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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第269話 アルフェのアイディア

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 インペーロという店の名前をどこかで聞いた覚えがあると思っていたが、店の前に来て思い出した。

 インペーロは、ヴァナベルが武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯の打ち上げで使った店だ。あの時もヴァナベルの奢りで、今日はマリーの奢りとは、なんとも不思議な巡り合わせだな。

「これはこれはマリアンネ様。ようこそお越し下さいました」

 イグニスに次ぐとはいえ、かなり身分が高い貴族ということもあってか、僕たちが近づくや否や、支配人と思われる壮年の男性が待ち構えていたように飛んできて、低姿勢で僕たちを迎えた。

「今日はご学友の皆様と七名でのお越しということで、お席をご用意しております」
「助かりますわ。ワタクシたちとてもお腹が空いておりますわ。料理長のおすすめを順次見繕って出してほしいんですの」
「いつものように前菜からご用意してございます」

 既にどこからか連絡が入っていたらしく、支配人の男は微笑んで頷き、マリーを店内の一番広い席へと案内した。

 以前に来たときには貸し切りでレイアウトが変わっていたこともあるが、案内された席は他の席と比べて明らかに広々としていた。

 恐らく、マリーに失礼がないようにわざわざテーブルと椅子を並べ直したんだろうな。テーブルには水の他にウェルカムドリンクが人数分並べられている。

「ねえ、マリー。うち、魚介の煮込みが食べたかったんだけど~」
「それももちろん入れてありますわ。〆のリゾットも追加のチーズも好きなだけ頼んで構いませんのよ。これだけの人数なんですから、取り分けて頂けば、全メニューの制覇も夢ではありませんわ」

 マリーは落ち着いた調子でそう答えると、当たり前のようにテーブルの中央にあたる席に座った。

「にゃははっ。じゃあ、メニューと出てきたものを見比べながら頼むとするか」

 マリーの言葉を素直に受け止めたファラが、エステアとメルアが座るのを待って、端の窓際の席に座る。ホムはエステアの正面に座り、その横に僕が、アルフェは僕の隣に腰を落ち着けた。

「……ところで、今度の生徒会総選挙はどうしますの?」

 細かな気泡が立つ爽やかな柑橘系の風味の飲み物に口を付けながら、マリーが唐突に切り出した。

「もちろん会長に立候補するんでしょう?」
「ええ、そのつもりでいるわ」

 問いかけた時は確信に満ちた笑顔だったが、エステアの肯定の言葉を聞いてマリーの表情は幾分か険しいものに変化する。

「では、問題は選挙活動をどうするかというところですわね」
「そ~なんだよね。なんかもう、イグニスが暗躍してるっちゅー噂もあるしさ」

 マリーの呟きにメルアが溜息を吐く。

「あの御方ならやりかねませんわね。金と権力に物を言わせれば何でも出来ると勘違いしてるんですわ」

 マリーも似たような感覚だと思ったが、イグニスとはまた少し違うようだ。明らかに悪印象を持っているのがわかる物言いに、僕は少し安堵した。

 まあ、同じ生徒会にいて、表立って敵対していたぐらいだ。心配するようなことでもなかったな。

 そうなると、互いに譲らない性格なのは目に見えているし、エステアが懸念していたというのも実際にマリーの態度を目の当たりにしたことでかなりイメージできた。

「……ねえ、メルア先輩。そのイグニスさんの噂ってどんな?」

 会話が途切れたのを待って、アルフェが少し声を潜めて訊ねた。

「イグニスが賄賂を使って票を買収しようとしてるちゅー話。もう、口止め料からなにから入っちゃってるから、まあ、ずーっと『噂』のまんまなんだろーけどね」
「まあ、そんなのは想定のうちですわ。悪事はいつか暴かれなければなりませんけど、相手を落として自分をあげるなんてやり方じゃ、本質はイグニスと変わりませんわね」

