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㉗嫁選びの顛末−1
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薄暗い部屋の中に佇む信乃を目にして、二人は衝撃に一瞬言葉が出て来なかった。
元々が白い肌は血の気が感じられないくらい蒼白になり、肩の骨や顎が尖って小さくなった身体は痛々しい程だった。
三津弥が焦って声を掛けようとした時、一呼吸早く信乃が声を発した。
「あぁ、丁度良かった。これを、蓮治のところへ持って行ってくれ。俺からの、祝いだと言って……」
信乃が差し出したのは鏡台を始めとした化粧道具一揃えだった。
朱金に光る螺鈿細工のそれはそれは華やかな様子だった。
「信乃、さ……」
三津弥はそれを見たら声が詰まり、ボロボロと涙が溢れ出してしまった。
その道具の見事さもさる事ながら、信乃が一体にどんな気持ちでそれを造ったかと思うといじらしくてやり切れない。
(今わかった。この人は蓮治さんを愛している。身を削ってもぎ離すようにしなければ離れられないほど、分かち難く思っている)
「あなたは、馬鹿です……」
一言好きだと告げれば蓮治は喜んで受け入れただろうに、自分の気持ちを告げずに道具を作った。
信乃は馬鹿だと三津弥は思った。
涙の止まない三津弥の代わりに今度は慶太郎が言う。
「それは、あなたの手で届けなくちゃいけない」
「……それぁ、勘弁して欲しぃなぁ」
信乃はささやかな笑みを浮かべてそう呟いて、ふらりとその場に頽れた。
「信乃さんっ!」
慌てて二人が駆け寄ったら信乃は寝ていて、体力が尽きただけだと知って取り敢えずは安心した。
「三津弥、俺はこの人の気持ちを蓮治さんに届けたい」
「当たり前だ。信乃さんの気持ちが通じないようなら、蓮治さんなんてこっちから縁を切ってやる!」
睫毛に涙の水滴を載せたまま三津弥が目を怒らせた。
慶太郎はそれを見てフッと笑って、随分と軽くなってしまった信乃を抱き上げた。
「どういう手筈で行く?」
「うちに運んで、この人の身形を整える。喜多屋の嫁選びはうちの店で行われるから、隣の部屋で寝かせて置こう。ここぞという時を見て、先に道具を披露する。後は蓮治さん次第だ」
「それで思い留まってくれるか?」
「けいちゃん、蓮治さんは信乃さんの事を口に出さずに二十年間も想っていたんだよ? 遊んではいたけど誰も本気で相手にせず、ずっと独り身を通して来たのだってこの人の為だ。今さら捨てるなんてあり得ない」
他の何を手放しても、信乃を手放す事だけはありえない。
ただそれを知っているのが蓮治自身と三津弥くらいで、よりにもよって信乃が知らない所為でこんな事になってしまった。
そろそろこんがらがり過ぎた糸を整理してあるべき姿に正すべきだ。
「この二人さえ、上手くいってくれたら……」
「三津弥」
「わたしも心から笑える」
にっこりと綺麗に笑った幼馴染を慶太郎が抱き寄せた。
この健気な幼馴染にいい人が見つかるといい。
今度はきっと幸せになって欲しいと願いながら手を離した。
「それじゃあ殴り込むとするか」
慶太郎は不敵に笑うと三津弥と二人で信乃と道具を店に運んだ。
店に着いてから眠ったままの信乃の髭を当たらせて身体を拭き、髪を梳って透けた絽の着物を着せた。
「おい、これはちょっと――」
すっかり薄くなった信乃の身体が薄らと透けて見え、その妖しくも艶めかしい様子に慶太郎が焦ったように目を逸らせた。
「信乃さんは自分が色っぽいという自覚が無いからね。このくらいしなくちゃ」
そう言う自分だって色気がある癖に無自覚じゃないか、と思いつつ慶太郎は自分はどうすればいいか訊いた。
「けいちゃんは、信乃さんの意識が少しでも戻った時に重湯を飲ませて。お医者様は脱水症状が一番怖いと言っていたから、砂糖を入れた麦湯を口に含ませるのでもいいから」
「分かった」
慶太郎は真剣な表情で頷いて、うつらうつらと目を覚ます信乃に何度も麦湯を飲ませて重湯を口に含ませた。
それは胸の痛む事ではあったが、慶太郎の心を甘く満たして慰めた。
(信乃と二人きりになれるのはきっとこれが最後だ)
自分から去っていった信乃も今はおとなしく腕の中に収まっている。
本当はこのまま攫っていきたいが、信乃はもう自分のものではないから。
渡すべき人に渡さなければいけないから――。
(これが最後だ)
慶太郎は僅かな時間を愛おしんだ。
やがて隣の間がガヤガヤと騒がしくなり、客が次々と案内されてきた。若い女性も連れられている所為か、白粉の匂いが襖を隔てていても匂ってくるようだった。
三津弥は蓮治を信じているような事を言っていたが、慶太郎はこの騒ぎを見るにつけ冷静ではいられない。
(信乃をここまで追い詰めて何がしたかったんだ!)
