら」
「とんだご名案です! そうと決まれば、お茶の葉が売っている店に行ってみましょう!」
「ええ」

 ジェフの手を自ら握ると、ジェフも微笑んで歩き出す。その間に、雪が降り始めた。仕事終わりの時間なのか、人の歩く数も多くなってきた。

(……なんか、パパと歩いてるみたい)

 温かい手。

(……へへ)

 そのまま積もった雪道をしばらく歩くと、お茶屋が見えた。

(いいわ。あたしはお茶についてとても詳しいの。良いお茶を選んで、キッドにぎゃふんと言わせるんだから)

 そして、こう言わせるのだ。

 ――テリー様、あのお茶の葉はどこで手に入れたのですか? 僕ちん、またほしいよぅ!

(げへへへへへへ!! ざまあみろ! キッド!!)

 目を輝かせてジェフの手を離し、一歩前へ進んだ――直後、

 叫び声が聞こえた。


「いけない! 逃げてください!!」

(え?)

 声に振り向くと、向こうから全力疾走であたしに駆けてくるシロクマの姿。

(え?)

 クマ? なんで? 

 全力疾走で走ってくる。

(え?)

 これ、あれ?

(まずいやつじゃない?)

 足がすくむ。体が動かない。

(え、どうしよう)

 足が動かない。

(あ、どうしよう)

 足が、動かない。

「ガアアアアアアアア!!!」

 シロクマが叫び、走り、あたしに歯を立てた――。



 ――が、


 あたしの前にジェフが立った。

(え)

「ふんっ!」

 突進してきたシロクマを、ジェフが両腕を使って受け止め、そのまま、

「それ!!」

 背負い投げをした。

(ひえっ!?)

 シロクマがあっけなく地面にたたき落とされ、力なく鳴いた。

「ぐぅん……」
「タロー! 駄目じゃないか!!」

 コートを着た商人らしき男が慌てて走ってきて、ジェフとあたしに頭を下げた。

「大変申し訳ございません! 目を離した隙に相方が匂いにつられてしまったようで……! お怪我はございませんでしたか!?」

 振り向くと、お茶屋の横にカウンター式の焼肉屋があり、カウンターの窓から美味しそうな肉を焼いているところだった。

 ジェフがシロクマを撫でながら、男に目を向ける。

「街の中で縄を外して歩くのはどうかと思いますな。警察が来ないうちに縄で結んでおきなさい。幸い怪我人もいないようですし」
「ああ、なんと慈悲深い方! この度は誠に申し訳ございませんでした! ほら、行くぞ! タロー!」
「ぐぅうん」
「全くお前は! さっきあれほど食ったって言うのに!」

 まだお腹が空いているのか、焼き肉屋をじっと見つめながら引っ張られていくシロクマの後ろ姿がやけに切ない。あたしは胸をなでおろす。

(……危なかった)

 ジェフが壁になってくれてなかったら、今頃、クマの餌食。

「大丈夫ですか。テリー様」

 当のジェフはぴんぴんしている。こくりと頷いた。

「そうですか。それは良かった」
「貴方、武道でもやってたの?」
「まあ、若い頃に、少々」

 訊けば、ジェフが人差し指を口元を立てた。

「職員達には秘密ですよ」

(あら、ダンディ。素敵だわ)

 ぽっと、あたしの可愛い頬が熱くなる。ついつい左右に別れたおひげが素敵に見えて、目が離せなくなる。ジェフがちらっとどこかを見て、くすっと笑って、あたしに視線を戻した。

「さて、お買い物に戻りましょう」
「……ああ、忘れてた」

 キッドの誕生日プレゼントを買わないと。
 視線をジェフから茶屋に移して、――その隣の店を見る。

(……あ)

 あるじゃない。しっくりくるもの。

「……ねえ、Mr.ジェフ、あれってどう思う?」
「…ん?」

 指を差した店に飾られた『それ』を見て――ジェフが微笑んで頷いた。

「ああ、……いいかもしれませんね」
「……あんなもの、くだらないって思う?」
「いえ、あれは、……この時期に貰えば、嬉しいと思いますよ」
「……あれでもいいかしら。お茶の葉のついでに」
「ええ。とてもいいと思います」
「そうよね。よく外出するみたいだし、あっても困らないわよね。じゃあ、お茶の葉と一緒に買ってくる」
「あ、でしたら、テリー様」
「ん?」
「少しやることがあるので、先にお店に入っててください」
「ん、そうなの? ……分かった」

 あたしはジェフに微笑む。

「Mr.ジェフ」
「はい」
「助けてくれてありがとう」
「とんでもございません」
「かっこよかったわ。あたし、もう少しお姉さんなら、Mr.ジェフのお嫁さんになりたかったくらいよ」
「はっはっはっはっ!」

 あたしの言葉を聞いたジェフが嬉しそうに笑い出す。

「テリー様にかっこいいと褒めていただけるなんて光栄です。貴女に怪我がなくてよかった」
「あたし、謙虚な人はもっと好き。Mr.ジェフになら、あたし、いくらだって言ってあげてもよくってよ。本当にかっこよかった」
「嬉しい限りです。さあ、ここはお寒いので、お店の中へ。ゆっくり選んできてください、用事を終えたら追いかけますから」
「ええ。分かった。本当にありがとう」
「恐縮です」

 ジェフの謙虚さに上機嫌になったあたしは店の中へ入っていく。
 そうよ。これが紳士よ。キッドと違って、Mr.ジェフは大人だわ。本当に素敵。あたし、中身はキッドよりも年上なのよ。やっぱり大人な人が好き。

