クズ男はもう御免

Bee

文字の大きさ
上 下
4 / 66

4 街に広がる人攫いの噂

しおりを挟む
 ラックとそんなことがあってしばらく経った頃、街では妙な噂が広がっていた。
 それは街で人攫いが横行しているという話だった。それも最初は見知らぬ売春婦から始まり、それが次第に娼館の娼婦、それが今ではその辺を歩いている平民の婦女子にまで被害は発展しているという。
 それこそ本当に最初は噂に過ぎなかった。何しろ売春婦が消えたという噂ばかりで、被害者がはっきりしない。娼館にも登録していない街角の名もなき売春婦だったから仕方がなかったのだが、売春婦から娼館の娼婦へとターゲットが移ると、噂が真実味を帯び出した。そして有名な商家の使用人がお使い中に攫われたことで、被害が明確化し、ようやく事件として取り上げられたのだ。
 
 街では騎士団が交代で巡回警邏をしているが、被害は減るどころか増える一方だということで、上層部から苦言を呈されたようだ。レイズンたちも小隊長から『巡回の頻度を増やし警備を徹底するように』という通達があったことが伝えられた。
 
「……我々も警備部隊の補佐として動くことが決まった。これまで街の巡回は騎兵のみであったが、歩兵として我々も警邏を行う。重々言っておくが我々は補佐だ。もし何か不穏な動きを察知したら、すぐに区域担当の警備兵に報告。いいかお前ら、勝手には動くな。何かあれば必ず上官に報告し指示に従え。いいな」
 
 レイズンたちは馬を持っていない。上位の部隊しか馬の所持を許されていないのだ。レイズンたちにとって騎士団の花形である騎兵は憧れなのだ。
 それに歩いての巡回警邏についてもこれまでは他の小隊が担っていて、雑務ばかりのレイズンたちには無縁の仕事だった。しかし今回は人海戦術ということで、下位小隊のレイズンたちも駆り出されることになったのだ。
 
 補佐とは言え、手柄を立てればランクが上がる。これはこれまでにないチャンスと、みな意気込んだ。
 
 
 しかし残念なことに、そんなやる気も最初だけだった。
 
 これまで警備隊が手がかりすら見つけられなかったものを、レイズンたちが都合よく手がかりをつかめるはずがない。それこそ最初のうちは張り切ってあちこち見て回っていたが、ただ街をひたすら歩くだけで何の手応えがない。その上街には誘惑も多い。次第にサボる者も現れ、中には街の若い女性をナンパしようとするなど、挙句街の者からは厄介者扱いされる始末だ。
 
 小隊長もこれには呆れ、もう小言を言う気力もないようだった。もう任せられんとばかりにやる気のない者、街から苦情の来た者は全て巡回メンバーから外していくと、結局レイズン・ラックの二人を含めた10名程度しか残らなかった。
 
(みんなあれほど小隊長の名誉回復のために! って意気込んでいたのにさ)
 
 さすが下位の者が集まった小隊だけある。良いのはノリだけで、冷めればあっという間にやる気を失う。
 レイズンは自分たちだけはそうならないよう、同じチームのラックやロイ、ロイのパートナーであるアレンの行動にはしっかりと目を光らせていた。
 
「なあ、おい、レイズン。これすっげーうまそうじゃねえ?」
 
 そう思っている側からラックが、商店に並べられた腸詰に気を取られ立ち止まる。腸詰など買っても今すぐ食べられるわけがない。
 
「ラック、また仕事が終わったら買いに来ればいいだろ。今は仕事中だ。あともう少しで今日の仕事も終わりなんだからさ」
 
 レイズンは呆れたように言うと、楽しそうにラックが「だったらもう終わりにしてちょっと飲もうぜ」と酒場を指差す。
 これだ。これまで何度もこの流れを繰り返したことか。ロイも呆れてこちらを見ている。好奇心旺盛でちょいちょい寄り道しがちなロイも、さすがに酒場に行こうとは言わない。
 
 そんな時だった。
 
 アレンが酒場の横の路地をジッと見つめ、様子が変だと言い出した。今は夕刻。やや日も傾き、そろそろ街に明かりが灯る頃だ。路地はもう薄暗い。
 
「どうかしたのか」
 
 ラックがアレンに声をかけた。
 
「……いや、そこにさっきまで女が立っていたんだが……、今一瞬目を逸らした隙にいなくなった」
「何? 見間違いとか、どこかに移動したとかではなく?」
「いや、本当にこっちを見て立っていたんだ。俺とさっき目があった。それが本当に瞬間的に消えた」
「おい、マジか。……ちょっと奥に入ってみるか」
 
