クズ男はもう御免

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5 見せしめ

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「なあ、ここ……前来たときこんなだったか」
 
 ロイが戸惑ったような声を出した。
 そこはこの間、男が声をかけてきたあの"ライラック夫人の娼館"だった。
 
 あの日からこっそりと4人はこの裏路地を探索していたが、迷路のような道に幾度も迷い、なかなかこの娼館までたどりつけなかったのだ。
 
 そうはいってもそれほど日数は経っていない。そのはずだなのが、あの時よりも建物は古ぼけて見えた。鎖が巻き付けられ開かない扉が、今は営業していないことを物語っている。
 
 あのときは暗くてよく調べなかったが、窓は何年も掃除されていないのか埃やつちぼこりで真っ白になり、店の中など見えない。たった数日でここまでなるだろうか。
 
 まさか建物を間違えたのかと思ったが、あの特徴的な花と女性の絵が描かれた看板を見間違うはずもなかった。
 
「……おい。まさか欺かれたか」
 
 4人が全員真っ青になった。やはりあのときの男は何か知っていたのだ。
 ここならば、誘拐してきた女性らを一時的に監禁するにしても怪しまれない。
 
 これは上に報告すべきだと、レイズンは思った。
 
「一旦戻ろう。ここは戻って報告すべきだ!」
 
「あ、ああ」
 
 レイズンの言葉にラックも頷く。もしかすると犯人らが拠点にしていた場所を掴んだかもしれないのだ。これは大手柄かもしれない。
 
 レイズンが踵を返して広い道に戻ろうとした時、背後から鈍い音とともにロイとアレンの小さな悲鳴、そして何かが倒れる音が聞こえた。
 
(……え?)
 
 嫌な予感がし、立ち止まり振り返ろうとしたとき、ラックの怒声と剣を交える金属音が響いた。
 
「レイズン!! 走れ!!」
 
「ラ、ラック……!? ……っぐ」
 
「レイズ……!!」
 
 ラックの叫びも虚しく、レイズンは頭に衝撃を受け、目の前が真っ暗になった。
 
 
 
 
 ーーー
 
 
 
 カビ臭い。そして冷たく硬い床の上でレイズンは目を覚ました。
 石の床の上に投げられでもしたのか、頬骨あたりが痛い。
 
 意識がはっきりと覚醒してくると、今度は後頭部にズキズキとした痛みが加わり、そして後ろ手に縛られた手首の痛みまでも感じ始めた。
 
「い、……いてててて」
 
 体を持ち上げようとしても、うまく持ち上がらない。長くこの体勢でいたのだろう。
 
(俺はどれくらい気を失っていたのか)
 
 薄っすら目を開けると、ぼんやりと人の姿が見える。
 
「ラ……ラック?」
 
「レイズン! 気がついたか!」
 
 夜目がきき、暗い室内が徐々に見え始める。
 
 少し離れた所にラックが縛られた状態で座らされ、その向こう側にロイとアレンらしき人物が、一人は座り、一人が床に転がされていた。
 
「こ、ここは?」
 
「あの娼館の中みたいだ」
 
「捕まったのか俺たち……」
 
「ああ。そのようだ」
 
「ロイたちは無事か?」
 
 レイズンが問いかけるとそれぞれ「ああ」「大丈夫だ」という声が聞こえた。
 
 良かったとほっとしたのも束の間。しばらくすると外から誰かが館に入って来た音がした。足音は一人じゃない。いくつもの靴音が響き、それに混じって話し声や笑い声が聞こえた。
 
(誰かが来る……!)
 