(ああ、かっこよかった)
(あたし、結婚するならキッドじゃなくて、ジェフみたいな人がいい)
(頼りがいがあって、優しくて、たくましくて、紳士で)


 王子様。


「……」

 忘れる。

(さて、選ぼう)

 あたしは売り場の棚をじっと見ることにした。


(*'ω'*)


 テリーの背中を見送ったジェフが、ふー、と白い息を吐き、左右に分かれた髭を弄り出す。そして、後ろから感じる痛い視線に声を向けた。

「キッド様、そんな風に睨まないでいただけますか? 私はテリー様をお守りしただけでございます」
「睨んでないよ。ジェフ」

 歩く人々の陰から、キッドが姿を見せた。
 その顔は、どこか不機嫌そうに、しかし笑みを崩さず、キッドはジェフの前で立ち止まる。

「俺のテリーを守ってくれたことに表彰したいくらいさ。よくやったよ」
「あの程度、訓練時代と比べたら、何の苦労もございません」
「ふむふむ。お前のその謙虚な態度は好きだよ。だけど問題はその後さ」

 ――テリーがお前に見惚れてた。

 キッドの口角が下がった。不機嫌に表情を濁らせ、じっと、痛い視線をジェフに飛ばす。

「俺がいるの分かってただろ。なんで行ったんだよ」
「キッド様、あなたに怪我をされては困ります。そして、主よりも先に私が動くのは当然の行動でございます」
「結果、テリーはお前に見惚れた。かっこよかった、だって。はっ。俺にはそんなこと一切言わないのに、お前には言った」
「キッド様、何を怒られているのですか。私からすれば、まるで娘に言われているようでした。彼女もそうでしょう。父親に言っている感覚でした。ふふ、嬉しいものですよ。私は娘がほしかったので、今日テリー様とデートが出来て、とても楽しかったです」
「おいおい、惚気か? ジェフ。上司の婚約者と出かけてよくもそんなにニコニコして話せるな。手なんか握ってさ、俺がいるの知ってたくせに」
「だって、嬉しいではございませんか。あなたがそこまで嫉妬されているだなんて」

 嫉妬?

 キッドがぱちぱちと瞬きをして、あははっと、笑い出し、肩をすくめた。

「嫉妬? 俺が? 誰に?」
「テリー様が私と出かけられて、怒っていらっしゃる」
「あはは! 面白いことを言うね。ジェフ。でも、残念だけど違うよ。俺は心が広いから嫉妬なんてしない。嫉妬するのはテリーの方さ。あいつ、実は、俺のことが大好きだから」
「……そうですね」

 ジェフが微笑んだ。

「そのようです」
「……え?」

 ジェフの一言に、キッドがぽかんとした。そんなキッドに、ジェフは首を傾げる。

「はい? どうかされましたかな?」
「あいつ、俺のこと、なんか言ってたの?」
「はい? 何のことですかな?」
「とぼけるな。テリーが俺のこと、なんか言ってたのか?」
「さあ? どうでしたかな?」
「ジェフ」
「本人に訊いてみてはいかがですか?」
「言わないから訊いてるんだろ」
「はっはっはっ、キッド様、いつも冷静なあなたが、何をそんなに熱くなられておりますか。こんな寒いのに、お顔が真っ赤っかですよ」
「……寒いから顔も赤くなる」
「陰からプレゼントを選ぶテリー様をこっそり見ていたキッド様も、なかなか新鮮でございました。……ふふっ」
「……俺、もう帰る。ネタは見たから十分だ」
「おや、私に何か御用では?」
「ああ、また今度でいいよ。紹介所の売り上げの報告書とか、別件での書類とか、そういうのを回収しに来ただけだから」
「そうでしたか。では整理して職員の一人に渡させますよ」
「ああ、頼んだよ」

 あ、それと。

 キッドが歩きながらジェフに振り向いた。

「……屋敷の前までテリーを送ってやって。通り魔の件もあって、一人だと心細いだろうから」
「御意」
「……何? その顔。ジェフ、にこにこしてて気持ち悪いぞ。俺は紳士として当たり前のことを言ってるだけだ。いいな。嫉妬なんかしてないし、テリーがどんなプレゼントを用意したって、俺はちゃんと素直な反応をするよ。嫌だったら嫌って言うし、いらなかったらいらないって文句も言う。それに、俺だってあの獣が走ってきた時に剣を構えてた。銃だって持ってた。テリーを守ることは俺にだって簡単に……」
「キッド様、前」
「ん」

 キッドが振り向いた瞬間、ごんっ、とにぶい音が響く。キッドが自らの顔を押さえた。

「……っ!! っ!! っ……!!!」

 痛みをこらえるキッドを眺めながら、ジェフが、またにこりと微笑んだ。

「お気をつけてお帰りください」
「ははっ! 全く! 面白い! 非常に面白い! 本当……! ……あはっ、ははは! 今日は、……厄日みたいだ……」

 顔を押さえて、今度は振り向くことなく、ふらつくキッドが帰宅ルートに進んでいく。キッドがいなくなった頃、テリーが戻ってきた。

「……ん。……Mr.ジェフ、頭に雪が積もってるわよ」
「おや、ぼうっとしてしまいましたかな」
「……何かいいことでもあったの?」

 ジェフがにやついている。

「そうですね。お若い方々を見ると、やはり心が温かくなってしまいますね」
「?」
「いいえ、何でもございません。さ、もう帰りましょう。送っていきます」
「いいの?」
「ええ」
「……ありがとう」

 テリーがジェフの手を握り、帰宅ルートへと向かった。

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