空の六等星。二つの空と僕――Cielo, estrellas de sexta magnitud y pastel.

永倉圭夏

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第6章 乗馬訓練・ささやかな嫉心と焦り

第29話 見回りと原沢

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 その日の空さんは疲労が蓄積している様子だったので、夕の見回りは僕だけですることにした。僕が一人で夜の見回りをしてると、それをどこで嗅ぎつけて来たのか原沢がやってくる。

「セーンパイっ」

「おお、飽きもせずよく来るな」

「飽きる訳ないじゃないすか」

 と言うと原沢は手伝い始める。

「何度も言うけど僕に構ってる暇があったら寝てろ。ここわりとブラックなんだから」

「へへーん、センパイは18の若さをなめてますね。こんなの余裕っす」

「こいつ」

 僕はいつものように原沢の頭を小突こうとしたが手が止まった。なぜかそれはしてはいけない事のような気がした。そしてなぜか救いのない空さんの無表情な顔が頭に浮かぶ。

「そういやあいついないんすね」

 僕の一瞬の躊躇に気付かず原沢は明るい声で僕に話しかける。陰気な印象の空さんとは真逆だ。

「ああ、疲れがたまってるみたいだったから今日は休ませた」

「ひ弱っすねえ……」

「まあ仕方ない。ゆっくり鍛えていくさ」

「センパイだっていいんすか? あの女にかまけてばっかで」

「どういうことだ」

「センパイ最近空にかかりっきりで、本来の仕事なあんにもできてなかったじゃないすか。そろそろ元に戻った方がいいっすよ。身体もなまっちゃうし」

「ううむ……」

 原沢のいうことももっともなのはわかっている。最近は空さんと一緒にいるばかりで僕自身が請け負っている業務がなかなかこなせていなかった。空さんは表向き見習いスタッフで僕の指導を受けながら僕の補助をする名目になってはいる。だが実際はそれだけではない。僕は常に空さんのそばを離れないようにして、空さんがを取らないか監視する。さらには頻繁にシエロとの交流を増やして、それを通して空さんの傷ついた心を修復していくように気を配っていた。その一方で時に感じる空さんの僕への依存を減らし、ほかのスタッフにも馴染ませる必要もあった。業務外でのやることの多さに僕は小さくため息を吐いた。

「原沢の言うこともよく判ってるつもりだ。だが何でもかんでもすぐ動くもんじゃない。少しずつ、少しずつ慎重に事を運ばなくてはならないんだ」

「なんでそんなに気い使うんすか? あんな奴に」

「まあ色々あるんだ。それと『あいつ』とか『奴』とか言うな」

「やなこった」

「なにい」

「あいつのせいでセンパイ大迷惑被ってんすから『あいつ』とか『奴』とか『こいつ』とか『クソ』とかで充分っす。それでも足りないくらい」

「そうか」

「とにかく今あいつとセンパイ評判悪いっすよ。ろくに働きもしないで空とふらふら遊んでるみたいだって」

「言いたい奴には言わせておけ」

「そんなこと言われてセンパイ悔しくないんすか」

「いや、全然」

 これは本音だった。空さん一人を救えるのなら僕はどんな犠牲でも払おう。人のうわさにのぼる程度、どうってことはない。初めてあの眼を見た時からとうに僕には覚悟はできていた。

「あたしは悔しいっす」

「何で原沢が悔しくなるんだ。関係ないだろ」

「だってセンパイはそんないぬいさんみたいな人なんかじゃないからっ」

「ははっ、買いかぶりすぎだ。もしかしたら本当にサボり魔だったのかも知れないぞ」

「人の気も知らないでばかっ」

「いてっ」

 原沢に思い切ふくらはぎを蹴られる。

「ふんっ、おっ先っ」

 原沢は言うだけ言ってさっさと一人で帰って行った。本当に何だったんだ。


【次回】
第30話 煩悶はんもんしつつ空を思い心を欺く裕樹
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