 そう身構えると、足音が止まり古びた扉がギギギと音を立てて開いた。
 
「お、全員目を覚ましていたか」
 
「ああ、こりゃ目を覚まさせる手間が省けたな」
 
 そういうと何がおかしいのか大声で笑った。
 
 
 入ってきた男は3人いた。一人はおそらくあのときの男だ。顔はよく覚えていないが、声に聞き覚えがあった。
 
 男らはそれぞれ身なりこそきちんとしていたが、どこか薄汚れ、この娼館同様どことなく古臭い印象を与えた。
 
「あー……お前らな。お前らがこの辺嗅ぎ回るせいで、俺たちはここをつかえなくなっちまったんだよ。なあ?」
 
 真ん中にいた男が本当に迷惑そうな声を出した。その声に、隣にいた男がニヤニヤしながら頷いた。
 
「俺たちはさ、ちょっと訳ありでな。普通に表を歩けないわけ。だからここは便利だったんだかなあ」
 
 あのときの男がわざとらしく悲哀に満ちた声を出して、周囲の男の笑いを誘った。
 
「……ここは攫った女たちを閉じ込めておくのに使っていたのか」
 
 ラックが睨みつけながら、男たちの会話を遮った。
 
「まあな。この前お前らが来たとき、この店の中に入ってくれてりゃ、こんな手間かけなくて済んだのになあ」
 
 あの日男と話したとき、男に店内を見るかと誘われたのだが、断って正解だったという訳だ。
 
「おかげで俺たちは、仕事がしにくくなっちまった」
 
 真ん中の男が急に真顔になり、ラックの顎を蹴った。
 
「ぐっ」
 
「ラック!!」
 
 その光景を残りの男たちが嘲笑って見ている。
 
「おい、こいつらどうするよ」
 
「どうするもこうするも……」
 
 あのときの男が4人を目の端で眺めた。
 
「使えそうなヤツがいれば引き込むか? 騎士団に使えるやつがいると助かる」
 
「こいつら使えるか? どうやって見極める?」
 
「その前に見せしめに、何かしてやろうぜ」
 
 3人が楽しそうにレイズンたちを代わる代わる眺めながら会話をするのを、4人は青ざめて聞いていた。
 
 助けを呼びたいが、縛られた状況でそれは無理だった。誰しもが上に報告せず黙って調査していたことを後悔していた。
 
 男たちはみせしめで話がまとまったのか、一人がニヤニヤしながら4人の目の前まで近づいた。
 
「なあおい。俺たちはコイツの言うとおり、女を攫って他国に売り飛ばして金儲けをしてきたんだ。それでな、売り飛ばす前に俺たちは味見もしてきたんだがなぁ。お前たちのせいでそれができなくなっちまってな」
 
 そこまで言うと堪えきれないのか、クックックッと笑い声を漏らし、それにロイがビクッと反応した。
 
「まあ、そう怯えるなよ。言いたいことは分かるな? 一人、俺たちの慰み者になってくれればいいだけだ」
 
「……!?」
 
 4人はその言葉に息を呑んだ。
 男たちの相手をさせられるのか? 俺たちが?
 信じられないという顔で、4人は男たちを見た。
 
 その茫然自失といった表情を見て、さらに男たちはギャハハと声を出して笑った。
 
「それそれ! みんないい顔するね~! そうだよお前らが俺たちの相手をするんだ。仕方がないだろう? お前らが俺たちの邪魔をしたんだから」
 
「俺たちだって高潔な騎士様にそんなことはしたくないんだがね。……さて、誰にする?」
 
 真ん中の男がニヤニヤとしながら一人ひとりの顔を眺め、最後ラックに目を留めた。
 
「お前でもいいな。生意気なやつを屈服させるのは楽しい」
 
 男に指名され、ラックは目を見開いた。
 ラックのことだ、男たちの慰みものになるくらいなら死んだほうがマシだ、そう考えているのだろう。顔を強張らせて相手を凝視している。
 
 しばらく男と対峙し、ラックはようやく引きつらせた頬を動かした。
 
「……お、俺の家は子爵家だ」
 
 ラックの絞り出すような掠れた声に、男が片眉を上げて関心を示した。
 
「それで? どうだって? 貴族だから許せと?」
 
「……身代金を取れるぞ」
 
 ラックの言葉に、男がぶっと吹き出した。
 
「はっ何だお前! 命乞いか? 無様だな? 騎士が家に助けを求めるか?」
 
 男がゲラゲラと笑い転げる中、ラックは言葉を続けた。
 
「……あっちの二人もそうだ。貴族に手を出すと後がひどいぞ」
 
「……ふーん、それで? あっちのお仲間は? あっちはそうじゃないって?」
 
 チラッと男がレイズンを見た。その目はまるで、餌を前に舌なめずりをする蛇のようだった。
 
 ——そしてレイズンは信じられない言葉を、恋人の口から聞いた。
 
「……あいつは、平民だ。…………それに、男に慣れてる」
 
「ラック!?」
 
「おい!?」
 
 ラックの言葉にロイたちが慌てた。
 レイズンはラックが発したその言葉が一体何を意味するのか理解できず、阿呆みたいにポカンと口を開けて彼を見た。だがラックは一度もレイズンを見ることはなかった。
 
