神官の特別な奉仕

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19 ノーマの決意

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「アンバー様、神兵共が帰りはいかがなさるかと聞いておりますが」


 神殿占拠から約一月。

 諸々の処理が済み、居残っていた最後の兵が引き上げることになった。

 神殿は完全閉鎖が決まり、外から入れないように神兵等によって釘が打ちこまれ、例え街の住人であっても許可なしではもう入る事はできない。


 建物自体は立派で比較的新しいものであるため、最初は新しい神官を派遣するという話も出た。
 しかし賊どもが作ったあの建物を神官等が嫌い、神殿で行われた奉仕の内容が教義的にも倫理的にも受け入れがたいとして、神殿として継続させる案は消えた。

 ただ中で祀られていた神像は、どこか名のある神像彫刻師が作った物だったのか大変良い物で、捨てるにはあまりにも忍びないとの神兵からの訴えにて、持ち帰り国の神殿にて祀られることが決まった。



「もう撤退か。ふむ、サーシャはどうする?」
「私めは、アンバー様にお供するゆえ。今なら騎馬での帰国が可能ですが、使わぬならそれで」
「しばし考える」


 もう国へ帰るところだったのだから、馬があるうちに帰れば早い。
 しかしまだ旅を楽しもうと思えば、サーシャと共にこの帰路の諸国漫遊を続けるのも良い。



「あの、聞いてもいい?」
「なんだ?」


 二人の話に、それまで空気のように黙っていたスルトが割って入った。


「あの、さ。お客の話に割って入るのは御法度なのは承知の上なんだけど、あの神兵ってどこから来たの? お客人たちとの関係は?」


「ほう、気になるか」


 サーシャが意味ありげにニヤリとした。


「知らない方が良けりゃそりゃ答えてくれなくていいよ。俺も命は大事だ」


 スルトは慌ててかぶりを振った。好奇心で身を滅ぼすことはこの界隈よくあることだ。


「いや、隠してる訳ではないからな。別に良い。あれは我が国の神兵で、サーシャの配下の隊だ」
「……その我が国とは」


 スルトは何だか嫌な予感がした。あの神兵どもが纏っていた鎧に刻まれたシンボルは……。


「うむ。スーシリアム神皇国だな」


 スーシリアム神皇国と聞き、スルトだけではなくその隣にいたノーマまでもが青ざめる。

 スーシリアム神皇国と言えば、この街の神殿でも祀られていたサスリーム神を信仰するスーシリアム神教の中枢、中央と呼ばれる国である。


「え、うそ。この大陸で一番でかい国じゃん。え、お客人の兵って? もしかして凄く位が高いとか? まさか貴人…?」

「まあ、貴人かどうかはさておき、我が家門は神兵どもの管理を任されていてな。我の隊も中隊程度か。とはいえ勝手には動かせぬよ。今回も手順を踏んで派遣要請を致した。まあ大神官はかなりお怒りのご様子で、思っていたよりも早うに進みましたがな」
「な、なるほど。それでお客人、ここのところ神殿の方によく行ってたんだ」


 スルトは諸々聞かなかったことにして、とりあえず納得した。

 しかし大神官の怒りと聞き、傍ではノーマがより一層顔を青くさせていた。


 アンバーからはここで自分が行っていた奉仕が、本来神殿ではタブーであることを知らされたばかりである。
 スーシリアムの名を騙り貶めたと処罰されても仕方がないとノーマは覚悟した。


「ノーマ殿、そう思い詰めませんように。ノーマ殿については、保護はあれど処罰などありえませぬぞ。そこは中央の神殿も承知しております」


 ノーマの処分については、サーシャが憐憫や同情ではなく、事実として処罰はないとはっきりと述べた。
 だが実際のノーマの処遇についてどうなるのかについては、これから沙汰が下るらしい。



