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危機一髪

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2013年5月18日
公園の脇にある手洗い場。
ジャーっと勢いよく蛇口から流れる水に、斗亜はタオルを濡らしながら何故自分が百花のためにこんな事をしなければといらいらしていた。
未来と二人きりになる為に、百花が何かしらてくるだろうとは思っていたが、まさか衣装を汚すまでするとは思わなかった。
プロ意識のかけらもない百花に呆れたため息が自然と出た。
それにしても、こんな僅かな時間二人きりになれたからって何ができる、いや、何かするには十分の時間があるのではと、斗亜はそう思い直すと急いで二人の元へ戻っていった。

 

東屋の中。
テーブルセットの片側のベンチに並んで座る未来と百花。

「あ~、駄目だ。これで拭いてももう意味ないよ。濡れたタオルじゃないと…」

乾いたタオルで百花のスカートの染みを落としてやろうと生地を擦るが、それに限界を感じ未来はそう呟いた。
そんな未来を止めるように百花はその手に自分の手を重ねた。
不意の事で未来は反射的に顔を上げた。
 
「未來君、好き」

未来と瞳が交わると百花は頬を薄らと染めてそう言った。
 
「は?」
「私、未來君の事大好き。未來君は?私の事、嫌い?」

潤んだ瞳を百花に向けられ、未来は思わず首を左右に振った。
 
「え、い、いやっ、嫌いじゃないけど…」
「本当?なら私と付き合ってくれるよね?」

さっきまでの儚げな雰囲気とは打って変わって、にこりと綺麗な笑みを浮かべる百花。
 
「えぇっ?いや、それはちょっとっ。僕恋愛とか興味ないしっ」
「何で?良いじゃん。付き合おうよ。私絶対未來君に好かれる自信あるし」

ぐいぐいと迫ってくる百花に、未来は圧倒されてしまう。
それにしても、どこからそんな自信が湧いてくるのかと未来は不思議でならない。
 
「でも、僕付き合うとかはちょっと…」
「お願いっ。付き合って。あ、そうだ。キスしよっか」
「はいっ?!」

いい事思いついたと瞳を輝かせる百花に、何をいきなり言い出すのかと、未来は驚きの声をあげた。
 
「キスしたらきっと私の事少し好きになると思うの。それと付き合った記念にっ。ね?しようよ?」
「っえ、っちょっ、ちょっと待ってっ。付き合った記念って、僕付き合うなんて一言も言ってっ、わっ!?」

ない、と、そう最後まで言わせて貰えず、未来の口に百花の人差し指がそっと宛てがわれた。

「しっ。大丈夫。キスしたら未來君もその気になるから…」
「っ!?なっ、ちょっ、待って百花ちゃんっ!待ってってばっ!」

あれよあれよと百花に押し倒されるも、なんとか彼女を止めなければと、でもどうしよう、どうしたらと混乱する頭では中々いい案は浮かばず、未来は百花の肩を弱々しく押しかえすしか出来ないでいると
 
「そのまましたら、それって結構なセクハラだと思うけど?」

東屋の入口の柱に体を寄りかからせ、斗亜がそう言って百花の行動を制した。
 
「斗亜君っ!」

斗亜が来てくれた事に良かった、助かったと、未来は安堵の声で彼の名前を呼んだ。
が、それが面白くない百花は、内心で舌打ちし、思った以上に早く帰ってきた斗亜を煩わしく思った。

「斗亜君、何言ってるの?ってかこういう時って気をきかせるものでしょ?それに、セクハラなんかじゃないわ。だって私達、付き合う事にしたんだから」
「はぁっ?!」

いけしゃあしゃあとそう言い切った百花に、未来は口を大きくあんぐりと開けた。

「へ~、それは知らなかった。でもその割には未來、凄く嫌がってたみたいだけど?」
「っ、そんな事ないわよっ。ねっ、未來君っ。嫌じゃないわよね?」

百花は力強く未来の手を握りそう言った。
まるで有無を言わせない彼女の気迫に未来は一瞬たじろぐが、深いため息を一つついて、そしてゆっくり百花の手を離した。
 
「…っごめん、百花ちゃん。嫌、かな」
「えっ?嫌…?」

まさかの未来からの否定の言葉に、百花は瞳を丸くし呆然とした。
 
「ごめんね。さっきも言ったけど、僕恋愛とか興味ないし、それに百花ちゃんにも興味ないから」

気まずそうに眉を下げながらも、未来は真っ直ぐに百花の瞳を見た。
 
「…え…?興味ないって、っでも私と付き合ったら未來君だって私の事っ」
「ごめん。はっきり言うけど、僕百花ちゃんの事全然タイプじゃないから。ごめんね」

きっぱりと未来から拒絶され、百花はわなわなと震える手をぎゅっと握りこんだ。
嘘だ。ありえない。私が振られるなんてと、百花は目の前の現実を中々信じられないでいると
 
「野村さん。この事は内緒にしといてあげるよ。振られたなんて知られたくないでしょ?だから二度と未來に近づかないでね?」

行こっか、未來、と、そう言って斗亜は未来の手を取った。そして百花を見下すように一度視線を向けると、さっさと未来と共に東屋を出ていった。
一人残された百花は、小さくなっていく二人の後姿を奥歯を噛み締めながら眺めた。
悔しい。
それに何より、まさか斗亜がライバルだったなんて、完全に盲点だったと、百花は思いもよらなかった恋敵の存在を知り、それに気づけなかった時点で自分は完敗だったとそう思った。
だが、きっと斗亜だって自分とさして変わらないのではと百花は思う。
きっと頑張ったって親友止まり。
きっと斗亜だって未來の恋人には一生なれないと、そんな気がすると百花は思った。
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