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第四章

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「凄くいいお祭りだったよ。皆楽しそうだったし、次の企画も動き出してた」

 先程までの光景を思い出すと胸の奥があたたかくなるのを感じる。たくさんの人の笑顔がそこにはあって、客も店の人間も皆楽しそうに笑い合っていた。

 あれがきっとほほえみ商店街の本来の姿なんだと思う。きっとこれから失ってしまったあの姿をもう一度取り戻して行くのだろう。そのときも香澄はあの場所にいたいのだ。

「テンテン、力はどう? おばあちゃんに会えそう?」

 香澄の言葉にテンテンは右手の手のひらをジッと見つめ「ああ」と呟いた。

「これだけ力が取り戻せれば十分だ。よく頑張ったな」

 珍しく優しい口調のテンテンに、香澄は胸の奥が重くなるのを感じた。

「テンテ……」
「弥生に会わせてやる。ただし、その結果がお前の望んでいるものではない可能性もあることを忘れるな」
「……うん」

 香澄が頷くのを見届けると、テンテンは香澄の隣に手のひらを翳した。手のひらから放出された光は香澄のそばで真っ白の靄を生み出し、そして弥生の姿を映し出した。

「おばあ、ちゃん」

 手を伸ばしても触れることはできない。だけど、たしかにそこにいた。

「香澄ちゃん」
「おばあちゃん! おばあちゃん!」

 涙が次々と溢れだして止まらない。二ヶ月ぶりに聞いた弥生の声は、生きているときと変わらず優しくてあたたかかった。

「おばあちゃん、私……私……」
「香澄ちゃん?」

 香澄は弥生にこの二ヶ月のことを話す。弥生が死んでから黒田が店を訪れたこと。遺言状が譲渡されたため店も自宅も黒田に取られそうなこと。その期限が今日なこと。涙混じりになりながらも必死に伝えた。

「だから、おばあちゃんが用意していた新しい遺言状が必要なの」
「あらあらあら」

 香澄の言葉に弥生は頬絵に手を当て困ったような声を出す。

「遺言状は……まだあらへんのよ」
「え――。でも杉下さんはおばあちゃんが作ったものを預かる予定だったって」
「そのつもりやってんけどね、私が作ったんが間違ってたら二度手間になるさかいに、杉下さんに今度来てもろて一緒に作って預かってもらおうと思っててんよ」
「それじゃあ、遺言状は――ないってこと?」

 足が震える。どんどん力が抜けていくのを感じる。立っているのが精一杯で、一瞬でも気を抜けばその場に座り込んでしまいそうだった。

「せやけどね、黒田さんは私が昔お世話になったとってもええ人やねんで。せやからそのお孫さんもきっとええ子よ。話したらわかってくれる思うねん」

 ――知ってるよ。困っているときにお金を貸してくれたんだよね。でも、その人の孫だからって、同じようにいい人だとは限らないんだよ。

 そんな言葉が喉まで出かかった。香澄の元を訪れたその黒田の孫であるあの男が話せばわかってくれるような人間であれば、きっと今頃こうやって弥生の前に立っていなかっただろう。

 けれど不安そうに香澄を見つめる弥生の姿に、何も言えなくなる。黒田を信じ切っている弥生にこれ以上の心配をかけてはいけないと香澄はへらっとした笑顔を作りそうになって――必死に口角を上げた。笑え、心配をかけるな。

「そうかも、しれないね」

 香澄の答えに安心したのか、弥生も小さく笑みを浮かべた。

「……そういえば」

 話を変えようと、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。

「救急車の中で最期に何を言おうとしてたの?」

 遺言状のことだとそう思っていたけれど、書いてなかったのだとしたら命の灯が消えそうになっていたあの瞬間、一体弥生は何を伝えようと思っていたのか。
 香澄の問いかけに、弥生は優しく、でも寂しそうに微笑んだ。

「香澄ちゃんのことが心配やってんな」
「私のことが?」
「そう。あなたは人に頼るんが苦手でいつだって全てを自分一人で抱え込んでしまうから。寂しいも悲しいも辛いも苦しいも一人で抱えて、私がおらへんようになったそのとき、あなたが周りから差し伸べられる手を受け取れるんか、心配やったわ。……なぁ、香澄ちゃん。辛いときは顔を上げて周りを見て。地面ばかり見とったら気づかへんこともある。あなたの周りにはあなたを心配してくれる人がたくさんおんねん。私がおらへんようになってもあなたは一人やない。そう伝えたかってんだけどね、時間が足りへんかったわ」
「おばあ、ちゃ……」

 次から次に涙が頬を伝う。拭っても拭っても溢れてくる涙はぽたりぽたりとこぼれ落ち、足下の地面に小さなシミを作っていく。

 弥生は香澄に向けていた優しい視線を、今度は猫宮司へと向けた。

「私の願いを、叶えてくれてありがとう」
「それがお前の願いだったからな」
「え……? どういう……」
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