「それで二人はまだここにいるんだろう?」 


 スルトが念押しのように聞いた。


「そうだな。騎馬は諦め、しばらくしたらまたふらふらと旅を続けるか」
「それも愉しゅうございますな」


 話は決まったとばかりにサーシャは立ち上がり、自身の隊を見送るために部屋を出て行った。




   △△△




「アンバー様、これから俺と散歩に行きませんか」


 食事も終わり、そろそろ寝仕度かという段階になって、急にノーマがアンバーを散歩に誘った。

 今日は天気も良かったから、きっと月もきれいだろう。夜に出かけるのはあの神殿にノーマを助けに行って以来だ。


「ああ。サーシャ、少しでてくる」


 アンバーはそう言うと長衣を手に取り立ち上がった。





 夜の街はとても静かだった。


 神殿が閉鎖され、ノーマの治癒も受けられなくなった街に訪れる者はいなくなり、夜でもあれだけ賑やかで明るく照らされていた街は、一転暗く静かな街に変わった。

 二人は寂れた歓楽街を抜け、神殿近くまで来るとノーマはこの街のシンボルでもあった、光り輝く塔を見上げた。


 閉鎖された神殿は、まるでもう何年も使われて居なかったかのように寂れ、窓から室内を覗くことすら憚る。

 それなのに塔だけは以前と変わらずキラキラと月の光を反射し、燦然としていた。


「……この塔の外壁には、貝殻が使われているんだって。俺は見たことないんだけど、海にいる貝には、白く輝く殻をもつものがあって、それを薄く削って貼り付けてあるらしい。それはすごく高価で、俺の力をより神秘的に見せるために効果的だといって、塔の壁面に嵌め込まれたんだ」


 ノーマはまるで独り言のように、小さな声でアンバーに語った。

 そうやってこの塔はノーマの為に建てられた。ノーマを神聖化し、信者を増やし、金を搾り取るために。



 塔の壁に手を当てたまま、ノーマは壁沿いにぐるりと周り、今度は回廊の壁を伝って、祈りの場の扉に出た。

 ここも神兵らに閉鎖され、扉はしっかりと打ち付けられていた。


「もう、ここで祈ることはできない、か 」


 名残惜しそうに扉に刻まれたレリーフをノーマは指で撫でた。


「中で祀っていた神像は、神兵が丁重に我が国の神殿へ持ち帰った」


 そうアンバーが伝えると、ノーマは少し安堵し目尻を下げた。 


「夜にここで祈る時、燭台の蝋燭を点すと神像に後光がさすように光るんだ。それはとても神々しくて…それをあなたにも見せたかった」


 しばらく思いを馳せた後、ノーマはアンバーの手を取った。


「アンバー様、さあ行きましょうか」



 虫の声だけが響く暗い道を月のあかりだけを頼りに歩を進め、ノーマがアンバーを連れて行ったのは、あの湖だった。
 ノーマは座り心地の良い密度の高い草の生えた地面に腰を下ろすと、アンバーも座るように促した。


「ここも久々だな」


 隣を見るとフードも被らず、月明かりに顔を晒したノーマが湖面を見つめている。 


「……ここは俺にとって思い出の場所です。あの時俺はアンバー様に冷たい態度をとってしまったのに、アンバー様は俺に優しくしてくださった」


 そう言うと、アンバーの肩に凭れかかり、何か訴えかけるような目をむけた。


「どうした?」
「今日は口付けを下さらないのですか」


 今日のノーマはいつもより感傷的になっている。昼間の話がわだかまりとなり心に燻っているのかもしれない。

 アンバーは求めに応じ、顔を斜めに傾けると唇を重ねた。ノーマの唇は薄いが柔らかい。
 軽くちゅっと吸い上げ何度も啄みながら、ノーマの腰を抱き引き寄せる。

 前にサーシャが夜にノーマと会うことを逢瀬と揶揄したが、案外的を射ていたなとアンバーは後になって思った。

 ノーマは大人しくアンバーの肩に頭を預け、目を閉じていた。


「……ここで食べさせて頂いた杏の実。薬で朦朧としている時、頭にあったのは杏の実の味でした」


 そう言うと、凭れていた体を起こし、縋り付くようにアンバーの服を握り締めた。


「俺をどうぞお供としてお連れください。お願い致します。アンブリーテス様」
「ノーマ……?」
「神殿にご寄進頂いた時にお使いになられたアンブリーテスという御名は、スーシリアム神皇国の皇子の名と神官長から聞きました。今日話を聞くまで、まさかとは思っておりましたが」


 そして、縋り握りしめていた手を解くと、地面に平伏した。


「これまでのご不敬をお許しください。どうか私を国までお連れください。神の国で祈りを捧げとうございます」
「ノーマ、顔を上げろ。俺は最初から国へ連れていく予定であった」


 アンバーはノーマを抱き起こした。


「サーシャにはそのつもりで話はしている。あとはノーマの状況次第だと思っていた。……しかし、神皇国へ行っても神官の職は与えられない可能性は高い。それでも良いか 」


 ノーマの神官という位は、ここの神殿が勝手に作り上げたもので、中央の神殿が認め与えたものではなかった。


「……神職の位はもとより欲しておりません。それに国へ着いたら俺のことなど捨て置いて頂いて構いません。何よりアンバー様と共にここを発てることが俺の望みです」


 そう言うとノーマは顔を歪め、大粒の涙をこぼした。


「必ず!お役に立てると誓います!元々は山の民。荷物持ちでも何でも致します」


 アンバーが抱き寄せると、ノーマが背中にしがみつく。


「ノーマ、一緒に行くぞ」


 その言葉にノーマは「はい」と震える声で嗚咽を漏らした。
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