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第一章

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 香澄よりも先に本殿についていた雪斗は辺りを見回すと香澄に尋ねた。

「ねえ、どこにあるの?」
「ま、待って。一緒に行くから」
「お姉さん、遅いよ」

 仕方がないなと、雪斗はようやくスロープを上がりきり鳥居をくぐった香澄の元へと戻ってくる。夕暮れ時の天神さんは以前来たときよりも厳かで凜としていた、そして静かだ。静かすぎて少し怖いぐらい。

 けれど雪斗はそんなことはお構いなしに香澄の手を引っ張ると石畳の上を器用に駆け、本殿の前へと香澄を連れていった。

 香澄はどこかに猫宮司がいないかと辺りを見回すけれど、不在にしているのかその姿は見つからなかった。信仰を取り戻せと言うから参拝客を連れてきたというのにどういうことだ。

「お姉さん?」
「あ、うん。猫神社はこっちだよ」

 この間は猫宮司に案内されて通った道を今度は香澄が案内しながら歩く。本殿の隙間を通り抜け、裏手に回る。雪斗は何度も「ここって入っていいの?」「神社の人に怒られない?」と不安そうにキョロキョロしながら香澄の身体にピッタリとくっついていた。

「ほら、ここだよ」
「ホントに猫だ」

 賽銭箱の裏に設置された猫たちの彫刻を見て雪斗は少し驚いたように言う。そして目を閉じると手を合わせた。

「お願いします。日曜日を雨にしてください」

 雪斗は真剣な表情で猫神社に祈る。雪斗の隣に立っていた香澄はいつの間にか足下に猫宮司が来ていることに気づいた。

「雨になんぞできないぞ」

 その声が雪斗に聞こえてしまわないか焦ったけれど、お祈りに夢中な雪斗は猫宮司の存在にすら気づいていないようだった。香澄は雪斗に気づかれないようにしゃがむと猫宮司に話しかける。

「雨にできないってどういうこと?」
「この神社への信仰があった頃ならいざ知らず、今はもうそんな力なぞ残っていない」
「じゃあどうやって信仰を取り戻すのよ」
「それを考えるのがお前の仕事だろう」

 何を当たり前のことを言っているんだと言わんばかりの表情で猫宮司は言う。なんという丸投げ。願いごとを叶える力もないのにどうやってこの神社を信仰しろと言うのだ。

 香澄が恨みがましい目で猫宮司を見ていると、ようやく雪斗がその存在に気づいた。

「あっ猫だ! もしかしてこの子が猫宮司?」
「う……」

 言い淀む香澄を尻目に猫宮司は言った。

「いかにも。私が猫宮司。めめ刀自命の神使だ」
「ちょっ」

 いきなり喋ったりしたら雪斗がビックリするじゃないか。そう文句を言おうと思ったけれど、雪斗は気にしていないどころか猫宮司の頭を笑顔で撫でた。

「可愛いなぁ」
「かわ、いい?」

 このふてぶてしい存在が可愛いと? 憎たらしいの間違いでは? そんなことを思っていると猫宮司は馬鹿にしたように言った。

「言っとくがお前以外には私の声は聞こえてない。この子どもには愛らしい猫が『にゃあにゃあ』泣いているように聞こえているんだ。そんな表情をしていると、このお姉さんは猫が嫌いなんだろうか、と疑問に思われるぞ」
「それを先に言ってよ!」
「何を先に言うの?」

 声を荒らげた香澄に雪斗は不思議そうに首をかしげる。慌てて「なんでもないの」と誤魔化したけれど、猫宮司がおかしそうに笑うのを見て小声で「もうおにぎり持ってきてあげない」と囁くと、慌てた様子でわざとらしくすり寄りながら「なぁあ」と鳴いていた。

「猫ちゃんが猫宮司なら、お願いだから日曜日を雨にしてください」

 足下の猫宮司に必死に頼む雪斗の姿に胸が痛くなる。なんとか願いを叶えてあげたい。けれどどうやって雨にすれば……。

 けれど思い悩む香澄とは正反対に猫宮司は「なぁ~~」と鳴いた。それはまるで雪斗の願いを聞き受けたとでも言わんばかりに。

 雪斗を送り届けレインボウへと帰ってくると香澄は帰りに買ったコロッケを食べながら色々なサイトで天気予報をチェックした。けれどどこも週末の天気は晴れ。なんなら前日の土曜日についていた曇りマークも日曜日には跡形もなく消えており『絶好の運動会日和となるでしょう』なんて書かれている。これをどうやって雨にするというのだ。

 眉唾だとはわかっていても念のため雨を降らせる方法も調べてみたけれど、雨乞いや儀式、おまじないといった非科学的なものしか出てこない。いや、猫宮司の存在が非科学的なのに、今更科学だ非科学だといっても仕方ないのだけれど。

 正直、弥生の遺言の件がなければあの神社の信仰が途絶えようと香澄には関係ない。そもそも信仰を取り戻したところで本当に弥生に会わせてもらえる保証なんてないのだから。
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