 ラックが先頭に立ち、その女性がいたという路地に進む。レイズンたちもそれに続く。この酒場から奥は歓楽街に続く道でもあり、貧民街でもある。街の巡回も馬では入れないような細い路地がいくつもあり、そこはいろいろな場所に繋がっている。
 危険なこともあり、この辺りに詳しい平民のレイズンですら、この奥に用もなく入ることはない。確かにもし本当に人攫いがいるとしたら、この奥はかなり怪しい。
 だがここは過去に一度調査部隊が入り、探りを入れたとレイズンは聞いていたが……。
 
「ここは隠れる場所ならいくらでもあるからな。調査が入っても逃げられたら足どりを掴むのは困難だ」
 
 確かにそうだ。一度くらいの調査で捕まるくらいなら、こんなに難航しないだろう。
 
 アレンの目撃した例の女性の立っていた場所には、スカーフが一つ落ちていた。 
 アレンはそれを拾いあげると、緊張した面持ちで握りしめた。
 
「ここからはなるべく声を出したりせず、静かに進もう」
 
 アレンの提案に同調し、みんな無言のまま奥に進んで行くと、少しずつ薄暗くなっていく路地に人影はなく、それなのに遠くでバタバタと石畳を走る無数の足音が響いていた。
 
「……あれか? 尾けるぞ」
 
 これまでにないくらい張り詰めたラックの声に、全員が緊張した面持ちで頷く。
 全員がなるべく足音を立てないよう走り出した。しかし追いつくことは叶わず、途中で足音は消えた。これは逃したかと、路地をうろうろしている時だった。
 
「……おい」
 
 ラックがレイズンの腰を手で軽く叩き、視線を送った。
 
「男がいる」
 
 ラックの視線の先には、扉の隙間からこちらを見ている男がいた。
 男がいる建物を目だけで確認する。そこは古びてまるで廃墟のようではあったが、娼館の看板が掲げられている。看板には、薄汚れていて見辛いが特徴的な花に女性の絵が描かれていた。
 
 こんな路地の奥に娼館が? と一瞬怪しんだが、たまに特殊な性癖の者が好むサービスをする店があるというので、もしかするとそういう店なのかもしれないとレイズンは思った。もしくは未登録の違法店か。
 
「騎士様方、何かこのあたりに御用で」
 
 こちらが警戒していると、男のほうから声をかけてきた。
 男はこの店の雰囲気には合わぬほどきちんとした身なりをしていて、言葉遣いも正しかった。それに安心したのか、ロイが男の問いに答える。
 
「いや、ちょっと気になる女性を見かけたのだが、見失ってしまってね。ここ数分の間で若い女性を見なかったかい」
「ははは、何をおっしゃいますやら。ここは娼館ですよ。若い女性ならこの店に大勢おりますよ。なんなら見ていかれますか? サービスいたしますよ」
 
 男はロイの話に声を立てて笑い、店の扉を開けて中を指差しロイたちを店に誘った。
 
「確かにそうだな。主人の話は魅力的だが今日は遠慮しよう。ついでに聞くが、この店はきちんと登録してある店か」
 
 ロイの代わりにラックが男に問うと、男がにやっと笑った。
 
「もちろんですよ。ちゃんと登録済みです。登録許可証をお持ちしましょうか? なんなら"ライラック夫人の娼館"でお調べいただければ」
「そうか、疑って悪かったな。主人も聞き及んでいるかとは思うが、最近このあたりに不審者が出るということで、我々騎士団が追っている。もし何か不審なことがあれば、騎士団に連絡を」
 
 ラックの言葉に男は一礼すると、そのまま扉を閉めて店の中に消えていった。
 
「アレン、どうも違ったようだな。先ほどの女性もこの店の娼婦だったのではないのか?」
 
 ロイは緊張が解けたのか、安堵した様子で声を顰めることなくアレンに話かける。
 
「……ああ。しかし、……俺は見たんだがな」
 
 そうアレンが小さく呟くのをレイズンは聞いていた。
 アレンは何か引っかかるものがあったらしいが、確信はないのだろう。この辺りは迷宮みたいなものだ。何かあるとすれば他にも怪しい場所はいくつもある。とりあえず今日のことはスカーフとともに上に報告し、今後調査の範囲をどこまで広げるか指示を仰ぐしかない。
 
「アレン、また次の巡回のときこの辺ももっと洗ってみよう」
 
 そうレイズンが声をかけると、アレンも真面目な顔で頷いた。
 
 
 
