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第四章

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「それで黒田が大事にしていたここを怖そうとしたんだな」
「そうだよ。……まあそれも、俺の勘違いだったみたいだけどな」
「え?」

 黒田はレインボウの中へと視線を向ける。薄暗いレインボウの中はこちらからでは殆ど見ることはできない。いったい黒田は何を見ているのだろう。

「中に、写真飾ってあっただろ」
「写真って、おじいちゃんとおばあちゃんの?」
「ああ。幸せそうに笑うお二人が笑っている写真を見て、うちのじいさんは片思いをしていただけなんだなって、そうわかった。写真だけじゃない。店の中にはあんたのばあさんが旦那さんをどれだけ愛していたかその欠片がいくつもいくつも残っていた。そんな人がうちのじいさんなんかに心揺れ動かされるわけがないってな」

 祖父を嘲笑うように黒田は言う。そこには『ざまあみろ』という思いが込められているように思えて胸が痛い。

「それでも、恨みを向ける相手が他にいなかった。ここの人のせいじゃないってわかったら、俺は、俺の母親は誰を恨めばいいんだ」

 黒田の手のひらが、痛いぐらいに握りしめられているのが見えた。

 弥生を恨むことで、なんとか精神を保っていたのかもしれない。だからといって、勘違いしてこの家を取ろうとしたことは許せることじゃない。でも、黒田自身も被害者なのではと思うと、これ以上恨むことはできなかった。

「黒田君、それは違うよ」
「……は?」

 それまで黙って話を聞いていた杉下は、静かに、けれど凜とした声で言った。

「君のおじいさんが弥生さんのことを大事に思っていたことは否定しない。それは僕ら二人ともそうだからね。でもだからといって、黒田が奥さんを愛していなかったかというとそうではない。二人はきちんと想い合って結婚した。それは僕が保証するよ」
「なんで、あなたにそんなことがわかるんですか」
「僕ら三人は幼なじみなんだ。幼なじみというか、兄妹みたいなものかな。五つ年下の弥生さんは僕らにとって可愛い可愛いお姫様だった。そこにあったのは恋愛感情ではなくて、例えるなら年の離れた小さな妹を愛するようなそんな感情なんだ」
「そんな、の」
「君のおじいさんは昔から口は悪いし態度も褒められたものじゃない。それでも奥さんのことを大切に想っていたよ。もちろん君のお母さんである娘さんのこともね。不器用で伝えきれなかったかもしれないけれど、家族のことを愛していたよ」

 黒田はもう何も言わなかった。ただほんの少しだけ険しかった表情が和らぎ、硬く張り詰めていた空気が溶けていったようなそんな気がした。

「あ、あの」
「どうしたんだい、香澄ちゃん」

 香澄は今を逃せばもう聞くことはできないと、尋ねることにした。そもそも香澄にはずっと疑問があったのだ。

「どうしておばあちゃんはこんな遺言状を残したんでしょうが」

 他人に対して家を譲るなんて、いずれ禍根の原因とならないわけがない。借金と引き換えとはいえ、それなら弥生にかけてあった生命保険や、借用書を用意しておけばいい話だ。わざわざこの店と家を譲ろうとするなんて、黒田じゃなくても何かあるのではと思われたって仕方がない。

 香澄の疑問に杉下は少し遠くを見るようなそんな目つきでレインボウを見つめた。

「香澄ちゃんには酷な話かもしれないよ」
「……大丈夫です」
「そう。……当時ね、君のご両親が起こした事故の損害賠償で弥生さんは多額の借金を負うこととなったんだ。もちろん保険だなんだで大半はなんとかなった。それでもどうしても足りない分が出てこの店を売ることまで考えたんだ」

 それは初めて黒田がこの店を訪れたときに聞いた話と同じだった。香澄が知らない、香澄だけが知らされなかった話。

「そんな弥生さんに僕は弁護士として、黒田は友人として支えていた。この店を売る話が出たときに、黒田が言ったんだ。『ここを売ってしまえば弥生さんも香澄ちゃんも生きる術を失ってしまう』『ご主人もいない。二人だけの状態で家もなしにどうやって生きていくんだ』そう言ってね、お金に余裕はあるから、と無期限無利子でお金を貸すことにしたんだ。けれど、弥生さんもただでそんな大金を貸してもらうわけにはいかないからと、あの遺言状を書いたんだ。もしも自分に何かあったとき、黒田に対して誠実にお金を返すことができるようにって」

 杉下はまるで見てきたように話す。不思議に思う香澄に、杉下は優しく笑みを浮かべた。
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