「へえ、男に慣れてるねえ。あいつならいいってことか? ……ひどいやつだなお前」
 
 愉快そうに笑いながら、男がレイズンの前に立った。
 
「お前、かわいそうに。仲間に売られたな。おい、お前ら、こいつ引っ張ってこい」
 
 レイズンは目を見開き呆然としたまま、男たちに抱きかかえられ、3人の目の前につれて来られた。
 
「色気もへったくれもない、こんなところで悪いな。でもここじゃなきゃ、見せしめにならない」
 
 一人の男がレイズンの頭を冷たい床に押さえつけ、もう一人が腰を高く持ち上げると、ズボンを引き下げた。
 
「ひっ! い、嫌だ……! やめろ!」
 
「……慣れてるか。本当みたいだな」
 
「ひっ……ああ!!」
 
 男の誰かがレイズンの後孔に指を突っ込み、レイズンは悲鳴をあげた。
 
 ……だがその声を聞いても、仲間のうち誰一人として、やめろと声をあげる者はいなかった。
 
 レイズンの恐怖に震えた嗚咽と、男たちの下卑た笑い声が室内に響く。 
 
 誰かが滑りが悪いと言ってレイズンの尻に香油を垂らす。これは娼館で使われていた高級なものなんだぞと、恩着せがましくレイズンに言うが、それがなんだというのだ。感謝でもしろと? レイズンにとってはただ痛みが少しマシになる程度のものだ。
 
 ほどなくてレイズンは抵抗をやめた。
 するだけ無駄だと悟ったからだ。ラックもロイもアレンも、誰も助けてなどくれない。それどころか犠牲になったレイズンから顔をそむけ、見ないようにしていた。
 
 ——レイズンは心のなかで何度もラックを呼んだ。……だが彼は一度もレイズンの名を呼んでくれることはなかった。
 
「おい、お前らちゃんと見ろよ! お前らだってコイツと毎日愉しんでたんだろ? 騎士様ってのは、ククッひっでーやつらだなあ」
 
 無抵抗のレイズンに男たちは興奮したのか、尻穴に交代で繰り返し突っ込んでは、グポグポといういやらしい音を響かせては果て、見せしめという名の狂宴を愉しんでいた。
 
「男も割といいな」
 
「ああ、こいつだからいいのか? 男の尻はどれもいいのかしれんぞ。今度お前の尻貸せよ」
 
「バカ抜かせ。妊娠の心配もないし、こいつ連れて行くか?」
 
「元騎士の男を囲うのも面白いかもな。女たちも喜ぶかもしれんぞ」
 
「ああ、いい案だな。こいつ交えて複数でヤルのもいいな」
 
 男らは何度もレイズンの中に子種を注ぎ、具合がいいレイズンを気に入ったのか、連れて行くかという話をし始めた。
 
「なあ、お前。お前を捨てた騎士団なんざもう用はないだろ? 俺たちと来るか?」
 
 何も反応しないレイズンの耳元で、一人の男がそう囁いた、その時だった。
 
 娼館の外に繋がる扉がいきなり開け放たれ、複数人が雪崩込んでくる音が聞こえた。
  
「……!? 何だ!?」
 
「おい! ヤバいぞ!!」
 
 この部屋の外には他にも仲間がいたのだろう、複数の足音に混じって、怒号と剣を交える音が聞こえる。
 
「助けか!?」
 
 ロイの期待に満ちた声がし、3人が扉のほうへ一斉に顔を向けた。
 
 レイズンはたくさんの足音が近づいてくるのをぼんやりと聞いていた。彼らと同じようにここだ、助けてくれと叫べばよいのに、それをする様子も見られない。……あまりにも心が傷ついて意識を遮断していたがために、それがまさか助けの音だとは気が付かなかったのだ。
 
「逃げるぞ……!! ぐえっ」
 
 扉が蹴破られ、これは不味いと男の一人がレイズンを抱えたまま逃げ出そうとしたが、それを外から来た者に取り押さえられた。
 
「おい! 大丈夫か!?」
 
 顔をパチパチと叩かれ、レイズンは薄っすらと目を開けた。
 
「ハ、……ハクラシス……しょう……隊長殿……?」
 
「レイズン! 助けが遅くなり申し訳なかった」
 
 体は男たちに蹂躙されてどろどろベトベトだし、顔はきっと涙や涎でぐしゃぐしゃだ。
 
 いつもこうだな。
 小隊長にはいつも恥ずかしいところを見せている。そう思いながら、レイズンは重い瞼を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 ——レイズンが次に目を覚ましたときは、硬い石の床ではなくふかふかのベッドの上だった。
 室内には独特の薬草のにおい。
 
