国のために好きな恋人と別れて大嫌いな皇太子殿下と結婚〜殿下が浮気して妹が妊娠? 殿下は土下座する!

佐藤 美奈

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第38話 誘拐された美しき令嬢は森を彷徨う

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「はぁ…はぁ…」

暗殺したと思っていた恋敵のレオナルド令息が生きていてアンドレ殿下がレストランで雷に打たれて寿命が縮まるような精神的なダメージを受けた10日後。

ヴィオラ令嬢は薄暗い森の中を一人で彷徨っていた。

当然のことながらアンドレ殿下の指示でこのような非常に不幸な状態に置かれている。

「僕はもう我慢できない。ヴィオラをどんなやり方でもいいから連れてこい!分かったな!」
「殿下承知いたしました」

独占欲が胸の中に泡のように湧いてアンドレ殿下は血走った目でなりふり構わず命令した。

皇太子殿下から怒鳴りつけるような大声で指令を飛ばされれば、それがたとえ理不尽な要求でも聞く以外に選択はない。

一人でいるところを狙われてヴィオラ令嬢は攫われた。そこから逃げ出して森の中をあてもなく迷い歩いている。


3時間ほど前のこと。

連れ去られて目を覚ましたヴィオラ令嬢は小屋の中にいた。口を布などでふさがれていないから声も出せるし、手も足も縛られてもいなかった。

立ち上がったヴィオラ令嬢は部屋の様子をうかがう。ここから逃げ出すのに何か使える物はないのかと思い、探し回ったが殺風景な部屋で特に何もない。

ここはどこなのか?と部屋の外の様子も気になりドアに耳を当てて聞き耳を立てると男の声がする。

「綺麗な人だったな」
「貴族の令嬢を連れてこいだなんて依頼者は普通じゃないな」
「まあ、俺達には関係ない話だ。成功すれば破格の報酬だ」
「そうだな。ここまで問題もないし後は引き渡すだけで完了する」

ヴィオラ令嬢の隣の部屋の中には二人の男がいた。言うまでもなく逃げ出さないように見張りをしている。

絶世の美女と言われるヴィオラ令嬢に男達は一瞬で心がときめいて好意を寄せた。だがそれも叶わぬ夢だとハッと気づかされ現実に戻される。

男達は何でも屋で後ろめたさを感じる仕事もこれまでたくさん経験した。そんな自分達のような世に容れられない存在がお日様のように輝いている美しい女性と釣り合うわけがないとしみじみと思う。


「ここから逃げよう!」

隣の部屋で小さな声でつぶやくヴィオラ令嬢は希望の匂いがして座り目を閉じて考えを巡らす。

数分でまばゆい美しい大きな瞳を開けて立ち上がる。何か思いつき決意したような顔をして間をおかずにドアを叩く。

「なんだ?何か用か?」

多額の報酬が約束された誘拐した大事な令嬢が呼んでいる。男の一人は直ぐにドアの前に行って問いかけた。

「少しお話があるのでここを開けてください」
「話だと?会話ならドアを開けなくてもできるぞ」
「でも顔を見てゆっくり話がしたいのです」

男は足りない頭でせいぜい考える。身も心もとろけさす素敵な女性が自分と話がしたいと言う。部屋の中に武器のような物が無いのも確認済みだし、当然ながらヴィオラ令嬢の身体検査もしてあり危ない道具は持っていない。