慶太郎はどういうつもりなのだかとくと見せて貰おうじゃないかと思った。
***
「お集まりの皆様、本日は喜多屋の為にありがとうございます。皆様がお連れの方々は、喜多屋の嫁に相応しいと思われた素晴らしい娘さんばかりでしょう。ご紹介に預かる前に喜多屋の――いえ、わたしの秘事を打ち明けてしまいたいと思います」
その言葉にガヤガヤとざわめきが拡がる。慶太郎も何を言い出すのかと隣の部屋でドキドキしていた。
蓮治は黙ったまま桐箱を取り出し、掛け紐を解くと慎重な手付きで蓋を開けて中身を取り出した。
「光明の最高傑作と謳われた中棗です」
「まさかっ!」
「あれは行方不明の筈だろう!?」
それぞれに金も身分も教養もたっぷりとある筈の男達が見苦しく騒いだ。しかしそれも仕方がない。
幻の中棗は収集家には垂涎の一品だったし、見付けたら献上せよとお上からも言われた程の名品なのだ。
「ですが、本当の作者は光明ではありません」
「なに?」
蓮治の言葉に人々が不審そうに眉を寄せる。しかし蓮治は構わずにズバリと言い切った。
「これを作ったのは光明の最後の弟子、信乃です」
「まさかっ!」
「これが真作じゃないなどとそんな!」
有り得ない、嘘だろうと暴動でも起こしそうに興奮しきって詰め寄る人々に蓮治が言う。
「師匠への思慕の念が造らせたこれを、悪質な道具屋が言葉巧みに取り上げて光明の作と偽った。また光明を凌ぐ程の出来だった事が災いしました。どういう巡り合わせなのか、道具屋からこれを手に入れたのが私の命の恩人で茶の湯の先生でした。その方が亡くなる時に私に託してこう仰ったのです。『これは決して表に出してはいけない。例え金に窮しても、一時手放すだけでもいけない。蓮治ちゃんにあげるのではないのだからね。信乃ちゃんの代わりに預かって貰うだけだからね』と。ですからこの先何があっても、中棗には決して手を付けずに済むだけの持参金を用意出来る人をと言いました」
「そんな……」
辺りがシンとして、それぞれが憑かれたような瞳で中棗を見詰めた。
光明の真作では無いと聞いても誰もがそれを手に入れたいと思っている様子だった。
その時スッと襖が開き、道具を仲居に運ばせた三津弥が入ってきた。
元々が白い肌は血の気が感じられないくらい蒼白になり、肩の骨や顎が尖って小さくなった身体は痛々しい程だった。
三津弥が焦って声を掛けようとした時、一呼吸早く信乃が声を発した。
「あぁ、丁度良かった。これを、蓮治のところへ持って行ってくれ。俺からの、祝いだと言って……」
信乃が差し出したのは鏡台を始めとした化粧道具一揃えだった。
朱金に光る螺鈿細工のそれはそれは華やかな様子だった。
「信乃、さ……」
三津弥はそれを見たら声が詰まり、ボロボロと涙が溢れ出してしまった。
その道具の見事さもさる事ながら、信乃が一体にどんな気持ちでそれを造ったかと思うといじらしくてやり切れない。
(今わかった。この人は蓮治さんを愛している。身を削ってもぎ離すようにしなければ離れられないほど、分かち難く思っている)
「あなたは、馬鹿です……」
一言好きだと告げれば蓮治は喜んで受け入れただろうに、自分の気持ちを告げずに道具を作った。
信乃は馬鹿だと三津弥は思った。
涙の止まない三津弥の代わりに今度は慶太郎が言う。
「それは、あなたの手で届けなくちゃいけない」
「……それぁ、勘弁して欲しぃなぁ」
信乃はささやかな笑みを浮かべてそう呟いて、ふらりとその場に頽れた。
「信乃さんっ!」
慌てて二人が駆け寄ったら信乃は寝ていて、体力が尽きただけだと知って取り敢えずは安心した。
「三津弥、俺はこの人の気持ちを蓮治さんに届けたい」
「当たり前だ。信乃さんの気持ちが通じないようなら、蓮治さんなんてこっちから縁を切ってやる!」
睫毛に涙の水滴を載せたまま三津弥が目を怒らせた。
慶太郎はそれを見てフッと笑って、随分と軽くなってしまった信乃を抱き上げた。
「どういう手筈で行く?」
「うちに運んで、この人の身形を整える。喜多屋の嫁選びはうちの店で行われるから、隣の部屋で寝かせて置こう。ここぞという時を見て、先に道具を披露する。後は蓮治さん次第だ」
「それで思い留まってくれるか?」
「けいちゃん、蓮治さんは信乃さんの事を口に出さずに二十年間も想っていたんだよ? 遊んではいたけど誰も本気で相手にせず、ずっと独り身を通して来たのだってこの人の為だ。今さら捨てるなんてあり得ない」