 アルフェに倣ってメルアとマリーも声のトーンを落とす。マリーが思った以上にまともなことを言ったのには、少し驚いた。

 身分が高い貴族であっても、マリーには差別意識がない。どちらかと言えば、僕たちと対等という意識の方が強いようだ。

「……そうなのよね。武侠宴舞ゼルステラでの活躍を武器に出来ない以上、なにか自分たちの主張を聞いてもらえるような工夫をしなければ、誰も私たちがしようとしていることに耳を傾けてくれないわ」

 そう語るエステアの表情には、隠しきれない危機感が滲んでいる。

「にゃはっ! そうはいっても決勝であれだけの戦いを見せつけられたんじゃ、インパクトはあると思うんだよな」
「それに、真っ先に負けたのはイグニスです」

 エステアの焦燥感を感じ取ったのかファラとホムがほぼ同時に発言し、励ますように訴え掛けた。だが、それが学園の誰もに通じるものではないことは、その場にいる全員が理解している。

「とはいえ、実力主義の軍事国家は敗者と家柄には厳しいよ~」

 それとなくメルアが現実を諭すように言い、テーブルの上に突っ伏した。

「ちょっと、間もなく料理が来ますのに邪魔ですわよ」
「それはそうなんだけどさぁ~」

 マリーに注意されたメルアが身体を起こし、溜息を吐く。丁度厨房から数人の給仕係が銀の丸盆に載せた料理を運んできて、手際良く僕たちの前に取り分けていった。

「……あのね、リーフ。素朴な疑問なんだけどいい?」
「なんだい、アルフェ?」

 料理が盛り付けられ、食事の前の祈りを捧げた後、アルフェが控えめに切り出した。

「その選挙活動って、武侠宴舞ゼルステラの影響が強いのはわかるけど、絶対入れなきゃ駄目なのかなって?」
「そんなわけないじゃん!」

 僕が応えるよりも早く、メルアが答えを出してくれた。

「じゃあ、全然違う方向からアプローチするのはどうかな? エステアさんのこと、この学園で知らない人はいないわけだから、選挙活動で足を止めてもらえる工夫――もしもイグニスさんに邪魔されても、ちゃんとエステアさんの想いを届けられる工夫をすればいいと思うの」

 アルフェの発言はもっともだと思う。だが、そのためには何をすればいいのだろう。

 エステアの生徒会総選挙を手伝うと約束しているものの、僕が踏み出せていないのはそこに原因がある。なにが出来るか見いだせていないのだ。

「……それが出来れば苦労しませんわ。なにかアイディアがありまして?」

 前菜を上品に食べ進めながら、マリーが首を傾げて問う。

 アルフェは少し考えてから、エステアを真っ直ぐに見つめた。

「今日一緒に過ごしてみてわかったことがヒントになる気がするの。エステアさんがロックが好きなこと、ギターが上手なこと、これって、今日のライブみたいにみんなを惹きつける時間を、空間を作り出せるんじゃないかなって……。リーフもそう思わない?」

 問いかけられて、なんとなくアルフェが言いたいことがわかったような気がした。多分、アルフェはこう言いたいはずだ。

「……それって、もしかしてライブを選挙活動に採り入れるってことかい?」
「そう!」

 僕の理解でアルフェの中でアイディアが像を結んだらしい。アルフェの浄眼が一際美しく輝いたのがわかった。

「ロックって、メッセージ性が強い曲だなって感じたの。聞かずにはいられないし、訴えかけられたら心に響くんじゃないかって思う。それだけの真摯な想いって、共感を生むと思うし、みんな絶対立ち止まってくれるはず!」

 熱っぽく語るアルフェの口調は、それだけアルフェが本気で考えている証拠だ。それは悪くないアイディアだと僕も思う。

「にゃははっ、それってすごい良いアイディアだな!」
「わたくしも、アルフェ様の仰る通りだと思います」

 アルフェと僕の表情で察したのか、ファラとホムが賛成の意を示す。ホムが発言したことで、エステアも強く興味を惹かれた様子だ。

「……よかったら、あなたの意見も聞かせてちょうだい、ホム」
「はい、エステア」

 エステアに求められ、ホムはエステアを見つめて話し始める。

「今の生徒会はイグニスが入ることで、不穏な空気を生み出していました。ですから、次の生徒会では、このメンバーの結束力なら生徒会は分裂しない、大丈夫だっていうところを見せるべきだと思うのです」