中にいるのは輝きが満ち溢れている令嬢ただ一人。こちらは二人いるし逃げようとしても不可能だ。何も恐れることはないじゃないか?そう思った男はドアの鍵を外す。

ドアを開けて部屋の中を見るとやはり胸が躍ってときめきを覚える。改めて見てもなんと美しいのだと緩やかに感動が噴き上げる。

「それで話とはなんだ?」
「まずは傍に来てください。あちらの素敵な紳士の方ともお話がしたいわ」

閉ざされていたドアが開くとヴィオラ令嬢は瞬時に外の様子をうかがう。そしたらもう一人男がいてその男とも話がしたいと甘い蜜のような声で誘う。

どちらも紳士とはかけ離れた不潔そうな男達だがヴィオラ令嬢は純真そうな顔で親しげに笑いかける。

「お前もこい。こんな美女が俺達と話しをしたいと言ってくれてるんだぞ。こんなことは人生でもう二度とないことだ」
「その通りだな。今行く」

男がヴィオラ令嬢の魅力をこれでもかと語り男を呼ぶと、椅子に座って何か食べていた男は風のような素早い動きでやってきた。

「お二人だけですか?」
「そうだ。二人だけなら逃げられると思っているのか?」
「そんなことはございませんよ。ちょっと聞いてみただけです」

やはり警戒する男。いくら美しくても人質という立場なのだから逃げられるわけには絶対にいかない。ヴィオラ令嬢はこぼれるような笑顔を向けて何でもないと口にする。


10分後。3人は昔ながらの友人のように和気あいあいと楽しげな雰囲気だった。ヴィオラ令嬢の両隣にむさくるしい男がいて愉快でたまらないといった顔をしていた。

「あなたたちと話すのは本当に楽しいわ」
「俺もだ」
「いやあ、貴族なのに随分と気さくな人だな」
「そんなことは気になさらないでください。私達は友人ではないですか」
「俺達のような日陰者にこれは嬉しいことを言ってくれる」

当然ながら声と顔を取り繕ってヴィオラ令嬢は演技をしている。まずはこの男達を気持ちよくさせて話を弾ませることが大事な計画の第一歩。

会話をしながらいろんなことを聞いた。ここは森の中にある小屋で街からはかなりの距離がある。幸いなことに小屋の周りには誰もいなくてこの場にいるのは隣にいる二人の男だけというのが分かった。

これは間違いなく逃げれる。胸の内でそう思うヴィオラ令嬢だった。

「少し汗をかいたわ。体を拭きたいのだけれど…」
「これは失礼いたしました公爵令嬢様。俺達は部屋から出ていますので…」
「別にここに居ても構いませんよ」
「いいのですか?」
「ただしほんの少しだけ目をつぶっていてください」
「わかりました」

ヴィオラ令嬢は体を布で拭き清潔に保ちたいと口にする。

自分が公爵令嬢という身分も会話の中で話していたので、男達は妙にかしこまった態度で部屋を出ようとするがそれを引き止める。部屋の外に出られては困るのだ。

しばらくすると男が水と綺麗な布を持ってきてヴィオラ令嬢は体を拭き始めるが実際に拭いたのは最初だけ。男達は後ろを向いて目を閉じている。

「とても気持ちいいわ」
「それはよろしゅうございました」
「あなた達のおかげよ」

会話をしながら足音が聞こえないように器用に歩いてドアの前に来た。影のごとく音も出さずにドアを開けるとまだ慎重に動く。

「あと少しですから」
「はい、俺達に気を遣わないでゆっくり拭いてくださいませ」
「ありがとう。とても優しいのね」

ヴィオラ令嬢の呼びかけに男も丁寧な言葉で実に素直に従う。

たった数十分の会話でここまで男は調教されているのか?と不思議に思うが、それほど心を開かずには居られないヴィオラ令嬢の美しい華やかな横顔に無意識のうちに魅了されていた。

これが最後の会話になり外に出る前にテーブルの上に置いてあったパンを一つ手に取り、悪魔のごとき世にも美しい金髪のヴィオラ令嬢は魔法みたいに消える。

十数秒後、どこから見ても綺麗とはいえない身なりの間抜けな男達はようやく逃げられたことに気がついたがもう遅い。部屋から逃げるには十分な時間だった。

「くそが!」
「逃げられた!」
「直ぐに後を追うぞ。ただじゃ済まさんぞ!」
「おう!」
「ここら辺りは俺達の庭みたいなもんだ。逃がさんからな…」

息遣いが荒々しくなり男達は不機嫌そのものの声で顔に火のような怒りの色をみせる。鬼のような厳しい瞳をして肩が震え、先ほどまでの楽しい雰囲気はもうどこにもなかった。


今は昼すぎだが森の奥にいるため深く茂った木々の葉を通して太陽の光が差し込むようなことはない。辺りは薄暗く太陽の温もりも感じなくて風が寒いくらいに吹きつける。

恐ろしい獣が活発に行動する森の中にいる状況。できる限り早くこの場所から出なくてはいけないのに出口も検討がつかない。

「これからどうしましょう…」

しばらく森の中を歩いて困り果てた顔で言葉を漏らす。疲れたので休憩することにして、ちょうどよさそうな場所がありそこで崩れるように地面に座り込む。

体力が尽きたヴィオラ令嬢は後ろの木に体を預けていると、これまで溜まった疲れがどっと出て体が限界で悲鳴を上げてるのを感じます。

ひどい疲労からそのまま自然と目を閉じて意識を失った――
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