 
「なあ、レイズン。今日酒場にも行かずに我慢したんだから、褒美をくれよ」
 
 ラックが甘える仕草で、報告書を書くレイズンの首を背後から抱きしめた。
 
「おい、まだ書いているんだからな。今日中に提出しないと小隊長殿に怒られるのは俺なんだぞ……ンンッ」
 
 顔を無理矢理上に向かされ、唇を塞がれた。
 
「……なあ、ペンを置けよ」
 
 唇を貪られながら、手に持っていたペンを机に置くよう手で誘導される。
 
「お、おい、ラック……」
 
 無理矢理唇を解くと、目の前にはパンパンに前が張ったラックの腰があり、掴まれた手はその膨らみの上に置かれた。
 
「な、もう限界なんだよ」
 
 レイズンが布ごしに触ると、ラックから熱い吐息が漏れ、緩やかに腰を揺すった。
 
「……んん」
 
 上から覆うようにキスをしながら椅子から立たせると、机に手をつかせズボンを引きずり下ろす。
 
「あっ……ちょ、ちょっとラック、今ここでやるのか!?」
「ん? いいだろ。たまには立ってやるのも」
「え? いや、ちょ……あっ嫌だ! ああっ……くっ…………はあああっ」
 
 軽く指でほぐすと、ラックはそのままグイッとペニスを押し込んだ。
 
「あー……お前の中はいいな。最高だ。愛してるぞレイズン」
 
 ガンガンと腰を振られ、机がゴンゴンと音を立てて揺れる。
 
(あ……まずい。これ、隣に聞こえる)
 
 声を出すと余計に隣が不審に思うだろう。この間みたいに喧嘩と思われて、声をかけに来るかもしれない。それはさすがに困る!
 レイズンは必死で声を抑え、机にしがみつき耐えた。
 
「なあ、声出せよ。レイズン、気持ちいいんだろ?」
 
(出せるか!!)
 
 と心の中で叫びながら、ラックが果てるまで耐え抜いた。
 
 
 
 
「……失礼します。小隊長殿。本日の報告書を持って参りました。遅くなり申し訳ありません」
 
 もう夜も遅く執務室の電気も消えていたため、レイズンはハクラシスの私室へ出向き、ノックをした。
 すぐに「入れ」という言葉がかかり、レイズンは扉を開けるとすかさず敬礼した。 
 
「今日は遅かったな。お前で最後だ。それだけ何か成果があったということか?」
 
 机に向かって書きつけをしていたハクラシスが振り返り、レイズンからの報告書を受け取ると、「ふん」と眉根を寄せた。
 
「今日のことはアレンからの報告でも聞いている。何か気になる点があるのか」
「貧民街の奥はあまり巡回されないと聞いています。裏通りは迷宮のようで、隠れるには最適な場所です。馬では入れない場所ですので、我々が回るならこのあたりを重点的にしたほうが良いのではと」
「……ふん、なるほどな。このことは騎兵のほうにも回しておく。だがあちらがここは巡回不要と決めたなら、お前たちも近づくな。いいか、お前たちは補佐だ。勝手な振る舞いは許さん。いいな」
 
 ハクラシスは眉を片方だけ上げて、報告書越しに脅すような目でレイズンを見た。
 
「しかし」
「口答えは許さん。分かったな」
「……はい」
「分かったら行け」
「はっ」
 
 レイズンは何も言えないまま、敬礼しハクラシスの部屋から退出した。
 
 
 
 結局、警備隊からは貧民街周辺の巡回の許可は降りず、レイズンたちは巡回範囲を制限されてしまった。
 
「なんだよ。せっかく俺たちが情報を提供してやったのに」
 
 小隊長からの通達を聞いたアレンが、小さい声でぶつぶつと文句を言うのが聞こえた。
 
「まあ仕方ないよ。俺たち主体で動けることではないからな」
「だが、怪しい場所があるのになぜ探さないんだ」
 
 アレンが睨むように前を見つめた。視線の先には街を巡回する騎兵の姿があった。そんなアレンに加担するかのように、ラックが口を挟んだ。
 
「なあ、俺たちだけで調査しないか」
「ラック!?」
 
 レイズンが驚いて声を上げた。しかしラックはしれっと前を向いている。
 
「レイズン、大きな声を出すなよ。少しずつ調査すれば気づかれないさ。何か証拠を掴めば騎兵なり小隊長なりに報告すればいいだろ? な、アレン」
 
 ラックがアレンに目くばせすると、アレンが頷いた。
 
「俺も賛成だ。あれから気になって仕方がないんだ。あの女性が本当はどうなったのか。俺はそれが知りたい」
 
 アレンは、女性が行方不明になった際に居合わせたことで、これまでになく義憤にかられているようだった。
 確かに一度に奥に進まなければ、それほど心配ない。それに自分達は体を鍛えた騎士だ。4人いれば何かあっても何とかできるだろう。それが傲りであるとは、まだ若く騎士としての経験の浅い4人は気が付かなかった。
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ゆうみお R18 お休み中

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:52

職も家も失った元神童は、かつてのライバルに拾われる

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:809pt お気に入り:34

偽りの恋人達

恋愛 / 完結 24h.ポイント:745pt お気に入り:39

【本編完結】旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:117,609pt お気に入り:8,813

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14,782pt お気に入り:107

処理中です...