 最初こそここがどこだか分からなかったが、室内の様子やそのにおいから病院であることをすぐに理解した。
 
 ぼうっと天井を眺めていると、看護師が来てなにやら質問されたが、曖昧に答えているとどこかへ行ってしまった。
 
 そしてまた眠くなり、レイズンはまどろみに身を任せた。
 
 寝ては起き、そんな状態がしばらく続き、なんとか起き上がれるようになった頃、リヒターが一人で見舞いに来た。
 
 気まずそうにもじもじとドアの前に立ち、レイズンにどう声をかけていいか迷っているようだったが、いつまでもそうしているわけにもいかない。覚悟を決めたのか、ぎこちない笑みを浮かべてレイズンのベッドまで来た。
 
「……久しぶり。体はどうだい?」
 
 レイズンは静かに笑って頷いた。
 
「……あんな目にあって、俺たちの顔なんて見たくないかもしれないけど……」
 
 今にも泣きそうな顔で俯くリヒターに、レイズンは声をかけた。
 
「いや、君に会えて嬉しいよ。リヒター」
 
 リヒターは身分関係なく、レイズンを気にかけてくれた人だ。嫌なはずがない。
 
「で、今日はどうしたんだ?」
 
 そう問いかけるとリヒターは、一つひとつ言葉を選びながら、体調を気遣いつつこれまでのことを話した。
 
 本来あの地区は諜報部隊が監視していて、隊服着用者は立ち入ってはいけなかったこと。だがその諜報が気づいたおかげで、レイズンたちが助かったこと。
 
 犯人たちが捕まったことでレイズンたちのことも公になり、騎士団内で問題になったこと。
 ラックたちは謹慎3カ月と減俸処分になったこと。
 レイズンの籍はまだあるから、いつでも戻れること。
 
「……ラックたちと顔を合わせることは嫌だと思うけど……部屋は別にできるから。なんなら俺と変わってもいい」
 
 リヒターは、レイズンを安心させるように言った。
 
 
 
 リヒターの話では、小隊長の言いつけを無視し問題を起こし、挙句のはてに隊員が性的暴行されるという前代未聞の事件に、騎士団内は騒然となったという。
 
 表向き業務命令違反として謹慎を食らったラックだったが、彼がレイズンにした仕打ちは瞬く間に騎士団内にも広がった。
 ラックの家である子爵家によってすぐに揉み消されはしたが、種火は残り燻った煙は広がり、それを知った者からは白い目でみられ、新しいパートナーを得ることも難しいようだった。
 
 ——実はこの療養中、それについてラックの家から書簡が届いていた。
 
 レイズンを気遣う文から始まるこの書簡だが要約すると、小隊に戻りラックの不利な噂は嘘だと断言してほしい。ラックのパートナーとして復帰してくれるのであれば、それに対する援助は惜しまない。——そんな内容だった。
 
 それを読んですぐレイズンは、貴族らしい金の地紋の入った立派な書簡紙を、封筒に戻すことなくぐしゃぐしゃにし、ゴミに捨てた。
 
 あれほどひどい目にあって戻れるはずがない。あんな手紙、目にするのもおぞましかった。思い出したくもない。
 
 
 
「——そういえば、小隊長殿は? お元気にしておられるか」
 
 少し話の矛先を変えようと、レイズンは小隊長の話を切り出した。
 
 レイズンは目を覚ましてから、小隊長の姿を見ていなかった。長くまどろんでいた頃は、見舞いに訪れてくれていたようだったが、覚醒してからは姿を現さなくなった。
 今どうされているのか、レイズンが一番知りたかったことだ。
 
 だがそれについて、リヒターは言いづらそうに口を開いた。
 
「……それがこんなことになって、責任をとって辞めると言われて……。もう騎士団を辞めて出ていってしまわれたんだ」
 
「……そう、なのか」

「今は臨時で小隊長の補佐官殿が小隊長を兼任してくれているが、どうなるのかはまだ分からない。もしかすると小隊は解散になるかも」
 
 君のせいじゃないよという目でレイズンを見るリヒターに、レイズンは何でもないかのような顔で相槌を打った。リヒターはその様子を見て、少しホッとしたようだった。
 それから先はたわいもない話をし、リヒターはまた来ると残し帰っていった。
 
 
 リヒターが帰ったその夜、レイズンはとくに感慨にふけることなく、いつもどおり食事をし、いつもどおり布団に入った。
 
 
 ——そして朝には、病院から姿を消した。
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