他の何を手放しても、信乃を手放す事だけはありえない。
ただそれを知っているのが蓮治自身と三津弥くらいで、よりにもよって信乃が知らない所為でこんな事になってしまった。
そろそろこんがらがり過ぎた糸を整理してあるべき姿に正すべきだ。
「この二人さえ、上手くいってくれたら……」
「三津弥」
「わたしも心から笑える」
にっこりと綺麗に笑った幼馴染を慶太郎が抱き寄せた。
この健気な幼馴染にいい人が見つかるといい。
今度はきっと幸せになって欲しいと願いながら手を離した。
「それじゃあ殴り込むとするか」
慶太郎は不敵に笑うと三津弥と二人で信乃と道具を店に運んだ。
店に着いてから眠ったままの信乃の髭を当たらせて身体を拭き、髪を梳って透けた絽の着物を着せた。
「おい、これはちょっと――」
すっかり薄くなった信乃の身体が薄らと透けて見え、その妖しくも艶めかしい様子に慶太郎が焦ったように目を逸らせた。
「信乃さんは自分が色っぽいという自覚が無いからね。このくらいしなくちゃ」
そう言う自分だって色気がある癖に無自覚じゃないか、と思いつつ慶太郎は自分はどうすればいいか訊いた。
「けいちゃんは、信乃さんの意識が少しでも戻った時に重湯を飲ませて。お医者様は脱水症状が一番怖いと言っていたから、砂糖を入れた麦湯を口に含ませるのでもいいから」
「分かった」
慶太郎は真剣な表情で頷いて、うつらうつらと目を覚ます信乃に何度も麦湯を飲ませて重湯を口に含ませた。
それは胸の痛む事ではあったが、慶太郎の心を甘く満たして慰めた。
(信乃と二人きりになれるのはきっとこれが最後だ)
自分から去っていった信乃も今はおとなしく腕の中に収まっている。
本当はこのまま攫っていきたいが、信乃はもう自分のものではないから。
渡すべき人に渡さなければいけないから――。
(これが最後だ)
慶太郎は僅かな時間を愛おしんだ。
やがて隣の間がガヤガヤと騒がしくなり、客が次々と案内されてきた。若い女性も連れられている所為か、白粉の匂いが襖を隔てていても匂ってくるようだった。
三津弥は蓮治を信じているような事を言っていたが、慶太郎はこの騒ぎを見るにつけ冷静ではいられない。
(信乃をここまで追い詰めて何がしたかったんだ!)
慶太郎はどういうつもりなのだかとくと見せて貰おうじゃないかと思った。
***
「お集まりの皆様、本日は喜多屋の為にありがとうございます。皆様がお連れの方々は、喜多屋の嫁に相応しいと思われた素晴らしい娘さんばかりでしょう。ご紹介に預かる前に喜多屋の――いえ、わたしの秘事を打ち明けてしまいたいと思います」
その言葉にガヤガヤとざわめきが拡がる。慶太郎も何を言い出すのかと隣の部屋でドキドキしていた。
蓮治は黙ったまま桐箱を取り出し、掛け紐を解くと慎重な手付きで蓋を開けて中身を取り出した。
「光明の最高傑作と謳われた中棗です」
「まさかっ!」
「あれは行方不明の筈だろう!?」
それぞれに金も身分も教養もたっぷりとある筈の男達が見苦しく騒いだ。しかしそれも仕方がない。
幻の中棗は収集家には垂涎の一品だったし、見付けたら献上せよとお上からも言われた程の名品なのだ。
「ですが、本当の作者は光明ではありません」
「なに?」
蓮治の言葉に人々が不審そうに眉を寄せる。しかし蓮治は構わずにズバリと言い切った。
「これを作ったのは光明の最後の弟子、信乃です」
「まさかっ!」
「これが真作じゃないなどとそんな!」
有り得ない、嘘だろうと暴動でも起こしそうに興奮しきって詰め寄る人々に蓮治が言う。
「師匠への思慕の念が造らせたこれを、悪質な道具屋が言葉巧みに取り上げて光明の作と偽った。また光明を凌ぐ程の出来だった事が災いしました。どういう巡り合わせなのか、道具屋からこれを手に入れたのが私の命の恩人で茶の湯の先生でした。その方が亡くなる時に私に託してこう仰ったのです。『これは決して表に出してはいけない。例え金に窮しても、一時手放すだけでもいけない。蓮治ちゃんにあげるのではないのだからね。信乃ちゃんの代わりに預かって貰うだけだからね』と。ですからこの先何があっても、中棗には決して手を付けずに済むだけの持参金を用意出来る人をと言いました」
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