「ありがとう。あなたはどう思う? リーフ」

 エステアに意見を求められ、僕も自分の考えを示すことにした。

 正直、生徒会総選挙のシステムがいまひとつ理解出来ていないのだが、ホムの懸念は解消してあげたいところだ。

「ホムの意見はいいと思うよ。でも、そのためには、次期生徒会の構成メンバーでバンドを組む必要があるんじゃないかな」
「ん~、それは難しいところじゃないかなぁ~」

 僕の応えにメルアが首を捻った。

「どうしてだい?」
「だって、総選挙ちゅーても、事実上はエステアとイグニスの一騎打ち、他の候補者はびびって立候補なんてしないよ。したらしたで、流石にイグニス対他の立候補者みたいな構図になっちゃうから、数で押してるみたいで印象悪くない?」

 ああ、確かにそういう考えもあるな。動機や影響はともかくとして、生徒会を独占したいという点ではやっていることが変わらないのは避けたい。

「それは一理ありますわね。でも、誰も立候補しないというなら、会長の指名になりますわ。それに、今回は落選したところで全校生徒の三分の一以上の支持を集められなければ、副会長にはなれませんの」

 マリーが次の料理を運ぶよう、目で合図しながら淡々と総選挙のことを補足してくれる。寝耳に水だったらしく、メルアとエステアが驚いたように顔を見合わせた。

「へ? そうなの?」
「ええ。ワタクシ、プロフェッサーから聞きましたの。昨年度、イグニスが教頭とデュラン家の名を後ろ盾にして無理やり副会長になったのを重く見ての処置ですわ」

「じゃあ、エステアが大差を付けて当選すれば、イグニスにはもう邪魔されないわけですね」

 一筋の光明が見えて来たとあり、ホムがやや明るい表情を見せてくれる。それがエステアにも伝わったのか、彼女の表情に笑みが戻った。

「そういうことになるわね。ホム、力を貸してくれる?」
「……わたくしが、ですか? でも、わたくしは――」

「生徒会に立候補する必要はないの。けど、武侠宴舞ゼルステラの注目度の高さから、その影響を完全に排除することは出来ない。だから、昨年度と今年度の武侠宴舞ゼルステラ優勝者によるバンドを形成する。これならどうかしら?」

 そう言いながら、エステアが悪戯っぽく片目を瞑って見せる。その仕草から、彼女の心に余裕が生まれたのが僕にもわかった。

「それいい! すごく注目されるし、とっても素敵なアイディアだと思う!」
「だったら、あたしも協力する! 楽器なら多少心得はあるし、貴族と亜人が一緒に演奏をする姿は差別意識を払拭して、亜人たちが生活しやすい学園生活をアピールできるんじゃないか?」

 ルームメイトということもあり、アルフェに聞いていたのだろう、ファラが協力を申し出てくれる。

 その場の全員の協力を得られるとあって、場の空気は俄に明るいものになった。

「トントン拍子に決まってきましたわね! では、ワタクシがプロデュースいたしますわ~! 財力は申し分なし、家柄という点でもイグニスに次いで影響力があるのですから、文句は言わせませんわ!」
「もちろんよ。ありがとう、マリー」

 やる気を見せているマリーにエステアが目を潤ませて礼を述べる。そんなエステアを励ますように明るく笑って、マリーは上着のポケットに手を突っ込んだ。

「幼馴染みの願いを叶えるのもワタクシが戻って来た理由のひとつですわ。じゃあ、早速――」

 多機能通信魔導器を取り出したマリーは、そのまま立ち上がり、どこかに連絡をし始めた。
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