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第四章

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 片付けの終わった商店街はまたガランとした少し寂しい姿に戻ってしまった。けれど、これで終わりではない。辻は早瀬に「またお化け屋敷をやらへんか」と声をかけていた。

 早瀬も元々イベント事業に興味があるらしく、今度は祭りの企画から一緒に建てると張り切っていた。今回のことをきっかけに商店街の中も活性化していくと、そんな未来が見えるような気がした。

「それにしても、ほんま君らのおかげやわ。ありがとうな」

 雲井の言葉に早瀬は香澄の姿を一瞬視界におさめ、そしてニッと笑った。

「違いますやん、雲井さん。全部猫神社の猫宮司のおかげ、ですやろ? なんせ俺ら、猫宮司の使いから『動け~』言われて動いたようなもんですから」

 早瀬が言うと雲井は一瞬驚いたような顔をして、それからくしゃっとした笑顔を浮かべた。

「せやな。猫宮司様々やわ。今度なんぞお礼に行かなあかんな」
「なんやあの猫宮司さん、おかかおにぎりが好きらしいですよ。ね、香澄さん」
「え、あ、うん」

 突然言葉を向けられて戸惑いつつも頷いた香澄に雲井は「おかかおにぎりって猫食べていけるんかいな。猫まんまと一緒ったって……」とブツブツ呟いていた。

「ありがと」

 雲井の目を盗み、早瀬に礼を言うとふっと微笑みを浮かべた。

「礼なら青崎に言うてやってください。俺らみんなあいつに頼まれただけなんで」
「青崎君に?」
「はい。香澄さんのために手伝ってほしいって。愛されてますね」
「愛って……」

 そんなわけないよ、と笑い飛ばそうとした。冗談だってごまかそうとした。けれど、早瀬はそんな気持ちをわかってか、真剣の目でまっすぐに香澄を見つめた。

「ほんまは気づいてますよね、青崎の気持ち」
「……それ、は」

 口ごもる香澄をしばらくジッと見つめたあと、ふっと表情を緩め肩をすくめた。

「わかったってくれてるんやったらええんです。それ以上は俺が何か言うこととは違うんで」
「早瀬君……私、」
「あ、向こうでなんや言うてはるわ。俺ちょっと行ってきますね」
「え、まっ」

 香澄の言葉を聞くことなく、早瀬は手招きしている友人たちの元へと駆けていく。

「香澄さん?」
「え、って青崎君? いつからそこに」
「今ですけど……。あれ? 早瀬のやつ、何やってるんです?」

 突然後ろから現れた青崎に香澄は動揺を隠せない。けれど青崎は不思議そうにそんな香澄を見つめている。

「香澄さん? どうかしたんですか?」
「ど、どうもしないよ」
「そうです? あ、片付けあと何がありますか?」

 至って平然と尋ねてくる青崎に、香澄は何とか指示を出す。そして青崎がその場を立ち去ってからホッと胸をなで下ろした。

『ほんまは気づいてますよね、青崎の気持ち』

 早瀬の言葉が頭の中で反芻される。わかっていない、と言ってしまえば嘘になる。けれど、確かめたわけでもない他人の気持ちなんて推測することはできても本当の気持ちなんてわかるわけがない。香澄が勝手に青崎の気持ちを勘違いして受け取っている可能性だってあるのだ。

 ……と、今まで逃げ続けてきた。けれど、もし――。

 もしも早瀬が思うようなことを青崎から言われたとしたら、いったい何と返事をするだろう。その答えを出す日は、思っている以上に近いのかも、しれない。

 秋祭りの賑わいが嘘のように静かになったほほえみ商店街。レインボウ内で洗い物をしていた香澄は、ドアベルの鳴る音に顔を上げた。

「香澄さん、長机返してきました」
「最後まで手伝ってくれてありがとう。皆待ってるから、青崎君も早く雲井さんのお店に行ってね」

 雲井の店でカレーが食べたい、と言っていた早瀬の達ての願い通り、雲井の店では今『秋祭りお疲れさま会』が開かれている。しかもなんと代金は辻持ちだというから驚きだ。それだけ早瀬たちの働きに感謝しているのだろう。

「香澄さんは行かないんですか?」

 首をかしげる青崎に、香澄はそっと腕時計に視線を落とした。

 十七時だ。

 ――昨日の夜、どこで調べたのか店に黒田から電話がかかってきた。昔ながらの真っ黒の電話を耳に当てると『黒田だ』と電話の向こうの相手は言った。

『遺言状は見つかったのか』
「……まだ」

 悔しくて俯く香澄の耳に、黒田の鼻を鳴らす音が聞こえた。

「明日の十八時にそっちへ向かう」

 香澄の返事を聞くより早く、黒田は電話を切ってしまう。プーップーッと聞こえる受話器を、香澄は握りしめたままその場から動けずにいた。
 ――そんな黒田との約束の十八時まで、あと一時間だ。

「ちょっと買い忘れたものがあるから、それだけ買ってから行くね」
「俺付き合いますよ?」
「いいから、いいから。すぐに行くから気にしないで」

 青崎はどこか名残惜しそうだったけれど、香澄がもう一度「ね?」と言うと渋々「わかりました」と雲井の店へと向かった。

 こんなに気にかけてくれる青崎にも本当のことを言えていないのは不義理じゃないかと香澄は思う。青崎だけじゃない。雲井も早瀬も、もしかしたら辻さえも、香澄の今の状況を知れば黙っていたことを怒るかも知れない。

 けれど、みんなが香澄のことを思ってくれているのがわかるからこそ、香澄は本当のことを言えなかった。

 猫神社へ向かうため、商店街を出ると歩き慣れた道のりの一人歩く。この二ヶ月、何度も何度も歩いた道だ。それも今日で終わりだ。どちらの結果に、なったとしても。

 真っ赤な鳥居をくぐり、横断歩道を渡る。木々のざわめきと猫の鳴き声が聞こえる石段を登ると、本殿横の隙間から猫神社へと急いだ。

「遅かったな」

 そこには香澄が来ることがわかっていたであろうテンテンが、いつものように膝を組み賽銭箱の上に座っていた。

「うん、片付けしてたから」

 猫神社に風が吹き抜ける。山の中にあるここは少しだけ平地よりも肌寒い気がする。香澄は肩にかけたカーディガンをそっと引き寄せた。

「ふん。秋祭りは上手くいったようだな」
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